Model-KOM 中国軍戦闘機 瀋陽J-5’殲撃五型’

いよいよ日本列島には春到来。南から順に桜の開花したニュースが届くシーズンとなった。そんな温かい陽気に負けず劣らずHOTなカードモデル情報を届けたことが過去にはあったかもしれない当コーナー、今回紹介するのはポーランドModel-KOMの新製品、中国軍戦闘機 瀋陽J-5’殲撃五型’だ。

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Model-KOMのキットを前回紹介したのはなんと2013年の5月。それから約2年なにをlしていたのか? それより、この表紙良く見ると右上に「1/2014」って書いてあるけど2014年の始めに出たキットじゃないの? そんな疑問を抱く読者もいるかも知れない。誤魔化しきれそうにないので説明しておくと、Model-KOMの公式ページで完成見本写真がどこにあるのかわからず、表紙絵一枚では間が持たないので紹介していなかったキットを、このたび「Galeria」のタブがあるのに気がついた記念に紹介しようという魂胆だ。どーもすんません。

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お詫びに完成見本写真をドーン。
誰がどう見てもMiG-17にしか見えないJ-5だが、実際のところ中国で作ったMiG-17がJ-5だと思ってほぼ間違いない。

1950年代、ソビエトは同じ共産主義国家として共に米帝と戦う(かもしれない)中国にMiG-17を多数供与する。
さらに中国の工業力の育成のために1955年には中華人民解放空軍はソビエトから「週間MiG-17」を購入。これは毎号付録のパーツを組み合わせると本物のMiG-17が完成するお手軽キットだった。
1956年7月19日。最初の完成機、機体番号「中0101」に朝鮮戦争でF-86セイバーを2機撃墜したというツワモノ、吴克明が乗り込んだ。吴克明は中国で組み立てられたジェット第1号で飛び立つ喜びをこう表した。
“这才是我们自己的飞机!”(これは我々の飛行機だ!)
初飛行は見事成功し、人民日報には「成功了!成功了!」の見出しが踊ったという。

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横からのスタイル。MiGのチクワ三兄弟、MiG-15、MiG-17、MiG-19はパッと見で良くにているが、MiG-15は後退角が35度と緩く(17と19は45度)、MiG-19は水平尾翼が他2機首に比べて胴体に近い低い位置にあるのが簡単な判別ポイントだ。

キット組み立てで自信をつけた中国は1961年、ソビエトとの間でMiG-17ライセンス生産の契約を結び「殲撃五型」の名前で生産を開始する。なお、現代の中国は簡体字で表記するので「殲」は「歼」となり、なぜか「撃」まで省略されて中国語資料では「歼-5」と表記されることが多い。ところでさっきっから簡体字をたくさん書いちゃってるが、これって携帯とかスマホ環境で表示されるんだろうか。文字化けしてたらごめんなさい。ちなみに「殲撃二型」は朝鮮戦争前にソビエトから供与されたMiG-15の中国名で、残りの一型、三型、四型がどこに行ったのかは良くわからない。
中国では数少ない航空機生産ラインであった瀋陽飛機工業集団で殲撃五型の生産が開始されるが、この「瀋陽飛機工業集団」というのは実は日本の航空機メーカー、中島の主導で設立された「満州飛行機製造」の瀋陽工場が母体となっているらしい。ちなみに満州飛行機はもう一箇所、ハルピンにも工場を持っており、そちらは戦後に「哈爾浜飛機製造公司」となったそうだ。

しかし、さすがに半完成キットの組み立てと国産化では難易度が違い、プロジェクトはなかなか進まなかった。例えれば、試作の時はオプションパーツでキャノピーを作っていたのが、本格生産の時には自分で塩ビ板からヒートプレスしなきゃいけないようなもんだ。この例え必要なかったな。
頼みのソビエトに組み立てのコツを聞こうにも、ソビエトはスターリン死後にフルシチョフがスターリン批判を行ったことから「アイヤー、ソビエトは変節したアルヨ!」「うるさい、それより人んちの領土にセクハラ紛いの名前を勝手につけるんじゃない!」と対立が先鋭化、とてもじゃないが「おたくから設計図もらったジェットのことなんだけどさー」とか言える雰囲気ではなくなってしまった。そもそも、60年代初頭にはすでに中ソ対立は始まっていたので、ちゃんとライセンス料払ってるのかも微妙にあやしい。

結局、純国産の殲撃五型が飛行可能となったのは1964年。そのころ昨日の友で今日の敵となったソビエトではMiG-25'フォックスバット'の試作機が飛んでたんだから、すでに時代遅れの感は否めなかった。
殲撃五型は767機を生産し1968年に終了したが、せっかく組み立てのコツが分かってきたところだったので復座化した「殲教五型」練習機を開発。こちらは1061機を生産した。なお、殲教五型は西側で「MiG-17UTI」と呼称されることもあるが、MiG-17に復座練習型は存在しない。

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MiG-17は主翼前縁が途中で交代角度が変化しているのも特徴。写真の機体は尻に何か置いてあるが、よく見ると尻もちつかないように挟まれた砂消しゴムだ。砂消しゴムが準備できないモデラーは機首にバラストを入れて頭が下がるようにするといいだろう。

殲撃五型は完成した時にはすでに大国と渡り合うには時代遅れな機体だったが、構造があまり複雑ではなく値段も手頃なことから「空軍ビギナー」の小国向けに多数が輸出された。
タンザニア、バングラディシュ、スリランカ、スーダン、ソマリアなどが殲撃五型と殲教五型を購入したが、変わったところではアメリカ空軍も評価用に殲撃五型を複数機購入している。

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展開図のサンプル写真。表紙では中東風のサンドカラー、開発見本では白い機体に謎の青い国籍マークとなっているが実際の印刷色はこの見本に近いようだ。
国籍マークはベトナム空軍。ベトナム空軍はソビエト供与のMiG-17と一緒に殲撃五型をちゃんぽんで運用していたらしいが、ソビエト寄りのベトナムに中国がほいほいと戦闘機を売ってくれるとは思えず、どうやって手に入れたのかよくわからない。どこか第三国の機体を購入したのか、あるいは中越戦争で鹵獲した機体があったのだろうか。
ベトナム空軍機というと、雲型塗り分けではなく緑のスポット迷彩のイメージがあるが、この機体「1905」は実はアメリカはアリゾナ州の「ピマ航空宇宙博物館」で屋外展示されている機体で、こういう塗装の機体が実際にベトナム空軍にあったのかはちょっとわからなかった。機体の説明パネルによるとアメリカ空軍から展示用に貸与されている機体だということなので、前述の評価用に購入した機体なのかも知れない。ちなみにこの博物館に飾ってある機体についてMiG-17のポーランドでのライセンス生産型、「PZL Lim-5」である、と書いてある資料が時々あるが、どうやら殲撃五型が正しいようだ。

Model-KOMの新製品、中国軍戦闘機 瀋陽J-5’殲撃五型’は空モノ標準スケール33分の1で完成全幅約30センチの小柄な機体。難易度は激ムズキットの多いModel-KOMとしては珍しく3段階評価の「1」(易しい)、定価は28ポーランドズロチ(約950円)となっている。
いまやステルス機まで開発したかもしてないかもしれない中国空軍、その「原点」である当キットは中国空軍ファンのモデラーにとって、見逃せない一品と言えそうだ。



画像はModel-KOM社サイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

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