WAK 深海調査船 "Trieste"

広島東洋カープが25年ぶりになるリーグ優勝を決めたものの「25年」って言っても全然ピンとこねーなーと思っていたのだが、考えてみたら第ニ次大戦が勃発した1939年の25年前って、第一次大戦が勃発した1914年だということに気がついて随分長い時間を費やしたもんだ、と驚いた筆者がお送りするカードモデル最新情報。今回紹介するのはポーランドWAK社からの新製品、深海調査船 "Trieste"だ。

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おおっ! これは嬉しい不意打ち! ある意味、とってもタイムリーに「トリエステ」がカードモデルとして堂々登場だ。
ハイライトであるマリアナ海溝最深部(10,911m)へのアタックが1960年のトリエストがなんでタイムリーなのかと言えば、もちろん、この潜水艇を設計したオーギュスト・ピカールの孫であり、またマリアナ海溝最深部へのアタックでトリエステに搭乗したジャック・ピカールの息子でもあるベルトラン・ピカールが2016年7月23日、世界初の太陽光発電を動力とした航空機による世界一周を成し遂げたばかりだからである。

歴史に残る潜水艦の設計を行ったオーギュスト・ピカール(Auguste Piccard)は1884年の生まれ。それほど有名ではないが、オーギュストは一卵性の双子で、兄のジャン・フェリックス・ピカール(Jean Felix Piccard)も後に気象学者/発明家/冒険家となっている。ちなみに弟のオーギュストは左利き、兄のジャンは右利きで母親はそれを利用して兄弟を見分けていたそうだ。
なお、兄弟の父(オーギュスト、ジャン以外にもう2人子供がいる)、ジュール・ピカール(Jules Piccard)は弟のポール・ピカール(Paul Piccard)と共同で「Piccard - Pictet」という機械製作の会社を営んでおり、ナイアガラの滝に発電用タービンを据え付けたり、素晴らしく美しいグランプリ・レースカーを製作したりしていた。ついでに書いておくと、ジャンの妻、ジャネットは女性で初めて成層圏に気球で到達した冒険家、ジャンとジャネットの間に生まれたドン・ピカール(Don Piccard)は世界で初めて熱気球で英仏海峡を横断した人物、というからどうなってんだ、この一家は。

ちなみに、テレビシリーズ『新スタートレック』に登場するジャン=リュック・ピカードの「ピカード」は字面は良く似ているが、スペルがちょっと違う(ピカール:「Piccard」 ピカード:「Picard」)。しかし、名前が「ジャン(Jean)」であることからわかるように、オーギュスト/ジャンの双子のピカール兄弟から名前を取ったそうだ。また、「タンタンの冒険」に搭乗する天才科学者ビーカー教授もオーギュスト・ピカールがモデルとなっている。作者のエルジェ(ピカールがブリュッセル大学で教鞭をとっていたころに実際に会ったことがあるらしい)曰く、「ビーカー教授は『ミニ・ピカール』だよ。だって本当の彼(ピカール)はとっても背が高いんだ。そのまま書こうとしたら原稿用紙が足りないよ」とのこと。

で、そのオーギュスト・ピカールだが、始めは深海ではなく、成層圏に興味を抱いていた。宇宙線、オゾンを観測するために自らが設計した気球に乗り、1931年、高度1万6千メートルに到達。これは人類が初めて宇宙の底とも言うべき成層圏に手を届かせた瞬間であった。オーギュストはさらに挑戦を繰り返し、最終的には2万3千メートルへ到達したというから、すごすぎてなんかもう、わけわかんない。
「気球」と一言で言ったものの、高度2万メートルともなると気温はマイナス50度、気圧は地表の20分の1となるので、普通のゴンドラに乗ってそんなところに行ったらたちまち死んでしまう。なので、オーギュストの高度挑戦気球のゴンドラは完全密封の球体となっていた。

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写真はWikipediaから引用(この項、キット画像以外は全て同様)。
こりゃ凄い。「1930年代の気球」という言葉から思い浮かべるものと違いすぎる。
これを見てピンと来た人は鋭い。オーギュストもピンと来た。
「超低圧に耐えるために設計されたこの球体キャビンを応用すれば、逆に超高圧にも耐えられるのではないか」
この逆転の発想により、オーギュストは潜水艇の設計に着手する。どうせやるなら地球の海底最深部、マリアナ海溝の底、1万メートルを目指したいが、単に耐圧キャビンをロープで吊るして1万メートルまで降ろせばいいってもんじゃない。長さ1万メートルのロープなんて作れないし、作れたところで自重で切れる。
そこで、オーギュストは自力航行できる深海調査船として、「バチスカーフ」というシステムを考案する。これは「鉢巻き」のハイカラな言い方ではなく、ギリシア語の単語"bathys"(深)と"skaphos"(船)を組み合わせて作られた言葉だが、一般名詞としてはあまり(日本では特に)使われていないような気がする。

最初に製作されたFNRS-2(ベルギー国立科学研究基金、Fonds National de la Recherche Scientifique 2号。ちなみに成層圏まで登った前述の気球が1号)はわずか1300メートル潜ったところでタンクが損傷。資金難からフランス海軍へ売却されてしまった。
しかし、球体キャビンの能力に自信をもったオーギュストは次にイタリアで「トリエステ」を製作する。

それでは、ここでオーギュストが設計した深海調査船、トリエステの姿を完成見本写真で見てみよう。

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一件、普通の潜水艦のように見えるが上部の円筒形部分は巨大な「浮き」で、人が乗るのは腹の下の球体。この球体はドイツのクルップ社で3つのパーツを電気溶接して製作され、深海の1センチあたり1.25トンという莫大な水圧に耐えるために甲鉄の殻は厚さ12.7センチもあった(この厚さは計算で求められた数値よりもかなり余裕のある厚みとなっている)。
この部分はトリエステの心臓部なので、カードモデルとしてはちょっと「邪道」ではあるが、適当な球体と換装してもいいかもしれない。

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スクリューは船体上側。舵はなくて、左右のピッチを変えることで操縦するものと思われる。動力は電気式。上部のフロートは、気体を入れると水圧で潰れてしまうので比重が軽い安価な液体としてガソリンが充填されている。また、あまりに水圧が高いためにガソリンを排出することができない(浮力を捨てることができない)ために、潜航は鉄球のバラストの重さでおこない、浮上の際には電磁石の電源を切ることでバラスト(ビー玉程度の大きさでザラザラと大量に入っている)を投棄する。

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一見、司令塔のような筒はただのハッチカバー。ここからフロートの中を貫通して下の球体まで通路が続いている。
特徴的な塗装はどういう意味があるのか、ちょっとわからなかった。また、船体上面の色で下面まで塗ってある写真も多く見られるが、どのタイミングで塗装が切り替わったのかもはっきりしない。

トリエステは完成後、これまた資金不足に陥ってしまったが、運良くアメリカ海軍がスポンサーとなって買い取ってくれた。
1960年1月23日、高齢となっていたオーギュストの代わりにトリエステに乗り込んだ息子、ジャック・ピカールはアメリカ海軍のドン・ウォルシュ(Don Walsh)大尉と共にマリアナ海溝へと挑む。
潜航にかかった時間は約5時間。途中、9千メートルを通過した辺りでで船内に異音が響いたが、大きな問題ではない(その水圧で大きな問題が発生したのなら、瞬時に圧壊しているはず)と判断し潜航は継続された。

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船内の様子。
奥がジャック・ピカール、手前がドン・ウォルシュ。この狭さと室温7度の中をひたすら耐えて沈んでいく。食事はどうしてたんだろう。絶食だろうか。

昼1時を過ぎたころ、トリエステは現在までに知られている世界の海洋の最深部、地球の底であるマリアナ海溝チャレンジャー海淵の底へ辿り着いた。
深さ10,916メートル(トリエステ内の計器では11,521メートル。正確な数値については異論もある)。
すさまじい水圧と暗闇が支配するそこは死の世界であると考えられていたが、なんと白っぽい小魚が泳ぎ、エビ、クラゲなどもいたという。これは驚くべき発見であった。
二人は海底を30分ほど観察したが、観測窓のプレキシガラスに亀裂が入っていることが判明(これが9千メートルを通過した時の異音の正体であった。資料によっては2人は音がしてすぐに原因に気づいている)、危険性があると判断し全バラストを投棄、トリエステは3時間17分をかけて浮上した。

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トリエステの観察窓。一見、けっこうな大きさがあるように見えるが、普通に窓をはめ込んだんじゃ水圧で内側に吹っ飛んでしまうので円錐形の塊がはめこんであり、船内側の開口部は写真で瞳孔のように見える小さな部分。ホースを持っている男性の上に写っているのはバラストの投棄口。

トリエステは地球最深部への到達という素晴らしい偉業をなしとげた。だが、ただそれだけだった。マニュピュレーターのような操作機構を一切もたないために海底サンプルの収集はできず、その水圧に耐えられるカメラがないために船外にカメラはなく、小さな窓からのわずかな視界から観察することしかできなかった。それだけのための整備、運用費は高く付き、トリエステは二度とマリアナ海溝へ潜ることはなかった。
その後、トリエステは事故で沈没した原子力潜水艦USSスレッシャーの捜索などに使用されたが1966年に退役。船体は解体されたが、頑丈な耐圧球はそのまま「トリエステ2」に転用された。

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展開図と組み立て説明書のサンプル。極端に細かい部品はなく、組みやすそうな構成だ。
なお、筆者はどういうわけかトリエステの名前を「バチスカーフ」だと思い込んでいた上に、なぜか全体の塗装を黄色だと思っていた(以前の記事中にオーギュスト・ピカールの名前がちょっとだけ出てきた時にも潜水艇の名前をしっかり間違えている)。理由は不明。筆者は学研の「できる・できないのひみつ」に併録されている「限界に挑戦した人々」でピカール親子のことを知り、おそらくそれ以来ずっと勘違いしていたのだが、現物がないためにそちらではどういう記述になっていたのかは確認できっこないス。

WAKからリリースされた深海調査船 "Trieste"は全長たったの20メートル、排水量47トンしかない小さな船なので小艦艇スケールよりもさらに大スケールの50分の1でのリリース。このスケールでも完成全長は37センチしかない。難易度は5段階評価で「2」(優しい)と控え目。定価は19ポーランドズロチ(約600円)、14.5ズロチ(約500円)でレーザーカット済みの隔壁用厚紙が同時発売となる。
当キットは冒険や挑戦が大好きなモデラーにとっては、見逃すことのできない一品と言えるだろう。
WAKは、このままの勢いでベルトラン・ピカールが世界一周した太陽発電飛行機、ソーラー・インパルス2もキット化していただきたいものである。ちなみにソーラーインパルスは翼幅が63.4メートルもあるので、空モノ標準スケール33分の1でキット化すると、完成全幅が2メートル近くなる。ぎゃふん。



キットの写真はWAK社ショップサイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

参考ページ:
https://ja.wikipedia.org/wiki/トリエステ_(潜水艇)
https://ja.wikipedia.org/wiki/オーギュスト・ピカール
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジャック・ピカール
https://ja.wikipedia.org/wiki/ベルトラン・ピカール

http://chikyu-to-umi.com/kaito/trieste.htm
「トリエステ」地球最深部への挑戦
「地球と海とバリアフリーを考えるウェブサイト」内のコンテンツ。マリアナ海溝への挑戦の模様が非常に詳しく書かれている。トリエステに興味があれば必読。
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