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Orel ロシア「救世主ハリストス大聖堂」・前編

ドイツの老舗、シュライバー・ボーゲン社が精力的に西欧の歴史的建築物をリリースしているように、西側では建築物のカードモデルのキットは、なかなか数が多い。
それに対し、東欧カードモデル界の中心地とも言うべきポーランドでは意外と数が少ないのは、興味深い現象と言えるだろう。ポーランドの隣、チェコもカードモデルは盛んだが、チェコのカードモデル界では再び建築物模型の数は多くなる。日本でも戦国時代の「城」のキットが数多く存在することを考えると、むしろ建築物の数が少ないのはポーランド独特の現象なのだろうか。
今回紹介するロシア「救世主ハリストス大聖堂」は、Orel社のキットである。ウクライナのOrel社も建築物キットはいくつかリリースしているが、その大半がクレムリン宮殿を一部分づつ発売するという、「青島文化教材社」の合体メカ状態なので、そんなの紹介しようがないっすよ、というわけで今まではスルーしてきた。しかし、今回の救世主ハリストス大聖堂はきわめて興味深いアイテムであり、見逃すことはできないだろう。

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救世主ハリストス大聖堂の物語は、1812年、ナポレオンのロシア遠征を冬将軍とロシア軍の強力タッグが撃退したところから始まる。
ナポレオン・ボナパルトの侵略を撃退した困り顔のロシア皇帝アレクサンドル1世は、この偉業を記念し巨大な聖堂を建造することを決める。聖堂を建てると「不幸な人」がだいぶ減るからな、と思った人はゲーム「シヴィライゼーション」のやりすぎだ。
この計画のために、かつてない偉容を誇る大聖堂の図面が引かれたが、いざ建築を開始してみると、当初建築予定だった場所(現在、モスクワ大学が建っている)は地盤が軟弱に過ぎたり、デザインした建築家の経理の計算が不透明で追放されちゃったりしてるうちに建築は中止となってしまう。
そんなこんなのうちに、アレクサンドル1世は崩御してしまうが、後を継いだ弟、ニコライ1世は「あんちゃんの夢、かなえたるで!」と建築を再開。場所をクレムリン宮殿の向かい側とし、設計もやりなおした。
巨大なだけでなく、数々の荘厳な修飾に飾られた大聖堂の建設は長期にわたり、完成したのは1883年、ロシア皇帝はニコライ1世の孫、アレクサンドル3世となっていた。

それから50年の時が過ぎる。この間にロシア帝国は崩壊し、モスクワは新たに興ったソビエト連邦の首都となり、皇帝は消え、レーニンが死に、スターリンが支配者となっていた。
1931年、スターリンは偉大なソビエトを象徴するソビエト宮殿の建設を発表する。このために、資本主義社会の摩天楼をあざ笑うかのごとき巨大な建設案がソビエト内外から募集された。それらのプランは現在、英語でロシア/ソビエトのトンデモ情報を発信し続けているEnglishRussiaの一エントリとしてみることができる。 ……なんつーか、悪ノリしてるようなデザインばっか。ウェディングケーキじゃないんだから。
この中で、実際に採用になったのは先細りの四角いタワーの上に巨大なレーニン像が乗るというもので、像を含めた全高は400メートル、レーニン像だけでも高さ100メートルというものだった(完成すれば、当時世界でもっとも高い建築物となるはずであった)。
いやいやいや、高さ100メートルの像ってあんた、牛久大仏と同じぐらいあるよ。レーニンが高く手を上げているデザインだったとしても、相当な大きさだ。それを高さ300メートル、旧東京タワーぐらいある建物の上に乗せるの?? 比較対象として、たとえばスターリングラードの激戦地、ママイの丘に立つ「母なる祖国」像が振り上げた剣を入れても高さ85メートル。しかも、これはコンクリート像だから重さが8千トンもある。こんなの乗せたら下のソビエト宮殿がつぶれちゃう。同じ「母なる祖国」像でも、ウクライナの首都キエフにあるものは剣を入れて高さ60メートル、チタンで組み立てられた中空構造で重さ500トン。まぁ、これぐらいが現実的な数字だろうな。なお、キエフの「母なる祖国」像の構造は、EnglishRussiaで間近に見ることができる。小さい(と、いってもそれなりの大きさなんだろうけど)板の組み合わせなのね。
なお、100メートルのレーニン像は「アルミで作る予定だった」という資料もあるが、そんなもんで造ったら風が吹いたらとんでっちゃうぞ。

そして、このクレイジーなアイデア(建設着工段階ではもう少し現実的な大きさに修正されていたらしい)を実現するための建築予定地とされたのが、救世主ハリストス大聖堂の建っている場所だった。宗教のために皇帝が建てた建物なんかはいらん、ということで1931年、完成からわずか50年で大聖堂は爆破解体されてしまう。
ところが、さぁソビエト宮殿を造ろう、としてみるとこれが地盤が悪い。要するに、モスクワ全体がそういう巨大建造物にはあまり向いていないんだな。それでも、なんとか基礎部分まで建設は進んだ。
しかし1941年、ドイツがソビエトに侵攻すると、こんなアホなもんを造ってる余裕はなくなり、完成していた基礎部分も解体されて戦略物資として使用されてしまう。戦後も建設は再開されないままにスターリンの死によって計画は凍結。跡地は巨大温水プールとなり、モスクワっ子の冬の楽しみとなった。まぁ、100メートルのレーニン像よりは役に立ったのが不幸中の幸い、といったところか。

救世主ハリストス大聖堂は爆砕されたまんまだが、ソビエト宮殿について書きすぎて(と、いうよりも100メートルのレーニン像に食いつき過ぎて)しまったので、続きは次回だ。
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