Orlik イタリア軍実験機 Caproni Stipa

日本は豪雨と猛暑が交互にやってくる季節に突入。なかなか工作が進まない、というモデラーも多いかもしれないが、そういう時こそCOOLな新製品情報で暑さ、湿気を吹き飛ばそう。
そんなわけで今回紹介するのはポーランドOrlik社の新製品、イタリア軍実験機 Caproni Stipa だ。

Stipa mini

…………
……わくわくさんがこんなのを作っていたような気がするなぁ。
そんな夏休みの甘酸っぱい思い出が蘇るCaproni Stipaだが、ちゃんと実在する飛行機だ。
作ったのは名前でも分かる通り、イタリアのカプロニ社。カプロニは第一次大戦中に連合軍側では数少ない多発機を得意とするメーカーとして頭角を現し、カプロニの双発爆撃機はイギリス軍、アメリカ軍にも供与された。
戦後は3葉の主翼を3列に並べた合計9枚の主翼で、大西洋を横断を狙った異形の巨人旅客機Ca.60なんていう、いろいろと素晴らしい飛行機を作成したが、Ca.60は素晴らしすぎて離水後すぐに墜落した。

そんなカプロニにこんな飛行機を作らせちゃったのが、イタリア航空史に燦然と輝くもう一人のオモシロ天才、ルイジ・スティパ(Luigi Stipa)である。
第一次大戦に若き猟兵(ベルサリエーリ)として従軍したスティパは戦後、学業に戻り航空力学、流体力学を学ぶ。卒業後、イタリア航空省の技師となった彼は技術部門の総監まで昇りつめた。
1920年代からプロペラの効率を向上する研究に取り組んでいたスティパがたどり着いたアイデアが「内筒プロペラ」、すなわち後に「ダクテッド・ファン」と言われる方式である。
普通のプロペラが回転すると、強烈な後流と共に回転平面に沿って周囲にかなりの量の空気が押しやられる。これは全く推進力にならない上に、周囲の空気をかき混ぜて騒音の元となる。そこで、プロペラの周りにすっぽりと円筒を被せて全ての空気の流れを後ろに向けよう、というのが基本的なアイデアだ。
さらに、この円筒のお尻側を少し絞る(テーパーをつける)ことで後流の速度が増し、推進力さらにUP! という付加価値も得られそうだった。
言うのは簡単だが、なにしろ新しいアイデアなんで効率的にするためにはテーパーの割合はどうすればいいのか、円筒の長さは長ければいいのか短ければいいのか、プロペラは円筒の一番前でいいのか、少し引っ込めたほうがいいのか、わからないことばかりだった。スティパはこれらの問題を一つ一つ検証していき、ついに「黄金比」とも言うべき理想の配置を得る。

スティパは航空省の偉い人にこの革新的なアイデアを検証する実験機の制作を働きかけた。
当時ムッソリーニの大号令のもと、ファシスト体制の強さを世界に喧伝していたイタリア軍はこの話に乗り、カプロニ社と試作機の制作契約を結ぶ。
1932年10月7日、完成した試作機が初飛行した。
誰がどう見てもなんだかなー、としか言いようがないスタイルだったが、飛行結果はなかなかのものだった。飛行は非常に安定しており、あまりにも安定しているせいで左右に方向転換が難しかったぐらいだった(後に方向舵の面積が増やされている)。着陸速度は極端に遅く、時速70キロでも飛行可能。予想通りに騒音は非常に小さく、とても静かな飛行だったという。
Youtubeでカプロニ・スティパの試験飛行の様子を見ることができるが、タキシング中のポヨンポヨン具合が笑わせようとしてるとしか思えない(プロペラの爆音はたぶん後付だ)。

せっかくのオモシロスタイリング、公式サイトに完成見本写真はなかったが部品配置図兼用の三面図があったので、ちょっと見てみよう。

Stipa mini_02

こんなとんでも飛行機でも手を抜かないカプロニの職人魂が嬉しい図面だ。エンジンこそジプシーモス練習機からもぎってきたデ=ハビラント・ジプシー3エンジンをそのまま円筒中央に吊るすという手抜きなものだが、この翼の平面形の凝り方はどう考えても実験機には必要ないと思う。それとも、これもなにか別の機体の翼をもぎってきたのだろうか。
乗員が二人乗りのなのも意図がよくわからない。なぜ実験機が二人乗りなんだ。まさか重心計算が怪しかったのを乗員をバラストにして辻褄合わせようとしたんじゃないだろうな。

Stipa mini_01

ちなみにテクスチャはこんな感じだ。

ちゃんと飛んだカプロニ・スティパだったが、大きな欠点があった。
遅かったのだ。とっても。
同じエンジンの練習機、ジプシーモスが最高時速160キロ出たのに、カプロニ・スティパは130キロしか出なかった。
理由は簡単だった。巨大なダクトの空気抵抗が大きかったからだ。
どうやら、スティパは内筒プロペラの効率計算に熱心になるあまり、ダクト部分の空気抵抗の事を忘れていたらしい。
空軍は「これ、速くなるの?」と恐る恐る聞いたが、スティパは「そんなことより、次はより本格的な多発の機体を制作しましょう!」と盛り上がっていたので計画は打ち切られた。

カプロニ・スティパの実験は終わったが、その斬新なスタイルは各国の航空界に大きな衝撃を与えた。
フランスではわざわざスティパを招いており、スティパも自身の引いた多発内筒プロペラ機の設計図を多数フランス側に提供している(中には内筒プロペラ7発の巨人機なんてのもあった)。
ANF=レ・ミュロー(ANF Les Mureaux)というメーカーはこれをもとに双発夜間爆撃機(なぜか夜間限定。静音性に自信があったからか)Bn4を計画したが、フランス航空会社全体を巻き込んだ国営化と再編成のゴタゴタの間に立ち消えになった。
また、ドイツもハインケルがほとんどカプロニ・スティパまんまの「ハインケル・T」という戦闘機を設計していた、という話もあるが、この機体の情報は非常に少ない上にシャウベルガーの爆縮エンジンとかナチのUFOとかと一纏めに語られることも多いのでヨタ話のたぐいかもしれない。
(ANF=レ・ミュローBn4、ハインケル・Tについて詳しくはこちらのサイト(英語・仏語)参照のこと)

スティパの内筒プロペラはそのままでは単なるゲテモノでしかなかったが、ずっと小口径で羽根の多いプロペラを多段式に配置し、高速で回転させることによってプロペラを内蔵した胴を細くできる可能性はあった(そのためにはレアメタルを使用した薄く頑丈なブレードを作らなければならないなど、解決しなければならない問題は多い)。
さらに、そうやって細く、高速になった後流に燃料を噴射し、爆発燃焼させることによって一層推力は増す。
そう、内筒プロペラは実はターボファンジェットの原型なのだ。
事実、カプロニはその後、レシプロコンプレッサーで圧縮した空気を円筒状の胴の中で加速し、燃料を噴射して爆発燃焼させる変形ジェットエンジンでカプロニ・カンピーニジェット機の飛行に成功している。どうしてカプロニ・カンピーニも実験機なのに複座なんだ。

スティパはドイツ軍がパルスジェットエンジンでV1巡航ミサイルを飛ばした時、自身の特許に抵触しているとドイツに抗議したが、もちろん無視された。
1992年にスティパは亡くなるが、彼は自分がジェットエンジンの発明者として認められないことに生涯悪感情を抱いていたという。

プロペラとジェットの狭間に咲いた徒花、内筒プロペラ実験機 Caproni Stipa は空モノ標準スケール33分の1で完成全幅約43センチ、でも全長は約18センチしかないというわけのわからないスタイル。難易度表示はないが、普通の制作技術が通用しそうにないので覚悟は持っておいた方が良さそうだ。定価は30ポーランドズロチ(約1000円)。

イタリア機ファンのモデラーなら、この機体の登場は心待ちにしていたのではないだろうか。
個人的にはOrlikには是非、とてもとても美しい、そして性能はゴミクズ(ジェットなのに最高時速が330キロしか出ない)なカプロニ・カンピーニや、カプロニの夢であり、張り線の工作が悪夢となりそうなカプロニCa.60などもキット化してもらいたいものである。



画像はOrlik社サイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。
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