PaperShipwright イギリス 灯台 Eddystone Lighthouse・後編

毎年、庭のミカンをかっさらっていくムクドリに負けてなるものかとフライング気味に収穫したせいでなんとも酸っぱいミカンを毎日食べてる筆者がお送りする世界のカードモデル情報。本日は前回に引き続きイギリスのブランドPaperShipwrightからリリースされた イギリスの灯台 Eddystone Lighthouse を紹介する。

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1708年から50年近く頑張った2代目エディストン灯台だったが、1755年12月に失火により焼失。灯台はなくてもいいもんじゃないんで、1756年からただちに3代目の建設が始まった。
3代目の建設に当たったのは、土木建築史にその名を残すジョン・スミートン(John Smeaton)。1724年生まれのスミートンは、それまで職人の勘や経験に基づく部分があった建築技術を、体系立て理論付けることで「土木工学」として確立した人物であり「土木工学の父」とも呼ばれる。スミートンは世界初の「土木工学者 (civil engineer)」であったが、そもそもその言葉を考案したのがスミートン自身であった(兵種の「工兵(engineer)」と区別するために「civil」をつけた)。
最初、スミートンは父の法律事務所で働いていたが次第に計測に興味を示し計測器具などを考案、自作。さらには建築の道へと進み、風車、水車などを設計したが、その過程でスミートンは回転運動や流体の中での羽根の振る舞いについての論文を記している。
エディストン灯台の設計に際し、スミートンが留意したのは耐久性だった。初代、2代目のエディストン灯台は基礎こそ石造りだったものの、基本的には木造。当時はまだ電化されていないので木造建築の中で火をバンバン燃やすことになり、これはやっぱり危ない。しかし、石造りにはまた問題があった。石と石をつなぐ技術というのが、まだなかったのだ。
当時、大砲が戦場に姿を表し城や要塞の周りの高い塀や防衛用のタワーは姿を消しつつあった。なぜかと言えば、石を積んだだけ(間に充填されていたのはもろい漆喰)の塀に砲弾がドン、と当たると崩れてしまうからだ。灯台に砲弾は飛んでこないが、波濤が東映のロゴのようにドーンとぶつかってきたら、やっぱりヤバい。ちなみにあの映像(「荒磯に波」)は犬吠埼で撮影されたものだそうだ。なんとなく荒々しい海といったら日本海のイメージがあるのでこれは意外。
もちろん、アステカのピラミッドのように巨大な角錐の形にすれば石積みでも耐久性が得られるかもしれないが、海の上にそんなもん作れるわけがない。

この難問を解決するに当たり、スミートンが着目したのは古代ローマの遺跡であった。ローマ時代の遺跡は石積みなのに地震などで崩れることなく形を保っている。なぜか。
秘密は石と石の間に充填されたモルタルにあった。ローマ遺跡のモルタルはヨーロッパで当時使われていた漆喰に比べ、ぶっちゃけ色が汚く、いろいろと混ざっている。スミートンはこの不純物に着目しさまざまな鉱物を試した結果、焼成した石灰が水と反応して硬く固まることを発見する。現代の建築に欠かすことのできない「セメント」の発明であった(厳密には焼成温度が低いので現在のセメントとは異なる。また、正確にはスミートンが発見したのは強固な速乾性を発揮する成分割合でありセメントそのものではない)。
スミートンはこの技術を用いて花崗岩を組み合わせた3代目エディストン灯台を建設、灯台は1759年10月16日に点灯された。

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前回に引き続き、京都大学所蔵、「エディストン灯台再建に関する報告書」(この報告書そのものが3代目を建設した時の報告書)からの引用で、曲線のテーパーが美しいほっそりとしたスタイルの3代目エディストン灯台。この細さを実現したのがセメントを用いた新工法であった(花崗岩をつなぎ合わせるのに、大理石の「ピン」も使われている)。高さは22メートルで2代目より1メートル高くなった。

スミートンが建設した3代目エディストン灯台は、さすが「土木工学の父」の設計だけあって頑丈だった。どれぐらい頑丈だったかと言うと、1877年に使用が終了するまで100年、危なげなく海を照らし続けたぐらい頑丈だった。しかも、使用終了になった理由は「足元の岩礁が波に侵食されたから」で、基礎となる岩礁よりも灯台の方が頑丈という、それまでの灯台とは桁違いの頑丈さであった。
さて、そんなわけで3代目が使用終了となって、4代目はトリニティ・ハウスの灯台建築技師、ジェームズ・ニコラス・ダグラス(James Nicholas Douglass)の指揮で建築が始まる。ダグラスはスミートンの技術の後継者であり、基本的な設計は3代目灯台と大きな差はなかった。最も大きな変更が加えられたのは光源で、それまでのオイルランプに代わって電灯が採用されている。
工事は3時間半しかない干潮の間に基礎を建築するという困難なものだったが4代目スミートン灯台は1882年に無事点灯。そして、現在に至るまで運用中である。

それでは、今回PaperShipwrightからリリースされた4代目エディストン灯台の姿を公式ページの完成見本写真で見てみよう。

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3代目から受け継いだほっそりとしたテーパーは多段の円筒で表現されている。窓や入り口もテクスチャ表現となっており、難易度は控えめなようだ。なお4代目は3代目とパッと見は似ているが、4代目の高さは49メートルと倍以上になっている。
ライト部分は3代目と比べると赤い鳥かご状のものが被せられていて印象が大き異なっているが、これは頭の上のヘリポートを支えるための構造。エディストン灯台は1982年に完全自動化され、たまに維持管理のためにヘリが頭の上に止まる以外は無人となった。電源は太陽光発電で、鳥かごの周りに盾のようにパネルが並べてあるのが作例でもわかる。
ライトは2万6千200カンデラで、40キロ先を照射可能。回転は10秒で1回転(光源前後にレンズがあるので、1方向は1回転につき2回照らされることになる)。ちなみに設計者のダグラスはこのライトのレンズ形状が別の灯台技術者ジョン・リチャード・ウィガム(John Richardson Wigham、客船「モーリタニア」を建造したウィガム・リチャードソン造船会社の創設者とは別人)の特許を侵害してるとして怒られて罰金払った。

ところであまりに頑丈だった3代目が4代目完成後にどうなったかと言うと、土木建築史上の重要性を認められポーツマス市街南部に移築され、「スミートン・タワー」の名前で現在は観光名所となっている。

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入場料は3英ポンド(約400円)でライト部分まで登ることもできる。近くにはアメリカへ渡ったメイフラワー号を記念した博物館もあるので併せて見学したい。
ところで上の写真、なんだか上の図版と全体のバランスが違わない? と思ったら……

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基部は今でもエディストン岩礁の上に立っていた。どこまで頑丈なんだ、3代目。
(上写真2葉はWikipediaからの引用)

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展開図。あまり複雑なキットではないので、これで全部。それほど難易度の高いキットではないが、トラス部分の切り抜きはなかなか技術と根気が必要だろう(右ページ上部がトラスを切り抜く場合のパーツ。テクスチャで済ます場合は右下に簡単パーツが準備されている)。

近代灯台の歴史そのものとも言えるエディストン灯台の歴史を今に伝える4代目エディストン灯台、今回PaperShipwrightからリリースされたキットは250分の1スケールで完成全高約20センチ。難易度は5段階評価で「3」(普通)となっているが、東欧圏のカードモデルに慣れているモデラーにとっては「2」(やや易しい)でもいいだろう。定価は4.75イギリスポンド(約650円)となっている。
当キットは灯台ファンのモデラーにとって、まさしく見逃すことのできない一品と言えるだろう。



写真はPaperShipwright、HMVそれぞれのページから引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

参考ページ:
https://en.wikipedia.org/wiki/Eddystone_Lighthouse
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョン・スミートン
https://en.wikipedia.org/wiki/James_Nicholas_Douglass

https://plymhearts.org/smeatons-tower/
プリマス市のページ。
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