Orel Паллада級ロシア帝国防護巡洋艦 

一ヶ月ほどのカンヅメというのは、いざ始まるまでは永遠のように感じるが、実際に体験してみるとわずか一週間ほどのことに過ぎないように感じるものである。
と、いうか、単に進展が思わしいので予定が変わって週末は解放されただけのことだ。ヤレヤレ。

さて、そんなヤレヤレ気分でヨレヨレな筆者が、せっかくなんでお送りする新製品コーナー、今回はウクライナOrel社からリリースされた新製品、Паллада級ロシア帝国防護巡洋艦を紹介しよう。

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Паллада(パルラーダ)級、というとちょっとマイナーだが、同級3隻のうちの一隻、「Аврора」(オーロラ)ならご存知の読者も多いだろう。そう、あの十月革命で号砲を放ったオーロラ号である。
パルラーダ級は、19世紀末のロシアで建造された防護巡洋艦で同型艦は三隻、「パルラーダ」「オーロラ」そして、「ジアーナ(Диана)」である。ちなみに日本語、英語の資料では「パルラーダ級」となっているが、ロシア語の資料では「ジアーナ級」となっておりネームシップが違う。理由はわからない。
建造の経緯も資料によってまちまちで、ある資料ではバルト海に進出してくるドイツ艦隊に対抗するため、とされており、ある資料では太平洋の戦力増強のため、とされている。
なにはともあれ、パルラーダ級はサンクトペテルブルグで建造され、装甲艦の建造技術で遅れ気味だったロシア工業界にとって貴重な経験となった。
パルラーダ級は排水量は約6700トン、全長は120約メートルでスラリとした細長い艦形をしている。主武装は152ミリ砲8門だが、これは砲塔式ではなく4門づつが舷側にずらりと並ぶ。最高速度は約20ノット。この性能はイギリスの同時代の「エクリプス級」と良く似ている。

しかし、うっかり建造してから気がついたが、ロシア海軍にはこの艦の使い道がなかった。一応、装甲しているとは言えこの程度の武装では、戦艦はもちろんのこと、戦艦より軽装な「装甲巡洋艦」と撃ち合っても負ける。さらに、数年遅れて完成した日本軍の「浅間」「吾妻」などの新型装甲巡洋艦が22ノット近く出るので、速力でも装甲巡洋艦に負けている。さらに、戦艦も新型なら18ノットは出るようになった。
イギリスやフランス、ドイツがこの手の艦船を保有するのなら、意味はわかる。イギリスやフランスは世界中に海外領土を持っており、それを守るためにこういった足の長い軽装の軍艦が必要だった。そして、ドイツはそれを脅かし、海上交通を遮断する「通商破壊戦」のためにこの手の艦船が必要だった。
だが、ロシアは違う。海外領土は持ってない。それに戦う予定の日本軍よりも海軍力が上なんだから通商破壊なんかしてないで正面から戦えばいい。

でも作っちゃったものはしょうがないので、ジアーナ、パルラーダは太平洋の旅順要塞へどんぶらこっこと回航され、オーロラはなんとなくバルト海に残された。
しかし、日露戦争が始まると苦戦の続く太平洋艦隊を助けるためにバルト艦隊は「第二太平洋艦隊」に編成され、遠路はるばる太平洋へ向かうことになった。戦史上名高い「バルチック艦隊」である。
1904年10月、バルチック艦隊がバルト海を出たとたんに、「日本軍水雷艇発見!」の警報が鳴り響いた。艦隊はわーわー言いながらボカンボッカン砲弾を撃ちまくり、わーわー言っているうちにオーロラが被弾。被弾したんだから敵がいるに違いない、とさらにわーわー言いながら砲弾を撃ちまくったが、はたと気がついたらバルチック艦隊の中で互いに撃ち合っていた。これを「ドッガーバンク事件」という。ついでにイギリスの漁船も撃沈しちゃったんでイギリスにメチャクチャ怒られた。
そんな騒ぎを起こしながらやっとの思いでたどり着いた日本海では東郷提督奇跡のターンでバルチック艦隊戦艦隊は次々に沈没。
オーロラは持ち前の足を生かして遁走、マニラ(当時アメリカ領)に逃げ込んだら、中立港なのでもちろん終戦まで抑留された。

その後、オーロラは終戦で解放され、「テヘヘ」とバルト海に帰って来た。帰って来たけど、やっぱり使い道がないので一度は練習艦になるも第一次大戦で戦闘艦として復帰。でももはやロシア海軍全体がやる気がなかった。
1917年、十月革命勃発。革命の最先鋒となったクロンシュタット軍港の水兵達の乗り組んだオーロラは、ロシア帝国の後をついで第一次大戦を続けようとする「臨時政府」の立て篭もる「冬宮」に向けて空砲を発射、革命軍は一斉に冬宮へなだれ込み、革命は成し遂げられたのであった! と、映画「十月」では描かれているが、実際には冬宮への一斉突撃はなかったらしい。
でも、革命のシンボルとなったオーロラは記念艦として保存されることとなった。第二次大戦中にはドイツ軍の砲撃で大破着底したが戦後復元され、現在でもサンクトペテルブルグの観光スポットとなっている。

では、そんなカッコイイんだかカッコワルイんだかわからないオーロラの姿を公式フォーラムの完成見本写真で見てみよう。

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でも、写真がこのコントラストのキツいホワイトモデル写真一枚しかないので、これ以上書くことはあまりないのだが、今回、なんとOrelからはパルラーダ級三隻が同時発売となった。

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壮観! まさかの同型艦一斉制覇だ!
でも、これ喜ぶ人いるのか? コンパチキットじゃダメだったんだろうか。

太平洋旅順艦隊に編入されたジアーナとパルラーダだが、日露戦争開戦と同時に日本軍水雷戦隊が旅順港に突入し、魚雷をぶっ放していった。ジアーナには魚雷は命中しなかったが、パルラーダには「東雲(しののめ)」の放った1本が命中。パルラーダはなんとか修理して出撃したら機雷に触れ損傷。もう一回、なんとか直したところで「旅順要塞はヤバいかも知れんので、ウラジオストックへ脱出せよ」との命令がくだりジアーナ、パルラーダを含む旅順艦隊はこっそりと旅順を脱出しようとしたが、日本軍連合艦隊に捕捉され「黄海海戦」が発生。ジアーナは持ち前の中途半端な速力を生かしてトンズラしたが、パルラーダは僚艦と一緒に旅順へ押し戻されてしまった。
旅順要塞は堅固な要塞で、日本軍の突撃を撃退していたが、日本軍は28センチ榴弾砲を戦場に持ちこみ極端な曲射弾道で山なりに榴弾を旅順港に放り込む戦法を取った。この攻撃で4発を食らったパルラーダは大破着底する。
パルラーダは旅順を占領した日本軍によって浮揚され二等巡洋艦「津軽」として日本艦隊に編入された。
津軽は1922年に除籍となり、1924年、対艦爆撃の標的艦として海没処分となった。でも、変なところに沈んだんで、漁協の人に「すげー邪魔」と怒られた。仕方ないので引き揚げ権を民間に売ったら、その際に収賄があったとかで「津軽疑獄事件」というのが発生している。とことん、運の巡りが悪い船だな。

さて時間は巻き戻って、黄海海戦でトンズラしたジアーナがどうなったのかというと、サイゴン(当時フランス領)に逃げ込んで抑留されていた。とほほ。
戦後、「テヘヘ」とバルト艦隊に戻ったジアーナは第一次大戦ではドイツ艦隊と交戦もしているが、やっぱり革命側について赤色艦隊に編入されるも、革命政府には大型水上艦艇を保持する能力がなく、1922年に解体のために売却された。なお、不思議なことに22年に売却されたのに、赤色海軍から除籍されたのは1925年である。まさか忘れてたんじゃないだろうな。

ちなみにキットのテクスチャは汚しのないスッキリとしたタイプだ。
どうやらオーロラは黒船体に黄色煙突のバルチック艦隊塗装のようだが、他2艦の塗装がどの状態なのかはわからなかった。たぶん、日露戦争前の明るいグレー塗装だと思うが、確証はない。

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Orelの新製品、Паллада級ロシア帝国防護巡洋艦は海モノ統一スケール200分の1で完成全長約63センチと、細長い船体だ。難易度は3段階評価の「3」(難しい)、定価はそれぞれ147ウクライナフリブニャ(約1600円)だが、今ならなんと2隻のお値段で3隻買えるセット販売も行われている。でもロシア帝国の防護巡洋艦を同型艦3隻セットで買う人って、いるのか?

海戦史上でもちょっと他に例を思いつかない、まさかの同型艦3隻のうち2隻が戦争中に遁走という大記録をうちたてたパルラーダ級。ロシア海軍、防護巡洋艦、戦闘中に遁走、そんなシチュエーションが大好きなファンにとっては、見逃すことのできない一品と言えそうだ。



画像はOrel社サイト公式フォーラムからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。


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