Orel ソビエト砕氷船 Капитан Хлебников

日本は随分と日が短くなった。ついでに、なんかまたもや納品が近づいてきて工作の時間も短くなった。
そんな理由で進展報告をサボってばかりいる筆者が、サボることなく製品がリリースされ続ける東欧カードモデルを紹介し続けることができたらいいな、と思っている当コーナー、本日紹介するのはウクライナOrel社からリリースされた新製品、ソビエト砕氷船 ”Капитан Хлебников”だ。

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砕氷船は当コーナーとしては初登場のアイテム。すっかり寒くなった冬を感じさせる良チョイスだ。
と、言いたいところだが、実はこの製品は初夏にはすでにリリースされていたのですでに手に入れて完成させて棚に飾っている読者もいるかも知れない。
なぜ、ここまで紹介が遅れたのかと言うと、だってOrelの公式サイト、「新製品」のページが春から更新されてないんだもん。てっきり新製品を出してないのかと思ったら、公式フォーラムでは新製品の告知されてやんの。

ロシアは大陸軍国であったが、だからって海に出ていかなくていいってもんでもない。いつまでもユーラシアの器におさまるオレじゃないぜ! と意気込んでみたものの、バルト海は冬には凍っちゃうし、黒海から地中海に出たところでスエズとジブラルタルをイギリスにガッチリ押さえられてるし、しかたないから太平洋に出ようと思って東に向かったら日本にボロ負けした。
そんなわけで、冬には凍るバルト海、白海、さらには北氷洋を交易路とするために氷を砕いて冬の海を進む砕氷船が進化したのは必然であり、ロシアでは蒸気船の発明と共に船底を分厚く改造した特殊な船が建造され、様々な試行錯誤の末についには究極的な「原子力砕氷船」にまで発展した。
なお、英語で砕氷船は「icebreaker」だが、なんかファンタジーRPGの武器の名前みたいでカッコいい。

今回キット化されたのは1981年に進水した”Капитан Хлебников”(キャピタン・フレブニコフ)。1万2千トンの大型艦だが全長は122メートルしかないズングリした形の船だ。
船の名前になっている「フレブニコフ」は、戦前・戦中に多くの砕氷艦の艦長を務めたユーリ・コンスタンティノビッチ・フレブニコフ(Юрий Константинович Хлебников)にちなむ。フレビニコフは1936年にはバルト艦隊の駆逐艦を従え、史上初めて北回りで軍艦を太平洋に回航することに成功。第二次大戦中もレンドリース物資の輸送のために航路を切り開き続け、1943年にはアメリカで建造される新型砕氷艦の建造を監督するためにアメリカへ派遣された。フレブニコフの指導のもと、ソビエトの砕氷艦技術を取り入れてアメリカで建造された「ウィンド」級(全8隻)の最初の艦はレンドリース法によりソビエトに貸与されることとなり、ソビエト名「Северный Ветер」として北氷洋の物資輸送を影で支えている。
フレブニコフの人生はここまでは順調だったが、1948年、突如として逮捕されてしまう。はっきりした理由はわからないが、アメリカ滞在の経験があるのでスパイと見られたのかも知れない。ソビエトのために頑張ったのに、ひどいじゃないか。
スターリン死後の1957年に釈放。フレブニコフは自由の身となる。筆者のようなフラフラした人間だったら「もう北極圏はコリゴリだよー」となりそうなものだが、そこは筋金入りの「アイスブレイカー」だ。リハビリを終えて体調を回復すると、フレブニコフは「ムルマンスク海運会社」で砕氷船の船長になったというから恐れ入る。
1976年、76歳で死去。モスクワに眠る。

それではそんな不屈のロシアン・アイスブレイカー魂の籠もった砕氷船、キャピタン・フレブニコフの姿を公式ページの完成見本で見てみよう。

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黄色いよ! この船、なんだか凄く黄色いよ!!
いやさ、「Капитан Хлебников」で画像検索かけてみると確かに上部建造物は黄色っぽいんだけど、いくらなんでもこんなレモンシャーベット色じゃないと思うぞ。
ホテルみたいなバカデカい上部建造物の側面には目がチカチカしそうな文字で「Quark Expeditions」とロゴが書かれているが、キャピタン・フレブニコフはソビエト崩壊後にこの会社に買い取られて改装を受け、世界初の「局地クルーズ船」となったのである。
この局地クルージングは日本でも旅行代理店で取り扱いがあり、もしかすると読者の中にはキャピタン・フレブニコフで局地の旅を楽しんだモデラーもいるかもしれない。全然うらやましいぞ。
なお、日本語表記では「キャピタン・レブニコフ」という表記も良く見かけるが、これはキリル文字からラテン文字に転記する時に「Khlebnikov」になるからである。

丸っこいカタチと巨大な上部建造物から、小柄な船のような印象を受けるが前述の通り、排水量は1万2千トン。砕氷船は高速で氷に突っ込んでも船がバラバラになるだけなので、粘りついてくる氷を押しのけながら低速で前進後退を繰り返すことができるトルクが必要なためにこのような独特な艦形となる。
写真ではチラリとしか見えていないが、船尾のプラットフォームからはヘリコプターの発着が可能で、2機を常備している。

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砕氷船のシンボルとも言うべき、独特な艦首をアップで。この鋭く突き出した艦首で分厚い氷の上に乗り上げ、艦の重さで氷を割る。さらに海水バラストを船内左右のタンクに移動させることで艦を意図的にローリングさせ、通路を広げるなんてこともやってのける力持ちだ。
船首にはソビエト国章が誇らしげに取り付けられているが、これはアメリカの民間企業であるQuark Expeditionsの所有となった後も外されなかったようだ。なお、ソビエト時代の写真ではどうも上部建造物は白く塗ってあるように見える。
世界初の局地旅客船となったキャピタン・フレブニコフだが、働き者なだけに老朽化も激しいのだろう。残念なことに2012年3月をもって局地クルーズからは引退し、現在Quark Expeditionsの所有船の情報ページからも外されている。現在の所在はちょっとわからなかった。

Orelの新製品、ソビエト砕氷船/局地クルーズ船 Капитан Хлебниковは海モノ標準スケール200分の1で完成全長約65センチ。難易度は3段階評価の「3」(難しい)となっており、完成写真ではわからないがブリッジの内装などもある程度再現されているようだ。そして、定価は276ウクライナフリブニャ(約3100円)となっている。

映画「SOS……北極 赤いテント」で墜落した探検飛行船「イタリア」のメンバーを救出しに、ソビエトの砕氷船「クラーシン」が来てくれたシーンで感動したモデラーなら、本作は間違いなく見逃すことのできない一品と言えるだろう。

ところでロシア/ソビエトの局地仕様の船と言えば、筆者が毎日尻を眺めながら通勤している南極観測船「宗谷」がもともとはソビエトから発注された船だということは局地探検史に詳しい読者なら当然御存知の事だろう。
宗谷は2千数百トンしかない船で、宗谷が現役だったころには度々「宗谷が南極の氷に閉じ込められて身動きできなくなった」というニュースが伝えられ、ソビエトやアメリカの砕氷艦に助けてもらったもんだが、1958年に閉じ込められた時に助けてもらったアメリカの砕氷艦「バートン・アイランド」は、ユーリ・”アイスブレイカー”・フレブニコフが監修した「ウィンド級」砕氷艦の一隻だそうだ。



画像はOrel社サイト公式フォーラムからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

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