Kartonowa Kolekcja ポーランド軍試作戦闘機 PZL.50A "Jastrząb"

昼はやたらと日差しが暑いと思ったら、夜には急に冷え込むこの季節。どうしても体調を崩しがちだが読者のカードモデラー諸氏は健康な紙工作ライフを送れているだろうか。
そんな前振りとは全く関係なしに今回紹介するのはポーランドKARTONOWA KOLEKCJAからリリースされた、ポーランド軍試作戦闘機 PZL.50A "Jastrząb"だ。

kk21_okladka.jpg

なんだか見たことがあるような、ないような……なんかこう、F2AバッファローセバスキーP-35MC.200サエッタを足して、3で割ったら悪いところだけ残りました、という感じの微妙なスタイリングだ。

1931年に初飛行したPZL.11は顕著なガル翼を持つ全金属製単葉機で、複葉機全盛の当時としては先進的な戦闘機だった。
が、イギリスでホーカー・ハリケーンが飛行し、各国の低翼単葉機が出揃ってくると、どうやらPZL.11では時代遅れになりつつあることにポーランド空軍は気がついた。
なにしろ、PZL.11は最高速度がたったの時速390キロで、これは1936年に初飛行したポーランド空軍の爆撃機、PZL.37「ウォシ」(最高時速410キロ)に置いて行かれるほどの鈍足だった。
一応、1930年代初頭に立てられた新型戦闘機計画では重戦闘機として双発で爆撃もこなしちゃういわゆる万能機PZL.38「Wilk」と、より安価な軽戦闘機として単発低翼のPZL.39の豪華二本立てが予定されていたが、双発戦闘機PZL.38は試作機のエンジン選択に大苦戦中で実用化の目処なし。もっとも、双発戦闘機なんてどこの国も結局は大外ししてるんで、Wilkも完成したところで駄作街道まっしぐらだったのは明らかだ。
一方、単発のPZL.39は要求最高速度が、たったの時速400キロというションボリ性能で、なんでそんなショボい戦闘機を今更作んなきゃいけないのかわからないぐらいショボかったので試作もされずにボツった。っていうか、なんでそんなショボい要求出したんだ。

結局、PZL.38もPZL.39も駄作列伝を賑わしてお茶の間に爽やかな笑いを提供するぐらいにしか役立ちそうにないので1936年10月、今度は高馬力の単葉引き込み脚戦闘機一本に絞って最高速度時速500キロを狙うという新しい新型戦闘機計画が作成された。
この新型戦闘機計画に従い、設計されたのがPZL.50A "Jastrząb(鷹)"である。
設計は1937年に完了し、空軍は2機の試作機を発注。さらに1938年6月には悪化する対独関係に鑑みて300機を先行発注している。
ところが、肝心の試作機はこの年の年末になってもまだ飛んでいなかった。ポーランドの航空業界ではまだ固定脚の航空機した制作したことがなかったので、格納式着陸脚をイギリスの航空機部品メーカーであるDowtyに発注したのだが、これがちゃんと動かなかったのだ。
あーでもない、こーでもない、といじり回しているうちに初飛行はずるずると遅れて1939年2月下旬にずれこんだ。やっと飛んだらあまりにも嬉しかったので、イタリア外相ガレアッツォ・チアーノ伯がポーランドに訪れた時に見せびらかしてしまった。

やっと飛んだPZL.50だったが、テストパイロットの感想はあまり芳しいものではなかった。PZL.50は取り扱いが容易で操縦性も良かったが、どうも反応が鈍かった。これは戦闘機としてはかなり問題である。そして、さらに致命的なことにまだ無線機と機銃を積んでいないのに、最高時速がたったの420キロ程度しか出なかった。ぎゃふん。
これでは完全装備にしたらショボ過ぎてキャンセルしたPZL.39と同程度の性能に低下することは目に見えていたので原因が調査されたが、どうやら吸気口の位置がおかしくてフルスロットルにすると息切れしていることが判明、これを修正することで最高速度は440キロほどに改善したが、目標の時速500キロははるか地平線の向こうだった。
もはやPZL.50が想定した性能に到達することは絶望的となり、ポーランド空軍はとりあえずPZL.50のエンジンを換装した試作機を20~30機程度制作、それで性能が良かったら200機量産、足りない分はフランスからモラン・ソルニエMS406を購入することにした。

PZL.50は840馬力ブリストル・マーキュリーを下ろし、新たに1200~1400馬力の新型エンジンに換装するつもりでイギリスのブリストルトーラスか、フランスのノーム・ローンか、アメリカのP&Wワスプか、どれでもいいからエンジンを送ってくれ、早く! と各国にせっついたが時間切れだった。
結局、開戦までに完成したのは840馬力エンジンを積んだ非武装の試作1号機、エンジンのない試作2号機、そして未完成の量産機数機のみであった。

試作2号機と量産機はワルシャワの工場へ運ばれたが、そこでドイツ軍に鹵獲され処分されたらしい。
唯一飛行可能だった試作1号機は1939年9月6日、ルヴォフへ脱出するために最後の飛行に飛び立ったが、燃料切れで不時着、大破してしまったという。
なお、PZL.50は機密扱いだったために、嬉しくて機密なのにチアーノ伯に見せちゃった時の数枚しか写真が存在しない(しかも、チアーノ伯に寄ってるためにPZL.50は部分的にしか写っていない)と長らく考えられていたが、2005年になって移動中に路上に放棄された未完成機を写した写真2枚が発見され、これまで不明だった部分が明らかとなった。

それでは、最新の資料で蘇った幻のポーランド空軍試作機 PZL.50 の姿を公式ページの完成見本写真で見てみよう。

PZL50_1.jpg

うん。別に変じゃないよ。どこも変じゃないけど、やっぱり微妙な感じしかしないスタイリング。
キットは、完成しなかった量産型のPZL.50Aを再現。エンジンはマーキュリー。マーキュリーの小さい径にあわせて機首をギリギリまで絞ったら機首機銃の銃身が半分ぐらい飛び出ちゃった。
エンジンを換装してエンジン径が大きくなったら、機種機銃の射線とエンジンが干渉しそうだが、どうするつもりだったんだろう。

pzl50_5.jpg

武装は機種2門、翼内2門の7.92ミリ機関銃と50キロ爆弾2発。
エンジンカウリングはチアーノ泊の写真でシリンダーヘッドの膨らみが写っているので、これまではMC.200サエッタ風のイボ付きカウリングで再現されることが多かったが、その後スッキリした形状に修正された(吸気周りを整理した時にカウリングの経そのものが少し大きくなった?)らしい事が新発見の写真で明らかになった。
機首下のインテイクは吸気をなんとかしようとした苦戦の後か。

pzl50_6.jpg

スッキリとした感じの操縦席。こうやって見ると、キャノピーもできるだけ小さくまとめている事がよく分かる。おかげで前方視界はあまり良くはなさそそうだ。

完成していれば、ドイツ軍に対して一矢を報いることができたような、この性能じゃやっぱり駄目だったような PZL.50A "Jastrząb"は空モノ標準スケール33分の1でのリリース。難易度は5段階評価で「4」寄りの「3」ぐらいだろうか。定価は25ポーランドズロチ(約800円)となっている。

日本ではなんともマイナーなPZL.50だが、実はアメリカでは一部に有名だったりする。
1941年から連載が始まったアメコミの「ブラックホーク」(現在はDC Comicで後継シリーズを連載中)は悪のナチス軍に家族を殺されたポーランド人主人公が、ナチの被占領国各国から集まった仲間と共に「ブラックホーク飛行隊」を結成、悪のナチス軍とか、いろんな悪と戦うというヒーロー物で、戦時中はアメリカで2番目に売れていた時期もある(1番は「スーパーマン」)という人気シリーズだが、第一話冒頭で主人公がポーランドに侵攻してきた「屠殺人飛行隊」と戦ったのが黒く塗ったPZL.50だったのだ。
従って、当キットはポーランド空軍ファンのみならず、アメコミファンのモデラーにも是非ともオススメの一品と言えるだろう。
「ブラックホーク」の熱心なファンなら、ブラックホーク飛行隊がジェットに機種転換するまで使用していた悪ふざけ系戦闘機、グラマン XF-5F「スカイロケット」のキットをecardmodelsから購入し、並べて飾っておくのもいいだろう。



画像はKARTONOWA KOLEKCJAサイトからの引用。


*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。
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