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answer ドイツ 鹵獲車両改修戦車 Pz.Kpfw. 35R 731(f) ・前編

小泉八雲の「怪談」で有名な「雪女」。主人公が妻に雪女のことを喋ってしまい、正体を表した妻(雪女)に「誰にも話すなと言うたではないか」と迫られるシーンがクライマックスだが、あの場面で主人公に「いや、おまえ当事者なんだからノーカンやろ」とごねられたらどうするつもりだったのか、気になって仕方がない筆者のお送りする世界のカードモデル情報、今回はポーランドのブランド、answerからの新製品、ドイツ 鹵獲車両改修戦車 Pz.Kpfw. 35R 731(f)を紹介しよう。

pzkpfw-35r-731f_1.jpg

あれ? answerって、以前にカードモデルから撤退するって言ってなかったっけ? とも思うのだが、普通に新製品がリリースされている。欧州のカードモデル情勢は複雑怪奇なのである。
あと、answerの商品って、もともと公式でも画像が表紙画像一枚だけのことが多く、いまいち紹介しずらいのでこれまであまり当ブログに登場していなかったのだが、最近になって新製品の画像が増えてきたのでこれからは登場の機会も増えるかもしれない。
ちなみにanswerはもともと印刷が本職で、請け負っていた模型情報誌「Model Fan」にカードモデルの付録をつけたことがきっかけでカードモデルも扱うようになったようだ。

さて、そんなanswerからリリースされた今回の新製品だが、この表紙画像を見て「ふむふむ、カードモデルにもこの車両がやっと登場ですか。これは評価できますな」なんて人はなかなかいないだろう。と、いうのも、この車両、正体不明なのである。
「模型化された車両が正体不明とはどういうことか、それは単に筆者がモノを知らないだけではないのか」という意見もあるだろうが、まぁまぁ、そう焦らずに、まずはキット名の説明から始めよう。

万年車両不足のドイツ軍は鹵獲した車両を自軍に再配備する際の管理などのために、鹵獲車両に「Fremdengerät numbers(外国器材番号)」というのを振っていた。これは3桁の数字の先頭が種別(例えば200番代なら装甲車、700番代なら戦車、800番代なら自走砲)、残り2桁が識別番号、最後に鹵獲元の国が()内に表記される、という方式で、キット名のPz.Kpfw. 35R 731(f)なら、フランスから鹵獲した戦車の31番、名称35R ということになる。
なお、この識別番号は国ごとに振られているために重複があり、例えば733(f)はフランスのルノー D2戦車、733(i)はイタリアのL6/40軽戦車、733(r)はソビエトのT-40軽戦車だった。
(Fremdengerät numbersについては、「Encyclopedia of German Tanks of World War Two」(いわゆる「ジャーマンタンクス」)の補遺に表が載っている)

で、キット名の35R 731(f)というのは前述の通りルノー R35のことで、なるほど、バカでかい砲塔のせいで一見ソビエト軍の戦車のように見えるが、たしかに特徴的な足回りは間違いなくフランス軍軽戦車のものだ。

789px-Renault-R-35-latrun-2.jpg

Wikipediaからの引用で、イスラエルのラトルン戦車博物館に展示されている現存車両。この車両は旧フランス領であったシリアで、フランス軍守備隊が撤退する時に捨てていった車両をシリア軍が接収し、第一次中東戦争で使用したがイスラエル軍(正確には民兵組織)に再鹵獲された車両である。
なんか起動輪、誘導輪が戦時中の車両と異なるが詳細不明。

どう見てもこの車両とキット表紙の車両では砲塔が異なるが、それもそのはず、キットの車両の砲塔はソビエト軍軽戦車T-26の円錐砲塔である。T-26の円錐砲塔は良い写真がWikipediaになかったので画像なしである。
つまり、この戦車はルノーR35の車体にT-26の円錐砲塔を載せた車両なのだが、ドイツ軍ではこのような大規模改修が行われた場合には鹵獲車両でも新たな名称を与えており、例えばルノーR35の砲塔を撤去し、オープントップの戦闘室にチェコ製47ミリ砲を載せた自走砲は「4.7cm Pak(t) auf PzKpfw 35R(f)」という名称が与えられている。

じゃあ、このT-26砲塔のこいつの名前はなんなのよ、と言うと、公式の資料にこいつが存在しないので不明である。と、いうか、公式の資料に存在しないんだから、こいつは公式には「名無し」だ。
もちろん、公式の記録に存在しないから実在しないというわけではなく、鹵獲車両を現地で使い潰したり、鹵獲した旧式車両に現場で間に合せの改修を加えてなんとか戦力化するという試みは頻繁に行われており、当然、それらには公式名が存在しない。
それじゃあ不便なので、とりあえず、この車両の名前は「T-26砲塔のルノー R35」としておこう。

そして、この円錐形後期T-26砲塔を載せたルノー R35だが、不鮮明な写真が1枚しか存在せず(馬蹄形の中期T-26砲塔を載せた別のR35の写真がもう一枚存在する)、出典、撮影された時期、場所、全てが不明というミステリアスな車両なのである。
(出典がわからないので写真の引用はやめておきます。)

さて、このT-26砲塔のルノー R35は、いつ、どこに存在したのか。
残された写真ではドイツ軍の鉄十字が書き込まれているのでドイツ軍が使用した車両であることは間違いない(ルーマニアやブルガリアなど、他の枢軸軍が使用している車両ではない)。写真の背景は一般的な東欧風の風景で特定はできない。また、人物が一人も写っていないため、時期によって差異があった軍装を手がかりとすることもできない。

足回りのR35については、ドイツ軍は1940年、フランス降伏時に推定843両という、非常に多数のR35を鹵獲、もしくは接収していることが判明している。R35の生産数が1500両から1700両なので、半分がドイツ軍の手に渡ったわけだ。
このうち、131両が戦車操縦訓練に使用され、他の車両は自走砲へ改装されたり、装甲列車やトーチカの砲塔に転用されたりした他、バルカン半島での対パルチザン戦にも使用された。また、イタリアに少なくとも124両、ブルガリアに40両が供与されている(枢軸軍ではルーマニアもR35を使用しているが、ルーマニアのR35は戦前にフランスから購入した車両とポーランドから脱出してきたのを接収した車両で、ドイツからは供与されていないようだ)。

これを踏まえてT-26砲塔のルノー R35を保有していた部隊として有力視されているのが、第7SS義勇山岳師団「プリンツ・オイゲン」である。
プリンツ・オイゲン師団は枢軸諸国からゲルマン魂溢れるアーリア民族志願兵から構成された部隊だったが、熱意とカッチョイイ名前の割に装備のほとんどが鹵獲兵器というションボリした内情で治安維持にしか使用できず、大戦のほぼ全期間をユーゴスラビアでの対パルチザン戦で過ごした。
とはいえ、プリンツ・オイゲン師団は一応装甲部隊も持っており、その装備車両がソミュアS35オチキスH39、ルノー R35であった。

プリンツ・オイゲン師団はドイツ軍で最も大規模にフランス戦車を運用した部隊であり、したがってT-26砲塔のルノー R35も、プリンツ・オイゲン師団が手持ちの車両を改造したものだった、という可能性が高い。
しかし、ここで大きな疑問が新たに発生する。
プリンツ・オイゲン師団が、どうやってT-26砲塔を手に入れたのか、だ。
(後編へ続く)

表紙画像はanswer公式サイトから引用


参考ページは後編にまとめて掲載予定。
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