GPM ソビエト軍原子力潜水艦 К-3 ”Ленинский комсомол”

いよいよ11月も半ば。毎年この時期になると、キヤノンクリエイティブパークに来年の干支のペーパークラフト(2013年は蛇)のペーパークラフトが登場することで年の瀬を知る、というカードモデラーも多いのではないだろうか。
当サイトでも、そんな11月にふさわしいキットを紹介しよう。
今回紹介するのはポーランドGPM社の新製品、ソビエト軍原子力潜水艦 К-3 ”Ленинский комсомол”だ。

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当サイトでは原子力潜水艦のキットを紹介するのは初めてとなるが、今回紹介するК-3は、ソビエト海軍初の原子力潜水艦である。
なぜ初なのにК-「3」なのかはわからない。そもそも、この「プロジェクト627」の同型艦は13隻だが、その名前はК-3、К-5、К-8、К-11、К-21、К-181、К-159、К-50、К-52、К-14、К-42、К-115、К-133と跳び跳びな上に行ったり戻ったりしている。これは、番号で潜水艦の保有数がわかってしまうのを避けるためかもしれない(厳密には「プロジェクト627」は原形のК-3のみ。残りの艦は改良型の「プロジェクト627A」)。
原子力潜水艦のどの辺が11月っぽいのかと言うと、このクラスのNATOコードが「ノヴェンバー級」だからだ。強引だがどんどん行こう。ちなみにソビエト側の呼称は「Кит」(キト、鯨)である。

世界初の原子力潜水艦「USSノーチラス」は1954年に1月に進水した。それまでのディーゼル潜水艦が「電池に電気を蓄えておけば、いざという時には沈むこともできますよ」という程度だったのに対し、原子力潜水艦は数ヶ月以上潜行しっぱなしだって可能という超兵器であり、それまでの潜水艦とは根本的に異なる兵器に進化していた。
対抗措置として急ぎ原子力潜水艦を建造する必要に迫られていたソビエトは、スパイからの情報や独自の研究をつぎ込み、急ぎ設計をすすめる。(艦載型原子炉のテストは原子力砕氷船「レーニン」で先行して行われたとする資料もあるが、К-3とレーニンの建造時期を考えると疑問もある)
当初、К-3は通常の魚雷の3倍の太さの直径150センチもある極太魚雷「T-15」を搭載し、米軍の海軍基地にこっそり侵入してアメリカ艦体を一挙大壊滅させる超スーパーウルトラ兵器になる予定だったが、このT-15魚雷は、取り込んだ海水を原子炉で熱して水蒸気にし、それを噴出しながら40キロ以上も疾走するという、とってもドリーミーな兵器だったので、後に艦の目的は敵艦隊やシーレーンに対する攻撃という当たり前のものに変更され、武装は通常魚雷管8本となった。
1954年6月に建造の始まったК-3は、これまでの潜水艦と異なる全く新しい種類の艦である割には、意外と建造がとんとんと進んで57年8月に就航。58年6月には期待の原子力航行を行った。1962年には原子力で潜行したまま北極点に到達している(世界初となる潜行したままの北極点到達は4年前にライバルのUSSノーチラスが達成していた)。

К-3の特徴は、水中速力の速さにあった。アメリカのノーチラスが約23ノットしか出せなかったのに対して、なんと30ノットで突っ走ることができたのだ。これは、まだ第二次大戦型の潜水艦形状を色濃く残しているノーチラスに対し、К-3が現在「潜水艦」と言われて思い浮かべる涙滴を長く引き伸ばしたような滑らかな形状をしていることの影響は大きいだろう。しかし、ただでさえ完成を急いだ上にこの速力を出すためには方々に無理があったようで、К-3とその同型艦はとにかく事故が多かった。1960年、К-8は放射能に汚染された蒸気が漏れる事故を起こし乗員が被曝。К-8は70年には火災事故を起こし沈没している。1965年、 К-11は原子炉が制御困難となるも、決死の乗員の自殺的献身により最悪の事態を回避。もちろん、修理にあたった乗員は被曝した。1967年、К-3が部品の不良による油漏れから火災を起こす。
初期のソビエト原子力潜水艦の原子炉は非常時のバックアップシステムがないという、ちょっと信じがたい構造になっており、一旦、不安定となると即座にメルトダウンし兼ねないというひどい欠点があった。また、放射線の遮断も十分ではなく、口さがない連中は「原子力潜水艦乗りは被曝して光ってるからすぐにわかる」と揶揄した。
また、原子炉の騒音もひどく、一説にはディーゼル潜水艦よりもうるさかったというから、平時でも戦時でもあまり乗りたくない艦だったようだ。
70年代に入るとノヴェンバー級の事故は急に減るが、これは単に新型艦が就航して出番が減ったからだろう。
その後もなんとなく在籍し続けていたノヴェンバー級も、1990年のソビエト解体と前後して相次ぎ除籍される。ところが、ちゃんと原子炉を処分せずに単に退役だけしたもんで、燃料棒が核分裂するままに残っていて、冷却水の循環だけは一応してるけど放ったらかし、みたいなひどい状況の艦も存在し、これは大きな問題となっている。
К-3は資料によっては、現在「ソビエト初の原子力潜水艦として展示館になっている」という記述もあるのだが、どこにも現在の状態の写真が見当たらないので、予算不足や原子炉の処理の問題などで実際には保管計画は頓挫しているようだ。

なお、К-3の別名”Ленинский комсомол”(レーニンスキー・コムソモル,レーニン共産青年団)は1943年に戦没した潜水艦「M-106」の名前を継いでいる。また、このクラスの艦は1989年前後にソビエト海軍のカテゴリ分けの変更に従い艦名が「К」から「Б」に変更されている(「К-3」なら「Б-3」に)が、「Б」の艦名期間が短かったために海外ではこっちの名前はあまり一般的ではないらしい。

では、そんな危なっかしくてしょうがない元祖ソビエト軍原子力潜水艦の姿を公式ページの完成見本写真で見てみよう。

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とは言っても、今回は完成写真はあまり数がない。
独特なカタチの司令塔は、К-14の司令塔が現在、ロシアのオブニンスクという場所にモニュメントとなって展示されているので、近くまで行く機会があればぜひとも一度見学しておきたい。この町は世界初の民生用原子力発電が行われた場所であり、К-3の乗員もここで原子炉の取り扱いについての訓練を受けたという。
独特なカタチの「尾ビレ」にも注目だ。

GPMの新製品、GPM ソビエト軍原子力潜水艦 К-3 ”Ленинский комсомол”は海モノ統一スケールの200分の1で全長約50センチという堂々たる大きさ。難易度は3段階評価の「2」(難しい)、定価は45ポーランドズロチ(約1500円)となっている。
東側初の原子力潜水艦であるこのキットは原子力潜水艦ファンならもちろん見逃せないキットと言えるだろう。また、ソビエト潜水艦ファンなら第二次大戦中のソビエト潜水艦と並べて、その違いを実感してみるのもおもしろそうだ。



画像はGPM社サイトからの引用。


*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

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