GPM ポーランド WROCŁAW市庁舎

時々暑い日はあるものの、夜になるとめっきり涼しくなるようになった今日このごろ。日本はいよいよ秋になろうとしているが、夏の始まりは順調だった東欧からのカードモデル新製品情報がすっかり絶えてしまい、どうしたもんやらと頭を抱える次第だ。
まぁ、前回もドイツの灯台とかやらかしてたんで、今回もWikipedia頼みでなんとかしてみよう。
そんないい加減な経緯で本日紹介するのはポーランドGPM社の新製品、ポーランド WROCŁAW市庁舎だ。

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「WROCŁAW(ヴロツワフ)」というのはなんか聞かない名前だが、ドイツ読みの「ブレスラウ」なら知っている、という読者も多いだろう。10世紀に建設された(市の歴史としてはキリのいい紀元一千年を建都の年としている)古都ブロツワフは1025年にポーランド王国に編入され、中世ポーランドの文化の中心を担った。
ポーランドの「古都」といえば、クラクフが有名だが、11世紀にポーランドに二箇所あった貨幣鋳造所が、クラクフとヴロツワフにあった、というから日本で言えば大阪と京都みたいなもんだろうか。違うかもしれないけれど。

しかし、ヴロツワフの歴史は受難の連続であった。
まず13世紀、毎度おなじみ、モンゴル軍がやってきて町は破壊された。さらに14世紀に二度の大火、15世紀には大地震で再建するたびに市街は破壊されるという運のなさ。
そんなこんなのうちに、ポーランド王国はヴロツワフがなんだかどうでも良くなってきちゃって、その隙を突くようにドイツ文化が入り込んできた。
17世紀、ついにヴロツワフ当主の男子からポーランド王家の血縁が途絶え、代わりにオーストリア帝国を統治するハプスブルグ家がヴロツワフを相続する。「都市を相続する」というのが、もう日本人にはなにがなんだかわからない。
これで落ち着くかと思ったら、今度は18世紀、オーストリア継承戦争にオーストリアが負けて、都市はプロイセンに割譲された。ハンターチャンスか。
19世紀、今度はナポレオンの傀儡ドイツ、「ライン同盟」に組み込まれ市街を囲む要塞などが撤去される。ナポレオンがいなくなって、ライン同盟は解体され、プロイセン王国がドイツ帝国になり、ドイツ帝国が解体され、ドイツ共和国になり、さらにナチス・ドイツとなると、その領土ヴロツワフ(戦前のドイツで、ベルリンの東で最大の都市だった)は今度はソビエト軍の容赦無い攻撃に晒され、しかもドイツ人が「ブレスラウは難攻不落の要塞都市です!」とか余計なことを叫んだせいで女性、子供の疎開も認められずに市街の半分が廃墟となった。

戦後となり、ソビエトは一緒に戦い、共にドイツをやっつけた戦友であるポーランドから、なぜか東半分を割譲した。それだけだと酷過ぎるんで、同じぐらいの広さのドイツ東部をポーランドに割譲した。
ドイツ人があっちへ行ったり、ポーランド人がこっちへ行ったりの大騒動の末、ヴロツワフはポーランド領となり、今に至る。

ヴロツワフの歴史が複雑すぎて、それだけで結構な量を書いてしまったので、ここからは公式ページでの完成見本を見ながら話を進めよう。

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さて、今回キット化されたのは、そんなヴロツワフの激動の歴史を見てきた証人であり、市を代表する歴史的建築物でもあるヴロツワフ市庁舎だ。
現在の場所に市庁舎が最初に建設された時期は、なにしろ支配者はころころ変わるし大火や地震もあったんではっきりしないが、どうやら14世紀ごろらしい。あるいは、大火による再建時に基礎が作られたのか。
その後、16世紀中頃までの間、市の人口の増加や市庁舎の果たす役割の変化などに伴ってあっちにホールを建て増し、こっちにタワーを取り付け、とやってたせいであっちこっちで壁の色が違うオモシロ建物になっていった。
庁舎は幸い第二次大戦では屋根を中心とした全体の一割程度の損害に留まり、50年代に修復が行われた。現在は博物館となっており、コンサートなどの文化イベントに使われている。

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なんだか全体的にテクスチャがボンヤリしてたり、建物の外壁がなんだか反っているように見えるのは、試作品だからだ、といいな。
窓が地面に半分埋まってているのは、いくら試作品でもひどいじゃないか、と思ったら、実物もけっこうそのまんまだった19世紀に書かれた絵と比べると、どうも周囲の地面が嵩上げされているようだ。
ちなみに市庁舎は市庁舎広場に対して斜めに建っているが、これもなぜだかわからない。人生、わからないことばかりだ。

GPMの新製品、ポーランドWROCŁAW市庁舎はスケールは250分の1。なぜか難易度は三段階評価の「3」(難しい)、そして定価は40ポーランドズロチ(約1300円)となっている。

「ヴロツワフ」はなんだか日本から遠く離れた町のような気がするが、実はこの町には立派な日本庭園がある。
これは、1913年、対ナポレオン戦勝100周年を記念して開催された博覧会の際に日本人の手で作られたものである。その後、度重なる戦乱で日本側はそんなものを作ったことをすっかり忘れていたが、現地では数少ない記録を元に維持に努めてきた。それでも「隠れキリシタン」のように序々にノイズが蓄積され、1990年代には金閣寺っぽい変な建物とか立っていたらしい。その後、国際交流の一環として愛知県造園協会関係者が庭園を修復。現在は日本とポーランド双方の国旗にちなみ、「白紅園」と呼ばれ市民の憩いの場となっている。
と、日本語の資料には書いてあるが、この「白紅園」という名前、大変美しいのだがポーランド側の資料には登場しない(ポーランドでの呼び名は単に「日本庭園」)。
また、オリンピックゲームを補完、補助する目的で1980年代に始まった「ワールドゲームズ」の2017年大会はヴロツワフで開催される。2017ヴロツワフ、2020東京で仲良く盛り上がるためにも、市庁舎マニアにはこのキットは見逃せないものだと言えるだろう。



画像はGPM社サイトからの引用。


*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。
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