GPM ドイツ帝国海軍巡洋戦艦 S.M.S.SEYDLITZ

普段は戦車の展開図書いて戦車戦車うるさい一ブロガーの脳内で、空前の「ドイツ帝国海軍巡洋戦艦ブーム」が到来していることはもはや語るまでもない。今回は、この「ド帝巡戦流」に乗り遅れるな、とばかりにポーランドGPM社からリリースされたドイツ帝国海軍巡洋戦艦 S.M.S.SEYDLITZを紹介しよう。

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あれ、なんで今回は表紙が完成見本じゃなくて絵なんだろう? 印刷に試作品が間に合わなかったのか? いや、試作品が間に合わないのが判明した時点で絵を書き始めても、もう間に合わないか。
GPMは現在の「緑表紙」になる前の「黄色表紙」時代は表紙が絵だったので、一種の原点回帰なのかもしれない(これまでも緑表紙で表紙が絵だったことは時々あった)。

S.M.S.SEYDLITZ(”ザイドリッツ”、資料によっては”セイドリッツ”とも)はドイツ帝国海軍巡洋戦艦として1913年に就航した。主武装は28センチ連装砲塔5基で、これを艦前部に1基、後部に2基、1基づつを舷側に載せている。舷側の2基は前後に大きくずれた斜め配置となっており、中心線上に砲塔が並んでいなくても全主砲を片舷に指向できるデザインだ。前ド級戦艦でも30センチ砲を装備していたのだから、「28センチ」という備砲はちょっと迫力不足にも思えるが、多分速力で肉薄すれば28センチでもOK! という判断だったのだろう。
また、前級の「モルトケ級」は乾舷が低く、比較的波の穏やかな時でも飛沫が甲板に降りかかるという欠点があった(これは設計ミスというよりも想像以上に速度が出ちゃったからかも知れない)が、ザイドリッツでは乾舷を高くして凌波性を高めている。同型艦はない。

ザイドリッツの名を高めたのは、なんと言っても世界海戦史上最大の決戦、ユトランド沖海戦における奮戦である。ユトランド沖海戦は英海軍151隻対独海軍99隻が参加(ド級戦艦・巡洋戦艦だけでも英37隻対独21隻)した正に「大海戦」であり、この経緯を追ってるとあと数年はユトランドのエントリーが続いて、当ブログ名も「ユトランド沖海戦始めました」に変更しないといけないので、ここではその経緯については極めて簡単に触れておくに止めよう。

世界最強の大海軍を保有するイギリスに対し、ドイツ帝国は大艦隊を整備したが、それでもイギリスと肩を並べるような勢力とは成り得なかった。どうせ無理なんだからはなっから諦めて陸軍力増強に専念してりゃ良さそうなもんだが、教科書に載ってたらまっ先に落書きされそうなヒゲの海相ティルピッツがうっかり建造してしまったものはしょうがないので、劣勢なドイツ海軍は足の速い(その分、防御力には劣る)巡洋戦艦隊がイギリス沿岸をぼっこんぼっこん砲撃して、イギリス艦が来る前に逃げるという「ヒット・エンド・ラン」戦法を繰り返していた。
このウザい攻撃に怒ったイギリスは1916年5月、ドイツ巡洋戦艦隊の出撃の情報をキャッチし、これを殲滅すべく巡洋戦艦を発進させる。
しかし、これはドイツ側の罠だった。ドイツ巡洋戦艦隊は、イギリス巡洋戦艦隊と接触→優生なイギリス巡洋戦艦隊にびっくりして逃げるフリ→待ち伏せしてる主力戦艦隊のところへ誘導→ドイツ戦艦隊がイギリス巡洋戦艦隊をボコって大勝利! これ以降は巡洋戦艦のないイギリスはドイツ巡洋戦艦を補足不可能! ビバ! と、いう作戦を考えていたのだ。
ところが、イギリスは無線傍受と暗号解読でドイツ主力艦隊の動きを捕捉。それなら、こっちは罠に引っかかったフリをしてドイツ艦隊主力を捕捉し、こっちの主力で一気に撃滅してやろう、と主力艦隊にも出撃を命令する。

1916年5月31日、ユトランド半島(デンマーク)沖合で、両国の巡洋戦艦隊が接触した。
繰り返しになるが、巡洋戦艦は戦艦より装甲が薄い。本来は全力で殴りあうのではなく、その速力を生かし交戦は避けなければならない艦種である。しかし、ドイツ巡洋艦隊は自国艦隊を主力艦隊へ誘導し、イギリス巡洋艦隊はドイツ主力艦隊へ自国主力艦隊を誘導するという任務を持っていたため、両者は損害覚悟で接触を保つために極めて濃密な砲戦を交わすこととなった。
巡洋戦艦隊同士の砲撃戦は壮絶な果し合いとなった。ドイツ艦隊旗艦「リュッツォウ」の斉射を浴びたイギリス艦隊旗艦「ライオン」は砲塔が爆発、砲塔の装甲天井が吹き飛んだ。イギリス艦「インディファティガブル」はドイツ艦「フォン・デア・タン」の砲撃で損傷、戦列からよろけ出たところに再びフォン・デア・タンからの斉射を受け弾薬庫に引火、真っ二つに折れて爆沈。さらにイギリス艦隊は「クィーン・メリー」がドイツ艦「デアフリンガー」とザイドリッツの猛射を受け同じく弾薬庫に引火し、爆沈する。
もちろん、ドイツ艦隊も深刻な打撃を被っていた。ザイドリッツはクィーン・メリーの砲撃を浴び後部第4砲塔が損傷、弾薬庫に火が迫った。実は、ザイドリッツは前年1915年の「ドッガーバンク沖海戦」でも英艦ライオンからの砲撃で後部砲塔を損傷している。その時は、被弾した砲塔から逃げようとした砲員が隣接する砲塔との隔壁の扉を開けてしまったため、隣接する砲塔にまで火がまわり後部砲塔2基の戦闘力を損失、危うく爆沈するところであった。ドイツ艦隊はこの闘いの後、火災での急激な爆発を避けるよう火薬の性質を調整するなどダメージコントロールを徹底していた。
双方が大出血を伴う砲戦を続けながら戦場は南へ移動、やがてドイツ主力艦隊が戦場に到着した。そしてイギリス主力艦隊も到着。双方の主力が真正面からぶつかった。
しかし、このラウンドは長くは続かなかった。劣勢なドイツ艦隊は交戦を早々と切り上げ脱出を開始。さらにイギリス艦隊も熱心な追撃は行わなかった。
(既述の通り、海戦の経緯はかなり簡略化している)

ユトランドの海戦は終わったが、ザイドリッツの戦いはまだ終わっていなかった。
ザイドリッツは海戦中に大口径弾だけで21発を被弾、さらにイギリス駆逐艦の魚雷攻撃によって艦首1番砲塔の下に大穴を開けられていた(ザイドリッツ自身は主砲弾だけで376発を発射、うち10発が命中したとみられている)。時間とともに破孔から流入する海水は勢いを増し、さらに艦首が沈んだことで副砲などの開口部からも浸水が始まった。すでに艦隊に随伴することが不可能となったザイドリッツは個艦で母国を目指すが、ついに艦首が水没状態となり前進不能となった。
やむを得ずザイドリッツは艦尾区画にも注水、艦の前傾を食い止める。艦橋への被弾で航法装置を破壊されていたザイドリッツは軽巡洋艦に誘導され、艦首破孔からの流入を少しでも減らすために後ろ向きに時速3ノット(時速約5キロ)でドイツを目指した。

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図はこの時のザイドリッツの状態。赤は浸水、青は水平を保つための注水。図中の「1」は砲撃による破孔。
艦首の浸水区画の中に取り残された白いスペースは艦首魚雷発射室(第1砲塔弾薬庫とする資料もある)。この区画の水密が守られたために、ザイドリッツは艦首が完全に沈まなかった(同様に艦首を損傷したドイツ巡洋戦艦リュッツォウは艦首が沈みすぎて艦尾が上がり、スクリューが水面上に出てしまったために完全に航行不能となり友軍駆逐艦の魚雷で海没処分となっている)。

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写真は満身創痍となりながらも航行を続けるザイドリッツ。煙が後ろへたなびき前進しているようなので、少し状況が好転してからの撮影かも。

6月1日、排水ポンプを備えた汽船が合流、なんとか浸水を汲み出しながら3日の朝、ついに母港ヴィルヘルムスハーフェンに到着した。やったー! と喜んだのもつかの間、常備排水量2万5千トンの船体に5千トンもの海水を飲み込んでいたザイドリッツは喫水が下がりすぎ、ここまで来てドックに入れなかった。ばびんちょ。
やむを得ず、ザイドリッツは浅瀬にかる~く乗り上げ、まずは沈没を防止。
続いて、1番砲塔など一部上部建造物を解体撤去することで喫水を上げ、さらに大潮のタイミングを狙って6月15日にするりと入渠。ザイドリッツにとってのユトランド海戦はやっと終わったのである。

驚くべきことに、ザイドリッツの修理はわずか三ヶ月で終了、10月には艦隊に復帰する。
だが、海軍はイギリス海軍との決戦にすでに消極的となっていた。ユトランド海戦でドイツ艦隊は傷つきながらもイギリス艦隊に大きな損害を与えた。しかし、それでもイギリス海軍の圧倒的優位性は覆らず、ドイツ艦隊はこれ以降大規模な出撃を行なっていない。
1918年、水兵が反乱を起こしドイツ革命が始まる。これにより戦争継続が不可能となったドイツは停戦に応じ、全艦隊がイギリス、スカパフロー軍港に抑留される。
1919年6月21日、イギリスへの艦隊引渡しを阻止するためにドイツ艦隊は全艦が自沈。

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写真は自沈して横転状態となったザイドリッツ。
ザイドリッツは屑鉄として民間会社に売却され、1928年から29年にかけて浮揚、解体された。

さぁ、そんなわけで書いても書いてもネタは尽きない感じのザイドリッツ、端折ったり省略したりしてなんとかざっと説明は終えたが、まぁ、説明が長くてもいいんだ。なぜなら、完成写真がないから。やっぱり試作品完成しなかったんじゃないのー?

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仕方ないので公式ページにあったCGでも載せておこう。
切り立った艦首から段々と下がっている乾舷(このおかげで沈没しないですんだ)と、ど真ん中ででかい顔をしている煙突が特徴だ。中央部の斜め配置の舷側砲塔は反対側にも指向できる、はずなのだが、反対側に向けると艦載艇をふっ飛ばしちゃうよ?

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細部ディティールをクローズアップ。このCGがどれぐらいキットに反映されているのかはわからないが、このクオリティのCGを見せられては否が応でも期待は高まるというものだ。
あと、露天艦橋の下に小口径砲の戦闘室がちょこんとあるのがなんかカワイイ。

今、最もCOOLな気がするドイツ帝国海軍巡洋戦艦。その代表格とも言えるS.M.S.SEYDLITZはスケールは海戦スケールの200分の1、難易度は堂々3段階評価の「3」(難しい)、そして定価は110ポーランドズロチ(約3600円)となっている。
また、レーザーカット済み芯材用厚紙が89ズロチ(約3000円)、28センチ砲、150ミリ砲、88ミリ砲の金属製砲身セットが40ズロチ(約1300円)となっている。

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写真は金属製砲身セット。
あれ、主砲が7本しかないぞ? なんか他の砲身も微妙に足りないけど、たぶん、実際にはきちんと主砲は10本入ってると思うよ。なにか他のキットの砲身セットの写真を流用したんだろうか。それにしても7本って半端だな……

プラモデルでは見なかったことにされているドイツ帝国海軍艦船だが、カードモデル界ではなかなかキットが充実している。
GPMからは惜しくも帰りつけなかったリュッツォウもキット化されているが、やや古いキットのデジタルリマスター版なので組み立てるのには苦労しそうだ。しかし、ドイツ巡洋戦艦ファンなら是非とも並べて置きたいキットである。
ユトランド海戦には参加していないが、GPMからはドイツ最後の巡洋戦艦「ヒンデンブルク」もリリースされている。
また、MODELIKの前身、MODELCARDからは巡洋戦艦モルトケがリリースされているが、これは入手困難か。
ザイドリッツはその奮戦からポーランドにはファンが多いようで、過去にもHalinskiからリリースされている。
「なんだ、Halinskiから出てるなら、他のメーカーのキットはいらないじゃん」と思うかもしれないが、このキットは92年リリースの手書き展開図なのでいわゆるHalinskiクオリティを想像してはいけない。
また、JSCからも250分の1のウォーターラインキットが出ているが、これも手書き展開図。
どうやら、「ザイドリッツの決定版」になりそうな今回のGPMのザイドリッツ。これはドイツ帝国海軍ファンならまさに見逃せない一品と言えるだろう。



キット画像はGPM社サイトから、ザイドリッツの図及び写真はWikiediaより引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

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ドイツ艦はタフさが魅力ですね

ザイドリッツ,こんなにも浸水していたんですね。
よくまぁ,帰り着いたものです。
ドイツ艦の防御力とダメコン能力の高さ故なのでしょうが,
乗組員の気合という要素が艦本来の性能に上乗せされているような気もします。
仮想敵国よりも少ない戦力の場合,ドイツのように防御力を高めて残存性を高める場合と,日本のように攻撃力を高める場合がありますが,結局どちらもボコスカにやられてしまった事を考えると,地道に国力上げるのが一番強くなる王道なのでしょうね。
そういえば,ひたすら速力を上げまくったイタリアも,結局逃げ切れなかったですからねぇ・・・。

Re: ドイツ艦はタフさが魅力ですね

azukenさん、今晩は!
いや、本当に、「艦船ってこんな状態になっても航行できるんだ」と感心せざるにはいられません。
そして、これほどの状態になった艦をどうやったら三ヶ月で艦隊に復帰させられるのか……

それにしても、これだけ苦労して帰港、復帰させたのにスカパ・フローで全部が御破算、というのもなんとも切ないような複雑な思いです。じゃあ、あの奮戦はなんだったんだろう。
結局、自分より強い相手に喧嘩売っちゃいかん、ということなんでしょうね。ロマンのカケラもありませんが(笑)
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