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中華民国空軍 王牌飛行員 黄新瑞・1

どもー。突然ですが、マイナー戦記やりまーす。
今回取り上げるのは以前に、グラディエイターのキット紹介でチョッピリだけ触れた、中華民国空軍のエースパイロット(中国語で「王牌飛行員」。かっこいいぞ)の”黄新瑞”氏についてです。
ネタ元は、今回も複葉戦闘機に関してはおそらく世界最多の情報が詰まっているHåkans aviation page。なお、内容に誤りがあったとしたら、その責はネタ元ページではなく、主にわしの翻訳の雑さにあると思われます。

”黄新瑞”氏は1914年3月15日、中国広東省からの移民の子としてカリフォルニア州ロサンゼルスに生まれました。英語表記では”Wong Sun-Shui”が一般的ですが、資料によっては”Huang Shing-Yui”、もしくは”Hwang Shin-Yei”となっている場合もあります。中華系アメリカ人は、「ジミー・ヤン」みたいなアメリカ名を持っていることが多いんですが、彼の場合は不明。ない、ってことはないと思うんだけどなぁ。
ロサンゼルスで飛行士ライセンスを取得した黄新瑞氏は1930年ごろ、中国軍戦闘機パイロットとなるために中国へ渡航(移民二世だから「帰国」ではない)し、戦闘機学校で訓練を受けます。
見所があったのか、1937年には南京方面の第17追撃中隊の中隊長に就任。第17追撃中隊には、黄新瑞氏と同じ中華系アメリカ人の”ジョン・ウォン”氏がいて、同姓の混乱を避けるために黄新瑞氏は、がっしりとした体格から「バッファロー」のあだ名で呼ばれるようになります。と、英語の資料には書いてあるんですが、これって中国語で「水牛」って呼ばれていたってことなんだろうか? 中国語の黄新瑞氏の資料には「水牛」って表現はあまり出てこないし、そもそもあまり中国のあだ名っぽくない気もする。ひょっとすると、中華系アメリカ人同士で”バッファロー・ウォン”、”ジョン・ウォン”と呼び合っていた、ということなんだろうか。

ちょいと、ここでバックグラウンドの説明を。
1937年、中華民国軍は上海で日本人租界に攻撃を開始、「第二次上海事変」が勃発します。
中華民国空軍は地方軍閥が勝手に持っていた航空機を接収して航空隊を編制しており、第二次上海事変では日本軍に対して戦術爆撃を盛んに行いました。日中戦争の航空戦というと、あっという間に中国空軍が壊滅したイメージがありますが、この時は中国軍の方が優勢でした。なぜなら、日本軍は上海に飛行場を持っていなかったから。
日本軍は黄浦江に停泊していた日本軍艦艇から艦載機(九五式水上偵察機)を発進させて迎撃を行いますが、ゲタ履きの水上機が数機上がっていくのではとてもじゃないが爆撃は止められない。
そこで、日本軍は台湾、朝鮮、九州から海を越えて中国軍飛行場を狙う「渡洋爆撃」を計画します。
このために海軍の木更津海軍航空隊、鹿屋海軍航空隊が進出。装備する最新鋭双発爆撃機、九六式陸上攻撃機で南京の中国軍飛行場を目指します。
なにしろ海を越えて片道800キロ以上の遠くを爆撃しよう、ってんだから戦闘機の護衛はつけられない。最新鋭の九六式艦上戦闘機だって航続距離は1200キロぐらいだ。
しかし、当時は「密集隊形を組み、相互に防御火器でカバーし合う爆撃機の迎撃は困難である」といういわば「空中艦隊」的な考え方が大勢を占めており、渡洋爆撃は戦闘機の護衛なしで行われることとなりました。


と、いったところで本日は時間切れ。次回は日本軍渡洋爆撃隊VSバッファロー・ウォン率いる中華民国第17追撃中隊の戦いですよ。
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