PaperKit ペルー軍装甲艦 Huascar

聞いたこともないようなアイテムが続々とリリースされるカードモデル界。本日もそんなスリリングな業界の最前線、「ecardmodels」からの新製品、PaperKit ペルー軍装甲艦 Huascar を聞きかじった情報で紹介しよう。

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なんだか荒波に揉まれて沈没寸前みたいな表紙絵だが、よく見ると左が前方だ。すごい追い風が吹いているのか、艦橋がもろに排煙かぶっているが大丈夫なのか。
ちなみに、背景でドラクエのボス風に描かれている軍人は、この艦の艦長を長くつとめたペルー海軍のミゲル・グラウ・セミナリオ提督。

19世紀初頭、スペイン、ポルトガルの植民地だった南米諸国はシモン・ボリバルとホセ・デ・サン=マルティンの南米解放コンビの活躍で次々に独立を果たしていく。ペルーも1821年にスペインのくびきを解いて独立したが、もちろん「はい、そうですか」とスペインが簡単に認めたわけではない。
領土回復を企むスペインは1863年、ペルー沖合のチンチャ諸島(肥料の原料となるグアノが採れた)を占領。もちろんこれに怒ったペルーはチリと手を結び、打倒スペインの戦いに乗り出す。
離島を足がかりにするスペインとの戦いは、当然制海権の掌握が勝敗を左右する。というか、制海権が勝敗そのものだ。
南米に派遣されていたスペイン艦隊の旗艦「ヌマンシア」はフランス、ラ・セーヌ造船所で建造された装甲艦でスペイン海軍が最初に保有した装甲艦であった。いわば「ラ・セーヌの星」だ。言ってみたかっただけだ。
これに対抗するため、ペルー海軍はイギリスに装甲艦「Huasca(ワスカル、インカ帝国12代皇帝)」を発注した。
ワスカルは巨砲を積んだ扁平な砲塔から「モニター艦」に分類されることもあるが、本格的な帆走装備を持っており、厳密には「砲塔搭載装甲帆船」になるらしい。いかつい。

1865年10月に竣工したワスカルは急ぎ南米を目指す。すでにスペインとの戦端は開かれていた。が、急ぎすぎたせいで一緒に南米を目指していた装甲フリゲートと接触事故を起こした。とほほん。
修理しようと思ったが、毎度おなじみ、中立国の寄港拒否にあって、仕方なくそのまま南米への旅を続け、ブラジルで応急処置を行う。
そんなことをしていたせいで、やっと同盟国チリの港まで着いた時には肝心のスペイン艦隊は南米本土上陸作戦を敢行しようペルー軍沿岸砲台と射ち合って敗退しており、戦争にはほとんど決着がついていた。要するに、優勢なスペイン艦隊相手にわざわざ海上決戦を行う必要なんて、もともとなかったのだ。
南米連合は、このまま勢いに乗って太平洋を横断してフィリピンに攻め込む壮大な計画も立てたが、壮大すぎたのでもちろん没になった。そんな莫大な戦費はまかなえないし、調子に乗って装甲艦を買っちゃった上に貴重な輸出品目のグアノも枯渇し始めており、ペルーの国内経済はかなりヤバめだったのだ。

1877年、ペルーで内戦が勃発、反乱軍は停泊していたワスカルを奪取した。が、よく考えてみたら内戦で装甲艦を奪っても、戦う相手がいなかった。
しかたがないので反乱軍のワスカルは商戦などを襲いまくっていたら、「それはただの海賊行為です」と怒ったイギリス艦隊に捕捉された。
この戦いで英軍は砲撃で沈めることの難しい装甲艦に対し魚雷を発射しており、これは世界初の実戦での魚雷発射と考えられている(命中はしなかった)。
双方、戦没艦はなかったが、これに懲りてワスカルは鳴りを潜め、1ヶ月ほどで政府軍に降伏した。

1879年、今度は硝石の輸出価格を巡ってペルーはチリと対立。「太平洋戦争」が勃発する。例の大戦争と同じ名前だが、もちろん別の戦争だ。
ワスカルはミゲル・グラウ提督の指揮のもと、チリ沿岸で奇襲攻撃を繰り返し陸軍の集結を阻害していた。南北に細長いチリは道路・鉄道網も未整備で海上輸送が一番輸送力があったのだ。
何度もペルー艦隊の捕捉に失敗し、やっと接敵しても装甲されたワスカルにダメージを与えられずに逃げられていたチリ艦隊は主力艦隊を二分し、奇襲攻撃から戻るワスカルを待ちぶせた。
1879年10月8日、アンガモス岬沖でついにワスカルを包囲したチリ艦隊は破壊力はあるが射程の短いワスカルの射程外から射撃を開始した。チリ艦隊の猛射を浴び、装甲司令塔に被弾したワスカルは舵機が故障、さらにミゲル・グラウ艦長が戦死。もはやこれまで、と自沈しようとするも間に合わず接舷して切り込んで来たチリ軍海兵によってワスカルは拿捕された。
当時の南米で最も堅固な装甲艦を手に入れたチリは直ちにワスカルを艦隊に配備、今度はペルーの海上交通がワスカルによって遮断されることとなり太平洋戦争はチリ軍勝利で幕を閉じた。主力艦が途中で相手方のものになっちゃうってのも珍しい。

それでは、この辺で公式ページの完成見本写真で装甲艦ワスカルの姿を見てみよう。

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うーん、なんか前半分が装甲艦、後ろ半分が帆船、といった感じの不思議な姿だ。
バカデカいペルー軍旗が上がっているので、ペルー海軍時代の姿だろう。
艦首の艦底が出っ張っているのは、もちろん非装甲艦に衝角攻撃をぶちかますため。ワスカルは太平洋戦争序盤にチリ軍非装甲コルベット「エスメラルダ」を衝角攻撃で撃沈している。

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艦首をクローズアップ。19世紀の艦船は艦首にエンブレムが標準装備。甲板の木目テクスチャが美しい。
なんか舷側が不思議なことになっているが、これは側壁が可倒式になっているため。ワスカルは単なる沿岸防衛のモニターではなく、帆走能力も求められたために航海中は側壁を上げ、戦闘時は主砲射界を得るために側壁を倒すようになっていた。でも真ん前に向けて主砲を撃つと自分の艦首をふっ飛ばしちゃうから要注意だ。

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お次は艦の心臓部。吹きさらしにも程があるだろうという露天艦橋はもはや艦橋というより歩道橋だ。主砲塔は背の低い扁平な形をしているが、これは背を高くすると重心が高くなって転覆しそうだし、重量もかさむから。
主砲は254ミリ14口径滑腔砲2門。この砲は前装砲なので一発打つと砲を砲塔内に引き込む必要があり、射撃速度は5分に1発程度だった。砲の移動はもとより砲塔の旋回も人力だったというから水兵さんは大変だ。

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船尾の様子。多数の採光窓、救命ボート、操舵用の予備の舵輪が見える。でもこの舵輪、採光窓と操舵員の立ち位置が思いっきり干渉してるけどどうやって使うの?
写真右に見える黒いものは近接戦闘用の12センチ後装ライフル砲。ワスカルはこれを左右に2門装備していた。

チリ艦隊に組み込まれたワスカルだったが、さすがに19世紀終盤になると旧式化が進んでいた。
1885年から87年にかけて蒸気機関、武装の更新を行ったワスカルは1891年に勃発したチリ内戦でまたもや反政府軍艦隊の一員となり、港湾防衛と輸送船団の警護を行った。政府軍の行動は鈍く、8ヶ月で今度は反政府側が勝利している。
1897年、ワスカルはボイラーの爆発事故を起こし艦船としての経歴は終わり、その後は浮き倉庫として使用された。

1930年代終盤、すでにチリ海軍で最古の艦船となっていたワスカルは歴史遺産として保護されることとなった。50年代、70年代と数度の修復を受け、現在ワスカルはチリ、タルカワノ市の沖合で洋上記念碑として公開されている
ワスカルは記念碑であると同時に、艦で戦死した2人のチリ海軍提督とペルー海軍提督ミゲル・グラウ・セミナリオ提督の霊廟ともなっている(艦内に祈祷室がある)。
2010年にはチリ地震による津波で軽微な損害を受けたが、2011年には公開が再開されペルー、チリ両国から多くの観光客が訪れているということだ。

2国の海軍で2度反乱軍に参加した異色の艦歴を持つペルー軍装甲艦 Huascarは小艦艇スケール100分の1でのリリース。完成全長は約67センチ。難易度は5段階評価の「4」(難しい)、そして定価は$19.95となっている。
世界的にも珍しい現存する極初期装甲艦(他にはイギリスに1860年竣工のHMS「ウォーリア」が現存するぐらい)の模型を机上に飾ることができるこの機会を、初期装甲艦ファンのモデラーは見逃すべきではないだろう。
また、ペルー海軍ファンのモデラーなら、同作者による艦名をカナ表記できないペルー海軍モニター艦も、あわせて購入しておきたい。



画像はecardmodelsからの引用。
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