Pavel Kohno ソビエト軍試作戦闘機 Lavochkin La-150 "Red 21"

いよいよ夏休みも終わり。読者諸氏は悔いのない夏を過ごすことが出来ただろうか。
この時期、カードモデル界を悩ませる大きな問題がネタ切れ。東欧の人たちは夏休みを謳歌してどこのメーカーも新キットのリリースが途絶えるので、秋が近づくころには毎年書くことがなくて四苦八苦だ。
こんな時、助けになるのが以前にリンク紹介でチラリと紹介した、「ecardmodels」。世界中のカードモデルデザイナーがデザインしたキットをデジタルデータ販売するこのサイト、支払いが「PayPal」のみ、というのは日本人にはちょっとハードルが高めだが、印刷販売では手に入らないような超ドマイナーアイテムが平気な顔して売られているのが魅力。そして、8月31日現在3241種類、さらに日々増え続ける圧倒的品数をもってすればネタ切れの心配ともおさらばだ。
本日はそんなモデラー、デザイナー、そして紹介者の強い味方、ecardmodelsからPavel Kohno氏の新製品、ソビエト軍試作戦闘機 Lavochkin La-150 "Red 21"を紹介しよう。

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外周に「Lavochkin La-150」とずらずら書いてあるのがなんだか妙に楽しげな表紙だ。
作者のPavel Kohno氏はウクライナのYG-modelブランドに素晴らしいクオリティのF-35ライトニング2を提供しているウクライナのセミプロデザイナー。本業は建築関係のいわゆる「パース屋」さんのようだ(あまり自信なし)。

ラボーチキンLa-150は、ひと目みて分かる通りソビエトの極初期ジェット機で、Mig-9Yak-15La-150の薄ら寝ぼけデザインジェット御三家のうち、唯一、試作に終わった機体である。
1945年2月、まだ世界大戦は続いていたが、そろそろドイツがもうおしまいな事は誰の目にも明らかだった。
また、ドイツ降伏に次いで、ソビエトVS西側連合軍の頂上決戦がなんらかの形で始まることもすでに明らかだった。
そうなった場合、、アメリカではP-80シューティングスターが、イギリスではグロスターミーティアがすでに実用化されているのに対し、ソビエトにはまだ実用ジェット機といえる機体が存在しないのはヤバい、と気づいたソビエト軍は今すぐ単座単発ジェット戦闘機を完成させるように、という無茶な要求を各開発局につきつけた。
ミグ、スホーイ、ラボーチキンの各設計局はテケトーな機体の機首の下にジェットエンジンを抱える方式でなんとか設計をまとめ、中でもラボーチキンは発注からわずか4ヶ月後の45年6月に早くも実物大モックアップの完成まで終了させる。
これだけ早けりゃ実機完成も順調だろう、と思ったものの、順調なのはここまでだった。

モックアップを完成させた第81工場が「わたしら、他の機体作ってるんで試作機までは作れませんよ」と言ってきたために、5機の試作が第381工場に割り振られたが、なんとこの工場、金属機の制作経験がなかった。なんでそんな所に試作させるんだ。もちろん、金属機制作のための工具もないんで8月には設計図が工場に届けられたのに、年末まで4ヶ月かけて耐荷重テスト用の機体がやっと完成しただけだった。
この機体で耐荷重テストを行った結果、胴体、主翼、尾翼、要するに全部の補強が必要な事が明らかになった。これは設計が間違ってたのか、それとも工作精度のせいなのかよくわからない。さらに、どうやら垂直安定性が怪しそうだ、ということに気がついて、そちらの改修も必要となった。

半年かけて1946年7月、やっと試験機第1号が完成したが、地上試験中にエンジンが不調で、まともなエンジンを探して2度も交換しているうちに初飛行は9月11日までずれこんだ。
翌日、試作5機を含めた先行量産型8機(La-13の機体名称が仮に与えられた)を11月7日の10月革命記念日のパレードで飛行させよ、という命令が中央から伝えられた。
冗談じゃない、まだ試作機3機しか完成してない。慌てて組立中の試作機2機を工作機械ごと第301に運び込み、ラボーチキン設計局が直々に陣頭指揮を取ったが、それでも試作機5機を完成させるのがやっと。早いうちに宿題やっておきなさい! 8月31日になって泣いたってカーチャン手伝わないからね! というオカンの言葉は正しかった。
ほうぼうに掛け合った結果、ゴーリキーにあった第21工場が残る3機を引き受けてくれることになった。ありがたい!
第21工場では突貫作業で最初の一週間で治具を作り、次の一週間で3機を組み立てるという離れ業をやってのけ、11月1日にはなんとかLa-150を8機、準備することができたというから、人間頑張ればなんとかなるもんだ。

なんとか辻褄合わせたラボーチキン設計局だったが、まだ問題はあった。ゴーリキーの第21工場では「モスクワまで飛んでいく? とんでもない! 危険すぎます!」と自力搬入を拒否。La-150って飛行機じゃなかったのか。しかも、主翼の取り外しなんていう洒落た機構もないので、鉄道輸送するとトンネルで二度と戻らない可変翼になってしまう。
仕方なく、専用の三輪トレーラーがこれまた突貫で組み立てられ、それに載せられたLa-150は道路をゴトゴト引っ張られてモスクワ入りした。
これ、飛ばして落ちたら完成しなかった以上にマズいんじゃね? と思ったが、もうこうなったら運を天にまかせるしかない。
そして、運命の1946年11月7日、10月革命記念日当日。
悪天候で飛行パレードは中止になった。
ぎゃふん。

しかし、まぁ、10日でジェット機3機作るなんて、よく考えてみれば不可能なわけで、La-150を試しに飛ばしてみたところ方向安定性が不足してるために蛇行しがちな上に垂直方向の反応が鈍く、狭い操縦席は空調がないんで飛ぶまで死ぬほど寒いし、エンジンが温まってくると死ぬほど暑かった。おまけに燃料搭載量はあまりにも少なく、燃料計はなぜかついていなかった。
1946年のうちに機体は工場に戻され修正が行われたが、主翼面積をいくらいじっても垂直方向の操縦性は全く改善されないまま、水平安定性が異様に増大してロールすることもできなくなってしまった。つまり、La-150はこの時点で横転もできない、上昇下降もすぐにはできない、真っ直ぐも飛ばない、という、もうどうしようもない状態になっていた。

1947年7月。La-150はどうしようもなくなったんで、1機が徹底的大改修を受け、La-150Mとなった。
主な改修は強すぎる水平安定性を削るために主翼に強めの下反角をつけたことで、主翼平面形状そのものも修正された。また、それと釣り合いを取るために尾翼面積も減らされている。燃料搭載量も増やされ操縦席は広げられた。
一見、これで問題はきれいに片付いたかと思われたが、肝心なことを忘れていた。改修で機体は300キロ以上重くなり、改修前に5000メートル4.8分という上昇効率が5000メートル7.2分と絶望的に悪化していたのだ。
結局、ラボーチキン設計局では設計をやりなおしたLa-156がもちっとまともな性能だったこともあり、La-150は破棄された。
なお、ラボーチキン設計局はエンジンをアフターバーナー付きに換装したLa-150Fを試作し、最高時速950キロという素晴らしい記録を叩きだしたが、速度以外の問題はもちろん解決されていなかったので、それだけで終わった。

それでは、人間頑張ればなんとかなる、というわけでもないことを教えてくれるソビエト軍試作戦闘機 Lavochkin La-150の姿をショップページの試作ホワイトモデル写真で見てみよう。

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なんというかこう……機首と後部胴体と主翼が全部別々の飛行機からかっぱらってきて無理やりつなげたようなチグハグなデザイン。機首にジェットエンジンに相当するバラストを入れないと尻もちついちゃう。

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狭くて危ない操縦席もこのように再現。機首が異様に短いので前方視界は良さそうだ。

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ひっくり返すと、エンジンに翼つけただけなことがよく分かる。上翼なので主翼内に脚を収めることができず、かといってエンジンで一杯の胴体にもスペースがなかったんで、後ろ2脚は90度捻って水平にし、前に引き上げるようだ。
ウクライナでもカードモデル用の道具はOLFAが定番。

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エンジンは国産エンジンの開発が間に合わなかったんでユンカースJumoエンジンのまんまコピー。なお、機体後部下面はジェットの排気がかかるので耐熱板が貼ってある。Yak-15はこれが不十分で、試運転で機体後部が溶けた。

ecardmodels、Pavel Kohno氏の新キット、 ソビエト軍試作戦闘機 Lavochkin La-150 "Red 21"は空モノ標準スケール33分の1でのリリース。難易度は5段階評価の「4」(難しい)、定価は12.5ドルとなっている。この定価は少し高めに感じるかもしれないが、デジタル版で輸送費がかからずにこの価格でそのまま購入できるのだから十分にお値打ち価格と言えるだろう。ソビエト軍極初期ジェット機ファンのモデラーなら、OrelのMig-9、ModelikのYak-15と並べてトホホ感を満喫するのも面白そうだ。

なお、Pavel Kohno氏は他にもecardmodelsで48分の1で SNCAO Kolko ACA-5 という機体もリリースしている。このオモシロ過ぎて泣けてきちゃうスタイルの飛行機でもうひと笑いしようと思ったのだが、なにぶん情報が少なすぎて断念した。どの資料にも「Aviation Magazine 1978年4月号(第727号)が情報ソース」と書かれているのだが、どこの国の雑誌なんだか書かれてない(そもそも、「Aviation Magazine」というタイトルの雑誌なのか、単に「航空系雑誌」という意味なのかもわからない)し、肝心の元の記事の画像がどこにもないので何らかのフェイクなのかも知れない。



画像はecardmodelsからの引用。
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