Orlik イギリス軍直接協同機 Westland Lysander Mk.IIIA

当コーナーでは、無謀とも思える冒険に挑戦した冒険家がよく登場する。彼ら(彼女ら)はその挑戦前には「嘲笑」、冒険直後には「疑念」、そして「嫉妬」を浴びせられたことだろう。だが、後世において我々が彼らに抱く感情はただ一つ、「礼賛(らいさん)」だ。
と、いうわけで今回はポーランドOrlik社の新製品、イギリス軍直接協同機 Westland Lysander Mk.IIIAを紹介しよう。

lysander.jpg

今回の書き出しは、民謡「会津磐梯山」にのせて「ウェストランド社はなんで身上(しんしょう)つぶした。ホワールウィンドウェルキンが大外しで、それで身上つぶした。ハァ、ライサンダー、ライサンダー」と歌うネタも考えたのだが、途中であんまり面白くないような気がしてきたのでやめておいた。
ちなみに「Lysander」(愛称:リジー)という機種名はちょっと獣神っぽい感じだが、古代都市国家スパルタの将軍の名前だそうだ。This is Sparta.
あと、キットの完成見本写真はない。

1934年、イギリス航空省はそれまで使用していたホーカー・ヘクターに代わる新型の直接共同機の仕様を航空機メーカー各社に通達した。「直接共同機」というのは、陸軍の部隊に密接に協力する機種で、ちょいと飛び上がって敵陣の様子を見てきたり、稜線の向こうに打ち込む砲弾の着弾観測をしたりする飛行機である。
この地味な飛行機に妙な情熱をかけて打ち込んだのがウェストランド社のメイン設計コンビ、ウィリアム・エドワード・ウイロゥビー・ペター(通称「テディ」)とアーサー・ダヴェンポートであった。
二人は空軍パイロットに徹底的な聞き込みを行った結果、陸軍との直接共同を行うためには前線の背後1万5千ヤード(約14キロ)から行動可能なSTOL(短距離離着陸能力)能力が重要であると結論づけた。
テディとダヴェンポートのコンビは、後に双発高高度戦闘機ウェルキンを設計する際に上昇限度1万3千メートルという滅茶苦茶な超高高度能力以外、なんの取り柄もない駄っ作機を作ってしまったのでも分かるように、目標を一つ決めるとそれに向かって驀進するタイプだったようだ。
その結果、完成した飛行機は大型スパッツ付きの固定脚(オプションの小翼をスパッツに装備し、爆弾を懸吊して軽爆撃機として使用することもできた)と途中まで末広がり(逆テーパー)の上翼を組み合わせたわけわかんない形の飛行機だった。
Wikimediaに現存機の素晴らしくクリアな写真がアップされているが、見れば見るほど変な形だ。主翼が風防から生えているのも怪しいし、寸詰まった機体に不相応な巨大な尾翼も怪しい。
そんな怪しいスタイリングの飛行機だったが、ライサンダーはちゃんと飛んだ。それも、非常に巧みに飛んだ。離着陸距離は非常に短く、また失速速度が時速約100キロと、これまたベラボウに遅かったので、観測員にはゆっくりと敵陣を観測する余裕があった。
この性能を買われ、最終トライアルまで残っていたもっと普通の飛行機、ブリストル148を押さえてライサンダーは1938年、制式採用となる。

1940年、ドイツ軍の低地諸国侵攻に対して英国大陸派遣軍が出動、英独軍の大規模陸戦が始まりライサンダーにも出番がやってきた。
が、結果は散々だった。制空権の確保できていない戦場で飛び立ったライサンダーは、たちまちドイツ空軍の餌食となったのだ。仕方ないのでハリケーン戦闘機の護衛がついたが、それでもドイツ軍のメッサーシュミットはまっすぐ突っ込んでくるとほとんど空中に止まってるライサンダーをやすやすと撃墜して飛び去っていった。
結局、フランス・ベルギー方面へ投入された175機のうち118機がわずか2ヶ月で撃墜されてしまった。
第二次大戦のヨーロッパで航空機を偵察/観測に使うという発想がそもそも間違っていたのだ。
よく考えたら、作ってみたらそんな高度に飛んでくる敵がいなかったウェルキンといい、ウェストランドの飛行機ってそんなのばっかりだ。まぁ、そういうところに鼻が利かないから大手になれないのかもしれないが。

飛ぶと落とされるライサンダーは戦場から引き上げられ、イギリス本土で標的曳航とか海難救助(漂流者にイカダを落とす)に使われていたが、いよいよドイツ軍の英国上陸間近のような気がしてくると、航続距離の短いドイツ機が来ない英国本土ではまだ使えるだろう、と上陸した敵を排除する任務が与えられた。
ついでに、上陸してきたドイツ軍をバリバリ機銃掃射する旋回銃塔を載せるためにライサンダーに爆撃機の尻尾をつなげたみたいな専用機、P12なんてのも試作されたが、誰がどう見ても悪ふざけにしか見えない上にドイツ軍が上陸して来る可能性もなくなったのでこいつはキャンセルされた(P12は敵爆撃機と同航戦を行う夜間戦闘機として試作された、とする資料もある)。
英国陸軍の戦場は、新たに発生したアフリカ戦線へと移っていったが、ここではフランスでの反省を踏まえ偵察機にはアメリカ製のカーチス・トマホークが使われている。

このまま戦場から忘れ去られ、英国機がずらりと並ぶ駄作機の殿堂入りするかと思われたライサンダーだったが、思わぬ任務が与えられた。
フランスへの工作員送迎である。
この任務のために機体を真っ黒に塗られたライサンダーは月夜にフランス上空へ侵入、目標手前でエンジンを切ると数本の松明で示される降下地点にふわりと舞い降り、工作員を降ろす、あるいは拾い上げてバレないうちにイギリスへ飛び立っていった。こんな芸当ができる飛行機は、連合軍にはライサンダーただ一機種しか存在しなかった。
この方法でライサンダーはドイツ占領下のフランスに101人の工作員を送り込み、128人を英国へ送り届けたという。
1944年にフランスが解放されるとこの任務は自動的に消滅し、ライサンダーは1946年をもって英国空軍から退役した。

ライサンダーはこの手の飛行機としては破格の1786機が生産された。これはカナダでライセンス生産された225機を含んだ数字である。
軽くて便利だったし、ぶっちゃけ余っていたライサンダーはフィンランド、アイルランド、トルコ、ポルトガル、アメリカ、インド、エジプトなどに輸出/供与されている。このうち、エジプトのライサンダーは1948年の中東戦争で使用されたようだ。おそらく、これがライサンダーの最後の実戦だろう。
また、カナダでは2機のライサンダーが戦後しばらく民間で広告曳航機として使われていたという。

駄作機すれすれのところで奇跡の大逆転で戦史に名前を残したWestland Lysander、今回Orlikがキット化したのはブリストル・マーキュリー20エンジンを積み後部座席の武装を連装ルイス機銃としたMk.IIIA型。マーキングは亡命ポーランド人部隊である第309飛行中隊だ。309飛行中隊は当初偵察機部隊として編成されライサンダーを受領したが、後に隊員からの熱望もありムスタング初期型(アリソンエンジン搭載型)を装備する戦闘機部隊に転換されている。

Orlikからリリースされたイギリス軍直接協同機 Westland Lysander Mk.IIIAは空モノ標準スケール33分の1で完成全幅約46センチ。難易度表示も完成写真もないので難易度はわからない。そして定価は38ポーランドズロチ(約1200円)となっている。
直接協力機やら戦術偵察機なんてのはなにしろ地味なんであまりキット化されないので、そういう地味な飛行機ファンのモデラーはこのキットを見逃すべきではないだろう。
また、妙な飛行機好きのモデラーならOrlikからP12がうっかりリリースされるのを待つのもいいかも知れない。
過去に米軍先尾翼機「アセンダー」とか爆弾倉に入る戦闘機「ゴブリン」なんかをキット化してしまったOrlikだ、P12だってやってしまうかも知れない。
Orlikにはこれからも身上をつぶさない程度にハッチャけて欲しいものである。



画像はOrlik社サイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。
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