WAK ロシア帝国軍装甲車 Jeffery-Poplavko ”Wnuk”

いよいよカードモデルの大敵である湿気に悩まされる季節到来。だからと言って、ジメジメしていては始まらない。ここはひとつ嬉しいニュースでカラリと気晴らししよう。今回紹介するのはポーランドWAK社で公開されたロシア帝国軍装甲車 Jeffery-Poplavko ”Wnuk”だ。

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WAKと言えば、黒表紙が目印だったのになんだかいつもと違う雰囲気。
実はこれ、オンラインでWAKのサイトからダウンロードできる無料キットなのだ。わーお! 太っ腹ー。

Jeffery-Poplavko装甲車は、以前にチェコのブランド「Bestpapermodels」から発売された情景キット ”Czechoslovak legions in Russia 1919”で、それとなく装甲列車に積み込まれていたのを覚えている読者もいるかも知れない。誰も覚えていなくても頑張る。
”Jeffery”というのはアメリカの実業家、トマス・B・ジェフリーが創設した自動車メーカーである。作家のジェフリー・アーチャーとか一般的な名前のスペルは”Jeffrey”だが、トマス・B・ジェフリーのスペルは”Jeffery”。ちなみにトイザらスのキリンの名前は”Geoffrey”だ。
創業者トマスの息子、チャールズ・ジェフリーは腕のいい技術者で、当時まだ難しかった四輪駆動、四輪ステアリングの車両の量産化に成功、さらに贅沢に四輪ドラムブレーキも装備したジェフリー「クァッド」トラックは悪路性能を買われ、アメリカ、イギリス、カナダ、フランス、ロシア、アルゼンチンの軍が採用していた。
1915年、アメリカではこの堅牢なトラックに装甲ボディを被せた「ジェフリー装甲車」というのを開発したが、これは今回の車両とは全くの別物。ただし、これはこれでオモシロイ形をしている。おもしろ装甲車を手に入れた米軍は意気揚々とアメリカ・メキシコ戦争にこれを投入したが、パンチョ・ビラ軍はあっという間にメキシコ奥地まで逃げていってしまったので活躍の場はなかった。
まだ第一次大戦に参戦していなかった米軍は使い道のなくなった装甲車を気前よくイギリス軍に提供、英軍はインド方面でこれを使用したらしいが、ドイツ潜水艦隊の海上封鎖でスペアパーツの供給が滞り、あまり役立たなかったようだ。なお、ドイツ潜水艦隊はスペアパーツの輸送艦と一緒に勢い余ってアメリカ人の大勢乗った豪華客船ルシタニア号まで撃沈してしまい、これを機にアメリカ世論は参戦へと傾くが、ルシタニア号には父から会社を受け継いだチャールズ・ジェフリーが乗っていた(トマスは1910年に死去)。チャールズは辛くも九死に一生を得たが、「会社経営なんてやめて、もっと人生を楽しもう」とジェフリー自動車を元ゼネラル・モータース社長、チャールズ・W・ナッシュに売り払ってしまった。現在、ジェフリー自動車はクライスラーの一部門となっている。

さて場所は変わって、ついでに時間も少し巻き戻って、1915年、ロシア帝国は購入したジェフリートラックを装甲車部隊のサポート車両に使うことにした。
Виктор Поплавко(ヴィクトル・ポプラフコ)率いる第26装甲車部隊ではジェフリートラックのボンネットに簡単な装甲を施し、ついでに「Чародеи」(魔法使い)なんてパーソナルネームまで与えて主力のオースチン装甲車、ガーフォード装甲車と共に出発した。
ところが、肝心のオースチン、ガーフォードは二輪駆動だったのでロシアの悪路で早々とスタック。押したり引いたりしながらなんとか進む装甲車の脇を、四輪駆動の「魔法使い」ジェフリーがすたこらさっさと走り回るという本末転倒な事態となった。
これを見たポプラフコは、いっそこれならジェフリーを装甲したほうがいいじゃないか、ということに気がついた。試験的に装甲車レベルの装甲を施してみたが、ジェフリーは荒れた地形をものともせずに走り回る。
ポプラフコは装甲した荷台にサーベル、ピストル、手榴弾で武装した10名の切り込み隊を乗せたジェフリー装甲車隊が敵陣に突入、切り込み隊が第一線を掃討する間に装甲車は第二線に進み、装備する2丁のマキシムマシンガン(前後左右、4箇所にマシンガンポートがあるが、射界はそれぞれ15度しかない)を打ちまくって増援を阻止するという元祖装甲兵員輸送車ともいうべきアイデアをまとめ、司令部に提出する。なんとも革新的だ。
ポプラフコは鼻息荒く襲撃部隊を「ハンニバルの象軍団」と呼んでワクワクしながら装甲車の到着を待っていたが、こういう優れたアイデアを全くものに出来ないのがロシア帝国。司令部が工廠で作成した装甲車は表紙の完成写真でもわかる通り、荷台が平たく整形されていたのでとてもじゃないが10人も人は乗れなかった。
ポプラフコはがっかりしたものの、30輌も作っちゃった装甲車を作りなおしてもらうわけにもいかず、3個小隊3輌づつ+1輌中隊本部で10輌1個中隊、総勢3個中隊の装甲車大隊を編成し、1917年春から行動を開始。詳しいことはわからないが、ポプラフコ装甲車大隊は広大な東部戦線を走り回り、なかなかの戦果を収めたようだ。
司令部ではさらに90輌のジェフリー・ポプラフコ装甲車を増産することに決定したが、ロシア革命により全てが御破算になってしまった。

革命まで生き残っていたジェフリー・ポプラフコ装甲車は5輌がドイツ軍に鹵獲され、これらは1919年のドイツ革命でドイツ義勇軍(フライコーア)が使用したらしい。
ポーランドは2輌のジェフリー・ポプラフコを鹵獲している。そのうちの1輌が”Wnuk”(孫)と名前を与えられてポーランド・ソビエト戦争で使用されている。今回WAKがフリーモデルとして公開したのがこの車両だ。
「孫」ってのもなんとも奇妙な名前だが、これは配備された装甲車部隊で一緒に使用されていたガーフォード装甲車が"Dziadek"(祖父)と呼ばれていたためらしい。見ろよあいつのえびす顔。
”Wnuk”は1921年3月ごろまで在籍していたことがわかっているが、その後どうなったのかは分からない。また、2輌鹵獲されたもう1輌のジェフリー・ポプラフコがどうなったのかも不明だが、おそらく部品取りのために分解されたのだろう。

さぁ、ここまで聞いてこの素晴らしいジェフリー・ポプラフコを今すぐにでも制作したいとウズウズしているモデラーも多いことだろう。こんな素晴らしい装甲車のキットがWAKのおかげで無料ダウンロードできるんだから、いい時代になったもんだ。
ダウンロードはWAKのダウンロードページから。
今回のキットはシャーシフレームなどは大胆に省略されており、難易度は5段階評価の「2」(優しい)となっているので、カードモデル初体験のモデラーにもオススメだ。ロシア帝国時代のジェフリー・ポプラフコはキャビン天井にライトを備え、車体前にL字ビームでワイヤーカッターを装備している車両もあるので、腕に覚えのあるモデラーならこれらを自作してもいいだろう。スケールは陸モノ標準の25分の1だが、デジタルデータでの配信なので好みのスケールに調整してもいいかもしれない。

なお、今回紹介したジェフリー・ポプラフコはWAKフリーモデルシリーズの2作目。1作目はロシア帝国空軍マーキングのモラン・ソルニエG型だ。

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こちらも、難易度「2」の入門用キットとなっているので、これから飛行機キットに手を出してみようという初心者にちょうどいいだろう。
現在フリーモデルは3作目までリリースされているが、なぜか三作目はいきなり「シュトゥルム・ティーガーの38センチロケット砲の砲弾」となっている。WAKがシュトゥルム・ティーガーをリリースしたのは2008年のことだが、砲弾がないので作ろうかどうしようかもう6年も悩んでいた、というモデラーにとってこれは嬉しいサプライズだろう。

このところ好調なWAKからリリースされたフリーモデルシリーズ。果たして次のフリーモデルはどんなどうでもいいような車両になるのか、しばらくはWAKの公式ページから目を離すことができなそうだ。


画像はWAK社公式サイトからの引用。

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