Heinkel Models スペイン試作潜水艦 "Peral"

先日、上下巻組のサスペンス小説を古本屋で購入し、上巻を読み終えいよいよ下巻で核心部分に踏み込むかと思ったら、なんと下巻冒頭で上巻冒頭と全く同じ文章が延々と繰り返されているのを読み、「なんて斬新な構成なんだ!」と強い衝撃を受けたものの、しばらく読み続けてから2冊とも上巻だったことに気づいてもう一度衝撃を受けた筆者がお送りする最新カードモデル情報。
、今回紹介するのはスペインのデザイナー、Fernando Pérez Yuste氏のブランド、「Heinkel Models」の新製品、スペイン試作潜水艦 "Peral"だ。

Peral0.jpg

いまさら2011年のキットを「新製品」と言って紹介しようってんだから、その図太さに比べればラーシュ・ケプレルの「催眠」下巻に上巻のカバーかけて売ってしまうぐらいの間違いは小さい小さい。でも、扉のページに大森さんの電話番号をメモしたまんま売っちゃうのは良くないと思うぞ。「催眠」下巻を2冊買っちゃった人いたら、ぼくの上巻と1冊交換しましょう。

Peralは一見、魚雷? 潜水艦? なんだか微妙な感じだけど、スペインじゃ有名なの? という雰囲気だが、実はけっこうとんでもない代物だったりする。実はこの潜水艦、進水が1888年なのだ。

1851年、スペインはカルタヘナに生まれたIsaac Peral y Caballeroは14歳で海軍兵学校に入学する。ペラル一家は父親が海軍軍人、また弟2人も後に海軍に入っている海軍一家だったが、14歳での入校はどうやら経済的な事情によるものだったらしい。お兄ちゃんは大変だ。当時のスペイン海軍のシステムがどうなっていたのかよくわからないが、もしかすると、年齢を偽っていたのかもしれない。
任官したペラルはスペイン領キューバに派遣され独立派との紛争で実戦を体験。その後はスペイン領フィリピンで海図製作に携わっているが、この時期にこめかみに受けた怪我が原因で生涯悩まされる脳腫瘍を発症してしまったらしい。

頭部の不安のために長期航海に耐えられないと診断されたペラルはスペイン本土の港町、カディスに新設された海軍学校の教員に任じられる。もともとペラルは学者肌だったようで、教員職の空き時間を利用して自分のアイデアを突き詰めることとした。
ペラルのアイデア、それは電気モーターで水中を進み、魚雷を発射する新兵器、「潜水艦」だった。
1884年秋までにアイデアをまとめたペラルは予備実験を重ね、1885年9月に海軍大臣に潜水艦の建造を手紙で提案する。
これを見て、「おっ、いけそうだ」と思ったManuel de la Pezuela y Lobo-Cabrillaというすげー長い名前の海軍大臣はペラルをマドリードへ呼び出し、詳細な説明を行わせた。この面談でペラルは5千ペセタの予算を獲得、さらに実験を進めることとなった。

ペラルはこの予算をもって水酸化ナトリウムを使った二酸化炭素吸着システムを実験、密閉された部屋で6人が5時間を過ごす(うち一人は1時間半でリタイアした)などの実証実験を重ねる。
1886年夏、プロジェクトは本格的に開始することが決定し、2万5千ペセタの予算が切られた。
最初の1年は機関の開発に費やされ、1887年10月にいよいよ潜水艦の建造が始まる。
1888年9月8日、ついに試作潜水艦は完成した。これは、多くの資料で「世界初の電気推進潜水艦」とされているフランス海軍の試作潜水艦、ジムノート(Gymnote)の進水(9月24日)よりも2周間早い進水であった。すごいぞペラル。すごいぞスペイン海軍。

それでは、ここでecardmodelsの商品紹介ページから、完成見本写真で世界初の電気推進潜水艦、ペラル式試作潜水艦の姿を見てみよう。

Peral_top.jpg Peral_top_port.jpg

スラリとした葉巻型の船体は魚雷からアイデアを得たものか。
昇降舵のようなものが全く見当たらないが、深度は艦内に取り込む水の量で調節したようだ(二重船殻ではないので、艦内にバラストタンクがある)。
艦首はなんだかスパっと切り落としたようになっているが、ここに単装の36センチ魚雷発射管が入っている。魚雷搭載数は3発。

peral_screws.jpg

もうちょっと細かい部分にズーム。
2本シャフトのスクリューは、それぞれが4馬力の電気モーターで駆動されるが、それとは別に6馬力のガソリンエンジンを積んでおり、こちらは排水ポンプと艦内の空気の循環に使われていたようだ。モーターを駆動させるためのバッテリーだけで30トンもあったという。ちなみにメインのモーターの出力は同じ記事の中で4馬力になったり30馬力になったりするのでわけがわからない。
最高速度は11ノットと、かなり速めの数字だったが、これはあくまでもフル充電の時の速度で、バッテリーを使うにつれてだんだん速度は落ちていった。航続距離は6ノットで240キロ。

peral_conn.jpg

窓が小さいので巨大に見えるが、全長22メートルしかないかなり小型の船だ。司令塔の上に立っているペリスコープは当時としては先進的で、これのおかげでペラルは司令塔を水面から出した半潜航ではなく、ちゃんと水面下に沈んで潜望鏡深度で進むことができた。
この写真では分からないが、艦首には下向きにもうひとつスクリューがついている。昇降舵がないので、艦首を上げ下げするのに使うのだろう。また、用途はよくわからないが、海底を照らすためのサーチライトも備えている。

完成したペラルは1889年3月から軍のトライアルを受ける。8月、模擬弾頭の魚雷発射に成功。12月、7.5メートルの深度までの潜航に成功。開けて1890年には最大30メートルの深度で1時間の潜航に成功。
そして1890年6月25日、ペラルは日中及び夜間の模擬攻撃試験を行う。
日中の試験は、標的となる巡洋艦から1キロ近く離れた場所で発見され「攻撃失敗」と判定された。しかし、アイザック・ペラルはこの判定には「潜水艦が攻撃してくることを知っている200人もの人々が見張ってりゃ、そりゃ見つかるだろうさ」と不服だったという。
しかし、夜間攻撃の試験で潜水艦は巡洋艦乗員に気付かれないうちに射点についた後に帰還。判定は「攻撃成功」だった。

しかし、最終的に海軍が下した判定は「不採用」であった。
理由は良くわからない。単に「速度が遅く、航続距離が短い」「ガソリンエンジンは信頼性が低い」などの技術的な原因だったとも言うし、白昼攻撃に失敗したことが重要視されたとも言う。
1890年11月11日、プロジェクトは打ち切られた。

アイザック・ペラルは海外のスパイによって模倣されるのを避けるため、試作潜水艦の内装を破壊、撤去した。
海軍の扱いに落胆した彼は翌年、海軍を退官。電気関係の会社を設立し「電気式機関銃」などの特許を取得したが、海軍から潜水艦開発の再開オファーが来ることを諦めてはいなかったという。
1895年、ペラルは長年悩まされた脳腫瘍の手術をベルリンで受けたが、脳膜炎を発症し5月22日に死去した。

ペラルの死から20年後の1915年、スペインはアメリカから潜水艦を購入、「ペラル」と名付ける。
このA-0"ペラル"がスペイン海軍が保有した最初の潜水艦となった。

Peral4.jpg Peral8.jpg

展開図と組立説明書のサンプル。葉巻型の胴体は飛行機に近い構造。テクスチャは軽く明暗をつけたソフトな汚しが入っているようだ。

世界に先駆け先進的な構造を持っていたが歴史に埋もれてしまったスペイン試作潜水艦 "Peral"。Heinkel Modelsからリリースされたキットは、カードモデルとしては珍しい48分の1スケール。難易度は5段階評価の「5」(大変難しい)となっているが、そんなに難しそうには見えない。そして定価は6.95ドルとなっている。
当キットはスペイン海軍ファン、19世紀の潜水艦ファンにとっては見逃すことのできない一品と言えるだろう。

ちなみに試作潜水艦ペラルの船体はしばらく放置され1913年には一旦投棄されたが1929年に回収され、現在はカルタヘナ近郊の海軍博物館に展示されているので、近くまで行く機会のあるモデラーなら是非とも見学しておきたい。



完成見本写真はecardmodelsから、それ以外はHeinkel Modelsのページから引用。
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