SKLEJ MODEL イタリア装甲車 Fiat Terni Tripoli

いくら頑張って整理しても机の上の作業スペースが一向に広くならないことに業を煮やし、逆転の発想で机に板を継ぎ足す(総工費400円)ことで作業スペースを拡張した筆者がお送りする最新カードモデル情報。本日紹介するのは久々登場、ポーランドのブランドSKLEJ MODELの新製品、イタリア装甲車 Fiat Terni Tripoli だ。

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丸胴ポストかダルマストーブか。正面のスリットはきっちりと装甲フラップで隠したのにその横にあるピストルポートらしき穴は筒抜けだとか、車体を装甲したところで華奢な前輪サスペンションがむき出しだから低めに狙われたら普通にアウトなんじゃないだろうかとか、無駄に丸っこいフォルムと合わせてイマイチ本気を疑いたくなるデザインだが、たぶん作ったイタリア軍は大真面目だ。

「Fiat Terni Tripoli」というのはなんか不思議な名前だが、これはベースとなったシャーシがフィアット15ter軍用トラックで、装甲ボディを作ったのがテルニ鉄工所、そして主に使用されたのがイタリア領リビア(総督府が置かれたたのがトリポリ)だったからで、フィアット=テルニ”リビア”と呼ばれることもあったようだ。
ちなみに、テルニ鉄工所は1884年に統一イタリア近代化の期待を担って建設された工場だったが経営がうまくいかずに破産寸前だったのをイギリスのヴィッカース社が買い取り、1905年からは「ヴィッカース・テルニ」となっていた。日本もうっかりしてたら八幡製鐵所が「ヴィッカース・ヤハタ」になるところだった。危ない危ない。
この時、イタリア国内からは実業家のジュゼッペ・オルランド(Giuseppe Orlando イタリアのバンド「ノヴェンブレ」のドラマーとは同姓同名だけどたぶん関係ない)、とアッティリオ・オデロ(Attilio Odero)も資本をドーンと投下していたが、ヴィッカース社は1922年にテルニの経営から手を引き、経営権はオルランド、オデロの二人に渡った。1929年にテルニはオルランドとオデロがそれぞれ持ってた造船所と合併、せっかくなんで会社の名前を「オデロ・テルニ・オルランド」という、なんでそういう順番に名前を並べたんだか良くわからない社名に変更したが、この名前だと長いんで頭文字を取って「OTO」となり、さらに創業地の地区名を付け足してイタリアを代表する武器メーカー「オート・メラーラ(Oto Melara)」になった。だから、このフィアット=テルニ装甲車はとってもカッチョイイ「チェンタウロ装輪戦車」のご先祖様ってことになる。

さて、このフィアット=テルニ装甲車、製作されたのは1918年だが資料の読み方によっては第一次大戦での北イタリア戦線用に開発されたが北イタリアでの使用に適していなかったので植民地へ送られたとも、最初っから植民地向けに開発されたとも読めてはっきりしない。
なんにせよ、1918年に14輌だけ作られたフィアット=テルニ装甲車のうち12輌がリビアへ送られ、「カッチャトーレ・デ・アフリカ(Cacciatores de Africa、「アフリカのハンター」)」隊で現地氏族相手にブイブイ戦った。
この時期、イタリア軍には「ランチア”IZM”」という、もうちょっと本気っぽい装甲車があって、そっちは100輌以上が生産されたが、重さ4.2トンもあるランチア装甲車に比べるとフィアット装甲車は車重がわずか1.4トンしかなく、積んでいたのが4.4リットル36馬力という非力なエンジンだった割には軽快で扱いやすかったようだ。

フィアット装甲車、ランチア装甲車とも1930年台には新型装甲車の登場と共に予備車両扱いとなったが、第2次大戦が勃発するとイギリス軍が各種装甲車で内陸をガンガン走破してくるんでイタリア軍も対抗上機動戦力の整備が必要となり、まだ生き残ってた6~8輌のフィアット装甲車のボディーをより新しいフィアットSPA-38Rトラックのシャーシの上に載せて「近代改装でござーい」とのたまわった。ついでに砲塔天井も外し、主武装の6.5ミリ フィアット レベリM1914機銃も、いらない飛行機から外してきた12.7ミリ ブレダSAFAT機関銃に交換したが、肝心のボディの装甲が厚さ6ミリしかないのではまぁどうしようもなく、北アフリカにおけるイギリス軍最初の攻勢「コンパス作戦」で配属されていたバビーニ戦闘団が壊滅した時に全車が失われた。

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あいにくと公式ページに完成写真がないので組立説明書の三面図で雰囲気をつかもう。
砲塔が円筒なのは戦間期の装甲車両には良くあることだ。まぁいいだろう。その下の車体戦闘室が砲塔を下に延長した形で円筒形になっているのはまだ理解できる。だが、ボンネットはどうしてこんな形にしたのかサッパリわからない。多面体じゃいけなかったのか。なぜかフェンダーが全くないもんだから、なんだか50年台のF1カーみたいだぞ。

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SKLEJ MODELは多色刷りの美しい組み立て説明書が特徴だったのだが、今回はなぜか面をグレーに塗ったスタンダードなタイプ。
ところで、この組立説明書、どこかで見たことがあるような……と思ったら、ちょうど今作ってるMODELIKのBa-27とパーツ分割のセンスが一緒。確認してみたらどちらもデザイナーが同じJerzy Janukowicz氏だった。
Janukowicz氏は企業のウェブサイトデザイン、テレビ番組のジングルアニメーション製作なども手掛けるプロのデザイナー。氏のページでは自身のデザインしたキットの作例やプロトタイプを見ることができるが、作品のジャンルは戦車、宇宙ロケット、建築物、航空機など多岐に渡っており「えっ、このキットも同じデザイナーの作品だったの!?」と驚かされるキットがいくつもある。

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テクスチャは少し強めに汚しの入ったタイプ。独特な形状のボンネットの展開図は飛行機の胴体のようになっているのが目を引く。

SKLEJ MODELから発売となった戦間期のイタリア装甲車、Fiat Terni Tripoli は陸モノ標準スケール25分の1で完成全長約18センチという小柄な車両。難易度は3段階評価の「2」(普通)、定価は27ポーランドズロチ(約900円)。また、レーザーカット済みの芯材用厚紙が19ズロチ(約600円)で同時発売となる。イタリア軍ファン、第一次大戦型装甲車ファンのモデラーにとって当キットは見逃すことのできない一品だろう。
イタリア軍の第一次大戦型車両はフィアット装甲車以外にはこれまた本気を疑うスタイルのフィアット2000、ちょっとまともなフィアット3000,そして前述のランチア装甲車などがあるが、これらのうちでキット化されているのはフィアット3000(answer 2003年)ぐらいが。しかし、このキットもなぜか35分の1というタミヤスケールなので今回のキットとは合わせられない。また、フィアット装甲車の遺伝子を受け継いでいるようないないようなチェンタウロ装輪戦車は1997年にMODELIKからキットがリリースされているが、これは手書き展開図で今風に仕上げるのは難しいだろう。
今後、イタリア軍車両カーモデルの一層の充実が待たれるところである。




画像はSKLEJ MODELサイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

参考ページ:
https://it.wikipedia.org/wiki/Fiat-Terni_Tripoli
http://www.tanks-encyclopedia.com/ww1/italy/Fiat-Terni.php
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