1929年の空中給油・2

どもー、昨日の続きですよ。
ちなみに出展は主にWikipediaで、アメリカ空軍のサイトのコラムで増補してます。

さて、そもそもこの記録挑戦飛行、昨日はなんだか「軍が威信にかけて」ベルギーチームに奪われた滞空時間記録を取り戻そうとしてるみたいに書いてしまいましたが、そもそもは陸軍航空隊のElwood R. Quesada少尉が「やりましょうよ!」と上層部にねじこんだことが発端のようです。軍は「単なる記録挑戦だけじゃなくて、空中給油技術の研究とか、航空隊にも役に立つんだったらいいよ」、とこれを認可しプロジェクトが始動します。
準備された機体は、まず主役のフォッカーF.VII「クエスチョン・マーク」号。昨日も紹介した通り、貨物室に燃料タンクを増設して、その天井にハッチを作った他にも操縦席左右の胴体を切って出入り口をつけ、左右のエンジンまで足場を組むことで飛行中のエンジン点検と簡単な整備ができるように改造したとのこと。もちろん、そこを歩くときは吹きさらしなのでかなりの度胸が必要。
補給をする側のタンカー機にはダグラスC-1複座機の改造機が2機準備され、もちろん給油用の燃料タンクを増設。パイロットは2機それぞれに予備を準備して4人が待機、複座のもう一方の席には燃料ホースを伸ばしたり巻き取ったりするリールの操作手が乗ります。
機体重量を軽くするためにクエスチョン・マーク号は無線を積んでいなかったので、タンカー機や地上との連絡は手旗、懐中電灯、信号弾、書類の投下、燃料ホースへの手紙の結びつけなどの他に、胴体を黒く塗ったボーイングPW-9D戦闘機の胴体にメッセージをチョークで大書して読ませるという「黒板飛行機」も準備されました。

1929年1月1日、朝7時26分、クエスチョン・マーク号は
Carl A. Spaatz少佐(後に戦略航空軍総司令官。当時の苗字は「Spatz」だったが、妻子に「みんなが名前を読み間違えるので変えて欲しい」と頼まれて「a」を一つ付け加えた。発音は「スパーツ」)
Ira C. Eaker大尉(後に連合軍地中海航空軍最高司令官)
Harry A. Halverson中尉
航空技師のRoy W. Hooe軍曹
そして、言いだしっぺのElwood R. Quesada少尉
の5人を乗せて離陸。この日を離陸に選んだのは、せっかくだから空軍基地に近いスタジアムで大学フットボールの頂上戦「ローズ・ボウル」をやってる時に回りをぶんぶん飛んで目立ってやろうぜ、という目論見もあった。なんというか、発案時に軍が「単に目立ちたくてチャレンジするんじゃなくて、軍に役立つんだよね?」と釘をさしたのもむべなるかな、といった感じ。目立ちたかったのね。

やっと離陸したところですが、ちょいと遅くなったので今日はこのへんで。ではまたー
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