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Heinkel Models イタリア装甲艦 Affondatore・中編

やっと涼しくなりぼちぼちと模型制作も再開。作業中にBGMとして流しているYoutubeの動画で、いわゆる「VTuber」のみなさんの長時間耐久ゲーム実況配信で疲労がたまり始めたころのカオスっぷりがやたらと面白いと気づき始めた筆者のお送りする世界のカードモデル最新情報。今回もスペインのデザイナー、Fernando Pérez Yuste氏のブランド「Heinkel Models」からの新製品、イタリア装甲艦 Affondatoreの紹介だ。

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前回は普墺戦争に参戦したイタリア海軍の装甲艦艦隊が、リッサ島沖でオーストリア艦隊の突進を待ち受ける、というところまでだったが、さぁ、装甲艦同士の壮絶な殴り合いが始まるぞ! というまさにその瞬間、世界海戦史上空前絶後のとんでもない出来事が発生した。
単縦陣第2グループ、前から4~6隻目に入っていた旗艦レ・ディタリア(Re d'Italia)に座乗していたイタリア艦隊司令官カルロ・ペルサーノ提督(Carlo Pellion di Persano)が「ごめん、やっぱ旗艦変えるわ」と言い出し、艦を減速させて幕僚と一緒に装甲艦アフォンダトーレ(Affondatore)に乗り移ったのである。
わかりやすく言うと、
「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ! 『おれはレ・ディタリアが旗艦だと思っていたらアフォンダトーレが旗艦だった』。な……何を言っているのか、わからねーと思うがおれ(オーストリア艦隊司令官テゲトフ提督)にも意味がわからなかった…」
と、言うことである。返って分かりにくいか。

旗艦を変更した理由はよくわからない(アフォンダトーレの方が新型だったので、戦闘開始直前になって不安になったのかもしれない)が、この変更はとんでもない影響をイタリア艦隊に与えた。
まず、第2グループが減速したのでそれに続く第3グループも減速したが、第1グループは信号を見落としたか、あるいはもともとペルサーノ提督が信号を出さなかったのか、減速をしなかった。この結果、第2グループめがけて突進するオーストリア艦隊に対応できず、第1グループ3隻は戦場のずっと先へ行ってしまった。この時点で装甲艦の数はオーストリア7隻、イタリア6隻と逆転する。

しかも、どういうわけかペルサーノ提督は司令官旗を持ってこなかったので、戦闘中レ・ディタリアには司令官旗が上がったままであった。イタリア艦隊はレ・ディタリアからの信号を待ちながら戦ったが、もちろんレ・ディタリアからは指示は来ない。一方、アフォンダトーレでは信号旗が次々に掲げられていたが、各艦はなんで指揮官が乗ってない船で信号旗を揚げるんだろう、と不思議に思いながら誰もそれに従わなかった。つまり、イタリア艦隊はこの決戦に指揮官なしで挑んだのである。
かつて司馬遼太郎先生は「坂の上の雲」で、バルチック艦隊第2戦艦隊指揮官、ドミトリー・フェルケルザムの病死を伏せ、第2戦艦隊旗艦オスリャービャに彼の指揮官旗を上げたまま日本海大海戦に挑んだジノヴィー・ロジェストヴェンスキー提督のことを「指揮者のいない軍隊というものを思いついた史上唯一の人物」と書いたが、ここにもっとトンでもない提督がいた。

オーストリア艦隊は装甲艦7隻でイタリア艦隊の第2グループ4隻を、残る非装甲艦14隻で第3グループ3隻に攻撃を仕掛ける(各グループ3隻+4隻+3隻では合計が10隻で、前回の「12隻の装甲艦のうち3隻が非装甲艦護衛に残された」という記述と合致しない。しかし、何度読んでも第2グループに4隻いないと戦闘の経緯がおかしくなるので、どこかで何かが間違っていると思うのだがはっきりわからなかった。第2グループの装甲砲艦パレストロ(Palestro)が排水量約2500トンの小型艦なので、場合によって省かれているのかもしれない)。

テゲトフ提督を始めとしたオーストリア艦隊も旗艦変更を知らなかった(司令官旗が揚がったままなのだから当たり前だ)ので、レ・ディタリアにオーストリア装甲艦全7隻の砲火が集中した。しかし、レ・ディタリアは沈まない。装甲艦は砲撃では沈まないのだ。
そこで、オーストリア艦隊旗艦にして、むちゃくちゃ名前がカッコいい「SMS エルツヘルツォーク・フェルディナント・マックス(SMS Erzherzog Ferdinand Max)」はレ・ディタリアに対しまさかの衝角攻撃をしかける。

いや、「まさかの」って言っても、当時の大型艦はみんな衝角付けてるんだから、想定内と言えば想定内なのだが、だからって敵旗艦(だと思う船)に旗艦で体当たりとは、なんというロマン戦法。まさかの艦隊決戦で大将同士の一騎打ちとは恐れ入る。ここは川中島

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Wikipediaからの引用(以下この項、表紙画像以外同様)で、オーストリア=ハンガリー帝国の画家、アントン・ロマコ(Anton Romako)が描いた「リッサ海戦のテゲトフ提督」。はっきり明言されてはいないが、どうやらレ・ディタリアに向かって衝角攻撃を敢行するシーンのようだ。舵輪を必死で操作する水兵たちの表情には、緊張や決意だけでなく不安、恐怖も見て取れる。敵装甲艦の横っ腹が迫ってくるのは、怖かっただろうなぁ。
面白いことに、水兵達は前方を見ているが、テゲトフ提督は舵輪を操作する水兵を見ており、前方を見ていないようだ。しかも両手をポケットに突っ込んでいる。体当たりの衝撃で吹っ飛んでいきそうだが大丈夫なんだろうか。あと、やっぱりテゲトフ提督はポヤ~ンとしている。

578px-Anton_Romako_-_Tegetthoff_in_der_Seeschlacht_bei_Lissa_II_-_2198_-_Österreichische_Galerie_Belvedere

ちなみにアントン・ロマコはまったく同じ題材で絵を2枚書いている。先程のが先に描かれた絵で、こっちが後に描かれたもの。後に描かれた方はB5サイズぐらいの小さな絵で、その分タッチが荒々しくなっている。こっちの方が水兵たちと士官たちの目線、表情の違いがはっきりしている。でもテゲトフ提督はやっぱりポヤ~ンとしている。

激しい砲撃を受け舵機の損傷していたレ・ディタリアは突っ込んでくるE・F・マックスを回避することができず、まともに横っ腹をぶち破られて横転沈没する。艦長、エミリオ・ファー・ディ・ブルーノ(Emilio Faà di Bruno)他約400名が犠牲となり、救助されたのは166名に過ぎなかったという。

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出典は1908年の出版物から。手前が横転するレ・ディタリア。実際には集中砲火を浴びてからの衝角攻撃だったので、マストやロープはこんなに綺麗に残ってはいなかったんじゃないだろうか。奥のE・F・マックスは衝角攻撃後に後進しているところなので煙が後ろから前へ流れている。
ちょっとそれについてまとめられた記事を見つけられなかったので自信がないのだが、レ・ディタリアは世界初の戦闘中に沈没した主力装甲艦なのではないだろうか。
ちなみにレ・ディタリアの残骸は2005年春、水深約100メートルで発見されているとのことである。

ところで、前回の最後に次回が後編(全2回)だと書いたな。
あれは嘘だ。
すんません、書きたいこと(主にアントン・ロマコの「リッサ海戦のテゲトフ提督」について)全部書いたら、またベラボウに長くなったんで切ります。
(後編に続く)



参考ページは最終回にまとめて掲載予定。
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