SKLEJ MODEL アメリカ製ロケット "SATURN"2種

偉大な哲学者、ジャン・ポール・サルトルはかつて言った。
「日本のモデラーには正月が一年に二回来る。一度は元旦。もう一度は静岡ホビーショーだ」
いや、ジャン・ポール・サルトルが言った、というのはウソだ。
と言うか、「日本のモデラー~云々」は別に偉人の名言でもなんでもなく、5月の始めぐらいに筆者が思いついた言葉だ。
そんなウソの名言を書いてしまうぐらい重要な静岡ホビーショーを、諸般事情でドタキャンして関係者に迷惑かけまくってごめんなさい、結構本気でヘコんでる筆者がお送りする東欧カードモデル情報、今回はポーランドの新ブランド、SKLEJ MODELの新製品、アメリカ製ロケット "SATURN"2種を紹介しよう。

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来たぜ! 前回のスプートニクに続いてロケット史に燦然と輝くサターンロケットが新規キットとして堂々の登場だ!
こりゃヘコんでる場合じゃない。
SKLEJ MODELは第一作目がポーランドの試作軽戦車4TPだったのに次がサターンロケットって、ポーランド人にとっては小さな飛躍かも知れないが日本人にとっては大きな飛躍過ぎだろう、とか細かいことはこの際もうどうでもいいや。

スプートニク開発のキーとなったのが東の天才ロケット技術者コロリョフだが、サターン開発の、そして人類の月到達のキーとなったのが西の天才ロケット技術者ヴェルナー・フォン・ブラウンである。
「フォン」が入っていることでも分かる通りブラウン家はドイツ東部(現在ポーランド領)の貴族の家柄で、ヴェルナーの父、マグヌス・フォン・ブラウン男爵はワイマール政権下で農業大臣を務めた政治家、母クヴィストルプは家系を辿るとフランス王フィリップ3世、デンマーク王ヴァルデマー1世、スコットランド王ロバート3世、イングランド王エドワード3世に行き着くという超名門だった。
そんな超名門の三人兄弟の真ん中に生まれたヴェルナーは当然貴族らしく、作曲家パウル・ヒンデミットの手ほどきでチェロとピアノを嗜みベートーベンとバッハの楽譜を暗記し、将来は作曲家になることを考えていたおぼっちゃまだった。
しかし、そんなヴェルナーぼっちゃまを、あるものがトリコにした。ロケットである。
当時、ドイツの自動車メーカー、オペル創業者の孫であるフリッツ・フォン・オペルが車にロケットを積んでスピード記録に挑んでいた。これに刺激された12歳のヴェルナー少年はオモチャのワゴンに花火を満載、意気揚々とメインストリートへ発進、大方の予想通りに爆発した。
(ちなみにオペルは見るからにクレイジーなロケットカーRAK.2で1928年、時速230キロを達成した。)
父親が迎えに来るまで警察署に拘留されていたヴェルナー少年だったが、ロケット熱は全く衰えることはなかった。
手痛い失敗で理論の重要性を学んだヴェルナーはドイツロケット開発の先人、ヘルマン・オーベルトの著した「惑星間ロケット」を熟読。苦手だった物理・数学を勉強しなおす。
1930年にスイスの物理学者にして冒険家、気球に乗って人類で初めて成層圏に到達したオーギュスト・ピカール(潜水艦バチスカーフ号で人類初めて水深1万メートルに到達したジャック・ピカールの父)の講演を聞きに行ったヴェルナー青年は講演を終えたピカールに近づき「ぼくはロケットで宇宙へいくつもりです」と自己紹介した。ピカールはこれに、激励で応えたという。

ドイツ宇宙旅行協会へ合流したヴェルナー・フォン・ブラウンはロケットの開発、打ち上げを着実に積み重ねていったが、時代は急速に戦争へと向かっていた。
宇宙旅行協会のロケット打ち上げを視察した陸軍兵器局のヴァルター・ドルンベルガーはベルサイユ条約でドイツが所有・開発を禁じられている長距離砲の代替手段としてのロケットに注目。宇宙旅行協会にロケット兵器開発のパートナーになってくれと申し出た。
宇宙旅行協会はこの申し出を断ったが、フォン・ブラウンは個人で協力を申し出て宇宙旅行協会を脱退、これ以降はドイツ陸軍でロケット研究を続ける。陸軍の潤沢な資金、整った研究設備が魅力的だったこともあるが、どうも宇宙旅行協会は趣味サークル的な色合いが強く、ロケットに本気だったフォン・ブラウンに満足できる環境ではなかったらしい。
結局、1934年には民間でのロケット研究は一切禁じられてしまうので、フォン・ブラウンがロケットの研究を続けるためには陸軍に協力するしかなかった。

1936年、フォン・ブラウンはロケットと聞いて大フィーバーしちゃったエルンスト・ハインケルと意気投合してロケット戦闘機の開発を開始する。ハインケル社から気前よく提供されたHe72とHe112にロケットブースターを搭載したフォン・ブラウンは試験のためにロケット実験場のあったペーネミュンデに呼び出されたテストパイロットに「あなたがロケット機を操縦するんですか? あなたはきっと、有名になりますよ。なにしろぼくらは月へ行くんです!」と言って仰天された。
液体燃料ロケットを積んだハインケル機は爆発せずにちゃんと飛んだが、フォン・ブラウンは月へ行くためのロケットのプロトタイプを飛行機に積んでいたので、陸軍ではもっと簡単な構造のヴァルターロケットブースターを採用した。
フォン・ブラウンは1939年に垂直に打ち上げられ高度1万メートルまで60秒で到達するロケット迎撃機を陸軍に提案しているが、そんなもんで戦う相手がまだいなかったので、もちろん不採用になった。たぶん、フォン・ブラウンはこれが採用されていたらそのまま月まで届く迎撃機を作るつもりだったのだろう。

いよいよ戦争が始まると、さすがのフォン・ブラウンも月旅行なんていう浮わついたことで騒いでいるわけにはいかなくなったが、研究の成果である世界初の弾道ミサイル「V2」がロンドンに着弾したニュースを聞いて「発射は大成功! ただし、着地する惑星を間違えた」と言ってるようでは本心はバレバレだった。
そんなわけで1944年3月、フォン・ブラウンは無く子も黙る国家秘密警察「ゲシュタポ」に逮捕される。この国家非常時にフォン・ブラウンはまじめに戦争する気がない、けしからんというわけだ。
しかし、天才フォン・ブラウンなくしてはV2ロケットの開発改良が全く頓挫してしまうことは明らかで、ドルンベルガーはヒトラーに直接かけあい、なんとかフォン・ブラウンを釈放させることに成功した。

1945年春、ドイツの敗戦が近づくとフォン・ブラウンは散々に聞かされていたソビエト軍の蛮行から逃れ西側連合軍の捕虜となるべく、西への逃避行を開始する。陸軍からはペーネミュンデで最後まで戦うように命令が出ていたらしいが、そんなことは知ったこっちゃない。
逃避行を初めてすぐに乗っていたトラックの運転手の居眠りが原因でフォン・ブラウンは左手をひどく骨折したが、入院してるとソビエト軍に捕まると判断したフォン・ブラウンは「全然大丈夫」と言い張って西へ進み続け、出会った米軍第44歩兵師団に降伏した(だから、降伏直後に撮られた写真では左手をギブスで固めている。また、NASAで撮られた写真でフォン・ブラウンは左手をポケットに入れていることが多いが、骨折の後遺症で少し不自由だったのかもしれない)。
ナチ党に入党はしていたものの、ゲシュタポに逮捕されたこともあり政治色の薄いフォン・ブラウンはその頭脳を買われて戦後アメリカのロケット開発の中心人物となっていく。
しかし、米ソが国運をかけて月へのレースを行っている最中にフォン・ブラウンは「火星に行く宇宙船を建造しよう」「車輪型宇宙ステーションも建造しよう」「どうせ月にいくんなら月面に恒久的基地を建設しよう」と次々に素晴らしすぎるアイデアを披露して周囲をウンザリさせていたらしい。さすが天才だ。アメリカに国家秘密警察がなくて良かったね。

1969年7月21日。ついに人類はサターンロケットで月面に到達した。
12歳でオモチャのワゴンを爆発させた少年の夢はついに現実となったのだ。
月面着陸の科学的な意義は大きかったが、宇宙ロケットはこの瞬間をもって究極的目標を喪失する。
これ以降、ロケットはより経済的に重量物を宇宙へ運ぶことが目的となりサターンのような超巨大ロケットの活躍の場は急速に失われていく。
これは「ロケット」というものが実験段階から実用段階に移行した事を意味していると同時に、極論すればロケット打ち上げは「目標」から「手段」へと堕落したのである。

それでは、この人類が作り上げた「究極」のロケット、サターンの姿を公式ページの完成見本写真で見てみよう。

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今回SKLEJ MODELがキット化したのは宇宙実験室「スカイラブ」の打ち上げで有名な「サターン1B」(左)、そして人類を月へ送り込んだ「サターンV」(右)の二種類。オレンジ色の文字は1BとVが逆になってるが、これは互いのキットの広告が入っているからだ。一見、微妙な差に見える2種のサターンだが、よく見ると左側1Bの上半分が右側Vの上3分の1と共通で、右側のサターンVの方がずっと巨大なロケットであることがわかる。

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そしてSKLEJ MODELの特徴である、色分けを使った素晴らしくわかりやすい組み立て説明書。一見、筒を丸めりゃほとんど終わりと思われがちなロケットモデルだが、サターンVの1段目ロケットノズルの工作はなかなか手応えがありそうだ。
なお、先端の脱出用ロケットを支えるトラス部分はレーザーカット済のオプションパーツが同時発売となる。

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テクスチャはもちろん汚しのないスッキリとしたタイプ。手書きではこのシャープなスケール感はなかなか出せない。

これからの大いなる飛躍が期待されるSKLEJ MODELの新キット、アメリカ製ロケット "SATURN"2種はどちらも150分の1スケールでのリリース。完成全高47センチのサターン1Bが18ポーランドズロチ(約600円)、そして完成全高75センチのサターンVが30ズロチ(約1000円)となっている。また、芯材用レーザーカット済厚紙は1B用が8ズロチ(約250円)、V用が13ズロチ(約400円)、また緊急脱出ロケットを支えるトラス部分のオプションパーツは共通で2.5ズロチ(約80円)。
ロケットファンの読者ならご存知のことと思うが、サターンロケットの模型というのは実はけっこう数があり、ペーパークラフトキットも国内メーカーも含めて数種類が発売されている。
各キットを作り比べてそれぞれの解釈の違いを楽しんでもいいし、それぞれのいい所を集めて自分だけのサターンロケットをデザインしなおすのもいいだろう。
人類が月へ行かなくなって久しくなった今こそ、究極の目標である月を目指すために作られた巨大ロケットを組み立てることで見えてくるものがあるかも知れない。
わしも頑張ろう。



画像はSKLEJ MODELサイトからの引用。


*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。
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