Orel ソビエト海軍砲艦「Красное Знамя」

ちょっと作業に目処がついたから、新製品紹介しちゃうよー。
とは言ったものの、またもやさっぱりわからんアイテムで、正直トホホなのです。

ついこの間、MODELIKからリリースされたソビエト海軍巡洋艦「Чкалов」をワカラン、ワカランとプロホロフカ大戦車戦を見たロトミストロフ中将のように首をかしげながら紹介したが、「なんだかよくワカラン艦船ならオレにまかせろ」と言わんばかりに、ウクライナOrel社からもよくワカランソビエト軍艦艇がリリースされた。それが今回紹介するソビエト海軍砲艦「Красное Знамя」だ。

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小型艦艇は頼みの綱の近代世界艦船事典にも載ってないから、ホント勘弁してください。
だが、こまった時のWikipedia頼みで集めてきた情報を総合すると(学生さんはレポートでこれをやっちゃダメよ)、「Красное Знамя」(クラスノエ・ズナミヤ)は「ソビエト海軍砲艦」としてキット化されているが、もともと帝政ロシアで1895年に就航した砲艦だった。1895年といえば日本じゃ日清戦争のころだ。排水量約1700トン、全長72メートルの小型の艦艇で、当時の艦名は「Храбрый」(勇気)である。第1次大戦時にはすでに旧式化していたがバルト海艦隊に編成され帝政ドイツ海軍と戦っている。
1917年、ロシア革命が始まるとХрабрыйは革命軍に加わり1922年、艦名は「クラスノエ・ズナミヤ」、つまり「赤旗」に改められる。機関の変更等の近代化を済ましたクラスノエ・ズナミヤは老兵ながら第二次大戦にも参加。1939年のソ・フィン国境紛争、いわゆる「冬戦争」で獲得したラヴァンサーリ島にソビエト軍は軍事基地を築いていたが1942年11月18日、これを攻撃するために出動してきたフィンランド軍魚雷艇部隊とクラスノエ・ズナミヤは交戦、フィンランド軍魚雷艇「Syoksy」の魚雷がクラスノエ・ズナミヤに命中した。クラスノエ・ズナミヤはただちには沈没せず港まで戻ったものの、そのまま着底した。しかし、まぁ、浅かったんだろうね、1943年11月には早くも再浮揚され1944年9月に復帰している。
その後は特筆すべきこともなく1956年に練習艦となり、1960年にスクラップとなった。ふ~ん。

Orel社の今回のキットは、1944年の再就航の時点をキット化しているらしいが、毎度のごとく完成写真がないのでよくわからない。いや、そもそも良く知らないので完成写真を見てもわからない。
そんな良くわからないソビエト海軍砲艦「Красное Знамя」、スケールはOrelの艦船キットの定番である200分の1、定価は96ウクライナフリヴニャ(約1100円)とお手軽な価格となっているのでソビエト艦艇に初めて挑戦する入門編と考えてもいいのではないか、と思ったけど表紙で難易度が三段階評価の「3」(難しい)になっているので、やっぱり辞めた方がいいだろう。
なお、クラスノエ・ズナミヤが一回沈んだ「ラヴァンサーリ島沖海戦」には壊れて捨ててあるのをフィンランド軍が回収して直して使っていた元ソビエト軍高速魚雷艇G-5「TK-141号」、フィンランド名「Vihuri」も参加しているので以前に紹介したウクライナДом Бумаги社のソビエト軍高速魚雷艇G-5を持っている読者は、G-5でクラスノエ・ズナミヤに突っ込んでいくラヴァンサーリ島沖海戦ごっこに興じるのも楽しいだろう。あ、ごめん、Дом БумагиのG-5はスケールが100分の1だった。遠近感を利用して奥行きのある写真を撮るのもいいだろう。もう一つごめん、Дом БумагиのG-5の記事で「G-5の1隻がフィンランド軍で再利用された」って書いたけど、G-5は「TK-141号」の他に「TK-64号」も捨ててあるのをフィンランド軍が回収して「Viima」の名前で使っていたそうです。フィンランド海軍ファンとソビエト魚雷艇ファンの皆さんには謹んでお詫び申し上げます。

画像はOrel社サイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。
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