GPM アメリカ製戦闘機 Curtiss "Hawk II"

いつの間にやら4月も半ば、関東では桜も散ったというのになんだか今日は妙に肌寒い。そんな日は、日本で一番HOTな雰囲気を創りだそうと健気に努力しているカードモデル情報ブログで一息入れてはいかがだろうか。
そんな無理な前振りで本日紹介するのはポーランドGPM社からリリースされた新キット、アメリカ製戦闘機 Curtiss "Hawk II"だ。

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しかも、ラテンの情熱キューバ軍機と来たもんだ。東西冷戦期には東側陣営の「出城」として最前線だったキューバだが、戦間期にはアメリカの影響下(ほとんど植民地状態)にあった。第一次大戦中にアメリカ軍を支援するために米軍機で編成されたキューバ軍航空隊は1918年に西部戦線に派遣されたりもしたが、その後はクーデターが勃発するたびに自国の政府を攻撃してばっかりの変な軍隊だ。
そんな経緯でキューバ軍航空隊はカストロ首相とチェ・ゲバラが革命を起こすまではアメリカ機を装備しており、今回キット化されたカーチス”Hawk II”も基本的には米陸軍航空隊の装備していたP-6戦闘機の輸出型である。

Curtiss Aeroplane and Motor Companyはグレン・ハモンド・カーチスが1916年に設立した会社である。
1878年に生まれたカーチスは高校を卒業するとまず写真機とフィルムで有名なコダック社に就職。カーチスはすぐに発明と機械いじりの才能を発揮し、簡易カメラなどを開発している。が、すぐに飽きちゃってコダックを退社。得てして優秀な技術者ってのはそういうもんだ。
その後、なぜか自転車レーサーになっていたカーチスは当時出回り始めていたオートバイと出会う。
オートバイにビビッと魅せられたカーチスは1902年からオートバイの制作、販売を開始。オートバイって、そんな「作ろう」と思ったら作れるもんなのか、と思うが1903年には自作バイクで1マイル(1.6キロ)を平均時速100キロでぶっとばして当時の速度記録を樹立。ちなみに彼が制作した初期のバイクではキャブレターにトマトスープの空き缶を流用していたというのは有名な話だ。1904年にオートバイレースでカーチスに負けた大手バイクメーカー「インディアン」の技術者が「果たしてカーチスのバイク工廠はどのような設備か」と偵察に来たが、普通のバイク店の裏でカーチスがトンテンカンとバイク作ってるのを見てビックリして帰ったという。そんなもんに乗って時速100キロなんて、頼まれても出したくない。
さらに1907年には4リットル40馬力のV8エンジンを搭載したモンスターマシンで時速約220キロのバイク速度記録を達成。この記録は1930年まで破られなかった。このマシンは現在スミソニアン博物館に実物が展示されているが、どっからツッコンでいいのか分からない素晴らしいフォルムだ。あんた、これで時速200キロ出したのか……
もっとも、このエンジンは本来はバイク用に作られたものではなかった。すでにカーチスの興味はさらなるハイテクマシーン、「飛行機」へと移っていたのである。

1907年、カーチスはグラハム・ベル(電話の発明者)の創設した「航空実験協会(Aerial Experiment Association)」に招待され機体、エンジンの設計とテストパイロットとして航空業界入りした。1908年には自分で設計した機体を操縦して「アメリカ最初の公式飛行」を成し遂げる。
あれ? ライト兄弟ってそれより5年も前に飛んでなかったっけ? と思ったが、兄弟の飛行は公証人が立ち会っていなかったりして、公式の飛行とは認められていない。
だからって、なぜその後5年も公式飛行が行われていないのかと言うと、ライト兄弟は「主翼を捻って左右の揚力を調節して飛行姿勢を制御する」という特許を取ってしまったので、この特許に抵触するのをいやがって誰も飛行機を作らなかったからだ。
カーチスはこれに対して翼をねじるのではなく、小さな可動翼を動かす「補助翼」を装備することで特許を回避したつもりだったが、ライト兄弟は「それも捻じり翼の一種ですぅー」と訴訟を起こした。それを言ったら、全ての飛行機が特許に抵触することになってしまうぞ。
この訴訟はだらだらと長く続き、その間アメリカ航空界は完全に停滞してしまう。
しびれを切らしたカーチスは1914年、「そもそもライト兄弟は飛行機の発明者じゃねぇし」と言い出して、ライト兄弟初飛行の9日前に飛行に挑戦(発進と同時に墜落)したサミュエル・ラングレー教授のエアロドローム号を復元して悠々と飛行して見せたが、原型を留めないほどに設計が修正されていたのがバレちゃって裁判には全然影響なかった。

1916年、アメリカ軍はいつまでたっても国産機の大量生産に目処がつかないのにブチ切れてライト兄弟とカーチスに和解を勧告。これに従ってライト兄弟は全ての飛行機にイチャモンをつけるのをやめ、アメリカ航空会はやっと遅いスタートを切ることができたのであった。

今回キット化されたのは1920年代末にカーチスが米陸軍向けに開発した戦闘機。ここまで全然機体の話が出てこなかったので、早いとこ公式ページの完成見本写真を見てみよう。

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着陸脚のなんかすごい中途半端な整流カバーがチャーミングだ。
P-6は液冷エンジンだが、キューバが3機購入した機体は星形空冷エンジンに換装されているために機種周りの雰囲気ががらりと代わっている。ちなみにP-6は日本も空冷型を1機、評価用に購入している。
液冷型のP-6は2007年にWAKからキットがリリースされているので、手に入るなら作り比べてみるのもおもしろそうだ。

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変な平面形の主翼、妙に小さい下翼、ずんぐりした胴体というオモシロフォルムもさることながら、ド派手な塗装がなんとも言えない。これもラテンの情熱がなせる技か。腹に抱えた平べったい箱は、たぶん燃料タンクだ。こんなところに燃料タンク置いちゃうあたりもマジメに空戦する気には見えない。

なお、今回GPMからはバリエーションとしてフロートを装備した水上機型も同時リリースとなっている。

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こちらはオリーブグリーンの胴体とイエローの主翼で、一見アメリカ陸軍航空隊装備機のようだが、実はペルー軍装備機である。なんでいきなりペルー軍なんてマイナーにも程がある軍の装備機なのかは誰にもわからない。

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表紙写真に比べて、ずいぶん写りの悪い完成見本写真だ。それにしてもこの主翼配置でパイロットに前方視界はあるのか。
資料によってはペルーに輸出された機体はP-6"HAWK II"ではなく、艦載機型のF11C"Goshawk"のフロート装備型となっているが、ぶっちゃけこのころのカーチス機ってほとんど同じ機体に別番号が割り振られていたり、エンジン換装して別物になった機体がバリエーション扱いだったり、作る飛行機作る飛行機、全部愛称が「ホーク」だったりして、なにがなんだかわからない。
これらカーチスの鷹軍団が世界へと輸出され着々とアメリカ航空界が世界レベルへ追いついていく中、グレン・ハモンド・カーチスは1930年7月23日、虫垂炎の手術が起こした併発症により死去した。
その前年、傑作機を生み出せないままに低迷していたライト兄弟の飛行機会社「ライト・エアロノーティカル」とカーチス社は合併し、「カーチス・ライト社」になっている。

戦前までの停滞しきっていたアメリカ航空会を引っ張り、駆け抜けていった風雲児/問題児「カーチス」の制作した佳作戦闘機Curtiss "Hawk II"、GPMのキットは空モノ標準スケール33分の1で完成時の全幅が30センチと手頃なサイズ。難易度はキューバ軍陸上機、ペルー軍水上機とも3段階評価の「2」(普通)、そして定価はどちらも30ポーランドズロチ(約千円)となっている。また、レーザーカット済の芯材用厚紙がセットになった「コンプリートセット」が50ズロチ(約1700円)だ。
このキットは戦間期のあんまり良く知らない複葉機ファンのモデラーはもちろんのこと、カーチス機ファン、そしてキューバ軍とかペルー軍とかのファンにも見逃せない一品と言えるだろう。



画像はGPM社サイトからの引用。


*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。
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