GPM チュートン騎士団長 Ulrich von Jungingen

ポーランドのカードモデルメーカー、GPM社が先日第300号にディーゼル機関車「ガガーリン」をリリースしやがった事は記憶に新しいが、GPMにはこの第1号(ユンカースJu-88)から連綿と続く主力シリーズとは別に、900番から始まる「miniABC」というシリーズが存在する。陸海空の乗り物を扱う主力シリーズとは異なり、miniABCシリーズでは城や灯台などの建築物、HOスケールの鉄道車両、そして「フィギュア」がリリースされている。
それでは、今回はそのminiABCシリーズから、当コーナーでは初紹介となるフィギュアキット、キット番号982番、チュートン騎士団長 Ulrich von Jungingenを紹介しよう。

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「フィギュア」と聞いて、日本を代表するペーパーフィギュアサイト、萌紙様やまび風様がデザインするような萌え萌え~なのを想像していた読者は眠そうな馬に跨ったオッサンが出てきてガッカリしたかも知れないが、このオッサンが何者なのかせっかく調べたので我慢して聞いてもらいたい。

12世紀、チュートン騎士団(あるいは「ドイツ騎士団」とも)は十字軍遠征からくたびれて帰ってきた後で「住むところをくれ、代わりに守ってやろう」という条件でヨーロッパの領主から領土を借りて「騎士団領」を立ち上げた。その後はいろいろあったものの、騎士団は15世紀初頭には今で言うバルト三国のあたりを領有、バルト海を通じて北欧ハンザ同盟と貿易を行うなど力をつけ、先住していたプロイセン人をボッコンボッコンにやっつけて追い払うなど着実に勢力を拡大していた。
さらに勢力拡大を狙うチュートン騎士団は、さすがにロシアと戦うと怖い(13世紀にアレクサンドル・ネフスキー率いるノブゴロド大公軍にひどい目にあわされた)ので、真東は避けてちょっと南のリトアニア大公領やポーランド王国へと進出を開始する。

当初、リトアニア大公は(一時、ポーランド王が兼任。この時点ではポーランド王が従兄弟に大公の位を譲っていた)、プロイセン人を支援して騎士団領背後で反乱を起こさせていたが、もちろん、そんなことを騎士団が見逃すはずもない。ドイツ騎士団はなぜかポーランド国王に「リトアニア大公のお痛をすぐにやめさせないと、滅ぼしちゃうんだからネっ!」という書簡を送ると同時にポーランドへ進行を開始。書簡を持ってワルシャワへテクテクと向かっている使者を追い抜いて各地の砦へ攻撃を開始した。なんかいきなり攻撃されたポーランドだが、進行が近いことは先刻承知だったのでただちに軍を動かし、両軍は国境地帯で一進一退の攻防を繰り返す。
一撃必殺のもくろみが外れたドイツ騎士団は、「これじゃラチが開かん」と一時休戦を申し入れ、各地の軍勢や傭兵を集めた。その数、実に2万7千人。一方、ポーランド王国とリトアニア大公も3万9千という大軍を集める。数の上では連合軍優勢だが、相手はイクサ慣れしたチュートン騎士団。油断はできない。

休戦期間が終わり、移動を開始した2つの大軍は1410年7月15日、ポーランドのグルンヴァルトで激突する。
先に戦場に到着したチュートン騎士団は、当時の戦いの勝敗を決する大きな要素、騎士の突撃を防ぐために戦場にミッチリと落とし穴を掘り、罠を構築した。
一方、連合軍は遅れて到着したが、悠々と隊列を組むとのんびりと騎士の任命式を始める。これは、大きな影響をチュートン騎士団に与えた。連合軍が比較的木陰の多い涼しい場所に整列していたのに対し、チュートン騎士団は7月の暑い太陽にジリジリと照らされるままじっと待っていなければならなかったのだ。暑さに体力を奪われ、熱射病に倒れる騎士も出たためにチュートン騎士団は挑発行為に出る。剣を持った使者をポーランド王に送り、「ポーランド王は武器がなくって攻撃できないの? バカなの? 死ぬの? 剣あげるから攻撃してみたら? ププッワロスwwww」と侮辱してみたものの、ポーランド王はこれを華麗にスルー。このままでは戦う前に暑さで全滅してしまうので、チュートン騎士団はさらに軍勢の一部を後退させて連合軍を誘い出すこととした。
これを見て、ポーランド王が動いた。あらかじめ右翼に配置していた鎧の少ない軽騎兵(タタール騎兵)が突撃を開始、ホントならチュートン騎士団の隊列に誘導されて連合軍は罠へ一直線、「フフフ……これも策ですよ……」となるはずが、チュートン軍が引いてしまったので罠を余裕で迂回した連合軍軽騎兵は騎士団の背後へ突入してしまった。びっくりしたチュートン騎士団の重騎士達が押し戻そうとすると、重騎士と軽騎兵では勝負にならず連合軍騎兵は後退を開始、重騎士達は「ヒャッホー」状態で追撃を開始する。
ところが、連合軍軽騎兵が後退した場所は重騎士では移動も困難な湿地帯だった。しかも、チュートン騎士団は自分達でつくった罠を避けるために細い列になって進んでくる。列の先頭で集中攻撃を受けた重騎士達は身動きが取れないままに続々と各個に討ち取られていく。
この戦いに兵力を吸引され、全体の層が薄くなった機を見て連合軍は一斉に突撃を開始、暑熱にあぶられた上に兵力で劣るチュートン騎士団の隊列は打ち破られ完全に包囲されてしまう。この場に及んでチュートン騎士団を率いていた騎士団長はわずかな手勢を率いてポーランド王本陣への突進を試みるも失敗。
戦いは連合軍の一方的勝利に終わった。
チュートン騎士団の被った損害は甚大だった。騎士団長は討ち取られ、高位の騎士のほとんどが捕虜となるか戦死していた。騎士団の一員として参加したそれぞれの部隊が掲げていた軍旗51本、その全てが敵に奪われたというのだから文字通りの「完敗」である。
ヨーロッパ屈指の武力を誇ったチュートン騎士団はこの日、全てを失いかつての栄誉を取り戻すことは二度となかった。一方、連合軍は急いで動員した兵員を故郷に返さなければならないためにドイツ騎士団領への追撃こそできなかったものの、この勝利により存在感を強めたポーランド王国はその歴史上最大の版図を擁する黄金期を迎える。

ちなみにチュートン騎士団そのものは小さな慈善団体へとカタチを変えながらも、今も存続している

さて、いささか書いているうちにオモシロくなって歴史背景の説明が長くなったが、今回のキットはこのグルンヴァルトの戦いの一方の主役である、チュートン騎士団長 Ulrich von Jungingen(ウルリッヒ・フォン・ユンギンゲン、第26代騎士団長)のフィギュアである。

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おしり。
そんな重要な戦いを演じた人物なのだから、フィギュア化されるのは当然と言えば当然だが、でもそれだったらポーランド王のヴワディスワフ2世ヤギェウォ(Władysław II Jagiełło)の方を先にリリースしないかい? ユンギンゲンの方が名前がかっこいい、とポーランド人も密かに思ってるのか? これって、日露戦争のフィギュアを出すよ! と言って、東郷元帥より先にバルチック艦隊司令長官ロジェストヴェンスキー提督のフィギュアが出るようなものだと思うが、どうなんだろうか。

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騎士団長様ご尊顔。
顔はけっこう平面的な表現だ。GPMminiABCシリーズでは、これ以外にも現代ポーランド建国の英雄、ユゼフ・ピウスツキ元帥や前教皇ヨハネ・パウロ2世などのフィギュアがリリースされている。ピウスツキ元帥はともかく、ヨハネ・パウロ2世はいくらポーランド出身だからって、いいんだろうか……

GPM、miniABCシリーズのチュートン騎士団長 Ulrich von Jungingenはスケールは意外と小さくて9分の1、定価は29ポーランドズロチ(約950円)というのは高いような気もするが、チュートン騎士団マニアのモデラーなら、これは見逃せないキットだろう。
個人的には、テクスチャを生かした「紙フィギュア」というジャンルは大スケールフィギュアを手軽に楽しむためにはいい方法ではないかと考えている。このスケールのレジンフィギュアなら値段は十倍以上はするだろう。
これからもGPM、miniABCシリーズにはショパン、キュリー夫人、ロバートクビサ、初音ミクなどの様々なフィギュアに挑戦してもらいたいものである。



写真はGPM社サイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。
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