Orel ソビエト試作ジェット戦闘機 Су-9

「スホーイ」といえば、今や旧東側を代表する航空機メーカーであり、傑作機Su-27「フランカー」は世界中のモデラーに人気のあるアイテムである。
そんなスホーイブランドの忘れられた感のあるマイナー機、Су-9がウクライナOrel社からリリースされたのを今回は紹介したい。

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「Су-9(Su-9)」といえば、普通は過激なまでのデルタ翼で、西側からの高高度侵入機に向かって高速で駆け上がってくる60年代の迎撃機の方を指すものだが、実はあれは「二代目Су-9」で、元祖Су-9は1946年に初飛行したこちらの機体の方である。

長距離記録機 АНТ-25の設計で手腕を認められたパーヴェル・スホーイは1939年9月、ついに独立した「スホーイ設計局」を持つにいたった。師匠のアンドレイ・ツポレフは巨人機大好きっ子だったが、スホーイの設計には小柄な機体が多い。
記念すべきデビュー作、Су-2(ソビエト軍のナンバリングは、戦闘機は奇数、それ以外の機体は偶数の番号が振られるので、試作高高度戦闘機「Су-1」の方が後の開発)は「偵察機なんだけど、敵を見つけたらそのまま爆撃できたら凄いよね! ついでの戦闘もできちゃったら、もう他の飛行機いらないじゃん!」という思いつきに従って作られた万能機であった(厳密にはツポレフ設計局時代の設計)。Су-2の性能は悪くはなかったのだが、そもそものコンセプトが現実的でなかった上に独ソ開戦時にはすでに旧式化しており、さらにドイツ軍の奇襲で多数が失われ、その補充には傑作機イリューシンIl-2が当てられたためにマイナーな存在に終わった。
スホーイ設計局ではエンジンを強化したСу-4、さらに設計をみなおしたСу-6を開発。Су-6はIl-2よりもやや性能が良かったが、一機でも多くの飛行機を前線に送らなければならないこの時期に生産ラインを混乱させるべきではない、という超合理的な理由と、スターリンがなんとなくスホーイの事を嫌い、という超超非合理的理由により採用にはならなかった。
そもそも、この時期のスホーイ設計局は大きな問題を抱えていた。実は、設計局移転の関係などで、スホーイは専属の生産ラインを持っていなかったのだ。これじゃ、いくらいい飛行機を設計しても量産化される望みはほとんどない。これもスターリンの差金なのだとしたら、ずいぶんな仕打ちだ。そんなにスホーイが嫌いなのか。

そんなわけで、生産されることのない試作機を作ったり、飛ばしたり、飛ばなかったりしていたスホーイ設計局に突如、おいしい話が転がり込んできた。
ドイツから鹵獲したMe-262ジェット戦闘機を参考に国産ジェット戦闘機を開発せよ、という指示が下ったのだ。
喜び勇んだスホーイ設計局は、せっかくなんでハインケル219夜間戦闘機からコピーした射出座席や、ソビエト機としては初の液圧式操作システム、さらに高速の機体を制御するためにフラップを垂直に立ててエアブレーキに使う機構など、楽しいギミックを試作機、のちのСу-9にたっぷりと詰め込んだ。
ただでさえジェットエンジンの国産化に手間取った上にそんな事をしていたせいで初飛行は戦後の1946年末までずれこむ。
試験飛行の結果、Су-9は高速での安定性に難があるものの、最高時速885キロという驚異的な高速を記録した。
やったどアンちゃん、これで次期主力戦闘機の座はいただきや! とスホーイ設計局は喜んだが、やっぱりスホーイがなんとなく大嫌いなスターリンによって「次期戦闘機は37ミリ機関砲を変なところに積んだせいで性能がさっぱりなМиГ-9か、レシプロ機に無理やりジェットエンジン突っ込んだのが見え見えな上に、尾翼のパーツが不足してるJak-15にするから」とつれないお返事。
その後、スホーイ設計局ではエンジンの強化、尾翼形状の修正などを行ったСу-11、Су-13を制作したものの、どれも相手にされず、続くСу-15では二基のジェットエンジンを前後に並べ、そのままだと前のエンジンの排気で後ろのエンジンが燃えちゃうんで前のエンジンは斜め下に排気して、正面のエアインテイクは前のエンジン用、後ろのエンジン用と左右分割されているという、文字で説明するとよくわからないが、内部図解を見てもよくわからない設計で笑いを取りに行ったが、ウケを狙いすぎた設計が災いしたのか試験飛行中に翼がバタバタと煽られる「フラッター」(有名なタコマ橋が崩壊する原因となった現象)が発生し機体は崩壊。テストパイトッロのセルゲイ・アノヒンは辛くも脱出したが、続くСу-17は「またぶっ壊れるでしょ」と試作許可がおりず、さらに「よく考えたらスホーイ設計局って、役に立ってないよね」と解散させられてしまった。

冷遇に次ぐ冷遇で一度は航空界から追放されたスホーイだったが、スターリンの死後1953年に設計局再開の許可が降りる。
これまでの怒りを製図板にぶつけたスホーイ設計局再開後の会心の一作は二代目Су-7として制式化された。
極端な後退翼と強力なエンジンの産み出すダッシュ性能は迎撃機として評価され、さらに主翼をデルタ翼へと改めた二代目Су-9「フィッシュポット」でその地位を固めたスホーイはやがてミグと肩を並べるソビエト主要設計局へと大きく成長するのである。


では、そんなスホーイ設計局不遇の時代を代表する初代Су-9の姿をOrel公式ページの完成見本で見てみよう。

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Me-262のまんまコピーのように言われることのあるСу-9だが、こうやって見てみると後退していない主翼、真円に近い胴体など全く別の機体であることがよくわかる。むしろ、レシプロ双発機に近いスタイルだ。
でも、試作写真がこれしかないからキットの話はこれで終わりだ。

Orelのソビエト試作ジェット戦闘機 Су-9は双発ながらも航空機統一スケールである33分の1で全幅約32センチと、意外にも手頃なサイズ。難易度も3段階評価の「2」(普通)となっている。定価は74ウクライナフリブニャ(約800円)。機体色は試作機らしく特色の銀、一部のパーツは裏面ベタの簡易両面印刷となっているそうだ。

本作は初期ジェット機マニアのモデラーにとって見逃すことのできないキットであるのはもちろんのこと、スホーイファンのモデラーならミグとかヤクとかの薄ら寝ぼけたデザインのジェット機と作り比べ、それらを蹴散らすСу-9の大活躍を夢想するのも面白そうだ。



キット画像はOrel社サイト公式フォーラムからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。
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