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訃報:チェコのペーパークラフトマイスター Richard Vyškovský氏(90歳) 後編

先週に続き、8月1日に亡くなられたチェコのペーパークラフトマイスター、Richard Vyškovský氏についての紹介記事。
前回はオーストリアからチェコに帰ってきたら共産党独裁政権のせいでなんか投獄されたりされなかったりしていた前半生について。今回は1960年代終盤から。

60年代終盤、チェコも世界も変化と動乱の時期を迎えていた。
1968年にはチェコの首都プラハに、民主化運動を制圧するためソビエト軍が進駐(プラハの春)。翌69年にはアポロ11号が月まで行った。日本では府中で3億円が強奪されたり(68年)、安田講堂での攻防(69年)が繰り広げられていたころ。平たく言えばぼくらが生まれてくるずっとずっと前のことだ。すいません、勢いで書いてしまいましたがずっとずっと前は言い過ぎでした。ちなみに筆者の兄はもう生まれてました。
ソビエトはアメリカと核開発、宇宙開発で激しく競り合っていたが、その衛星国であるチェコではクラフト趣味の人々が西側で続々と発売されるオモチャのすごいクオリティ(日本ではタミヤミリタリーミニチュアシリーズのリリースを始めていた)と、自国製のトホホな感じにガッカリしていた。なぜ我々共産主義諸国は宇宙へ最初に人間を送り込むほどの科学力を持ちながら、オモチャがショボいのか。

当時、チェコに限らず共産圏では日用品だろうが嗜好品だろうが、西側の製品を手に入れるのは困難だった。
そんなある日、国立記念建造物研究所(SÚRPMO)でリチャード・ヴィシュコフスキ氏(以下敬称略)の同僚がボヤいた。
「このマッチボックス製ダイキャストのパッカード・ランドレー1912年型、超興味あるんだけどチェコじゃ手に入らなくてさ」
おそらく、彼はどうにかして手に入れた製品カタログでも見ていたのだろう。この言葉を聞いたヴィシュコフスキの脳裏にあるアイデアが閃いた。あるいは「マッチボックス」という社名もインスピレーションを与えたのかもしれない。
「紙で同じものを作れるんじゃないだろうか」

同僚たちは「いやいや、紙って、紙だろ? ペーパークラフトなんて子供のオモチャじゃないか。西側のダイキャストみたいな『模型』を紙で作るなんて無理だよ」と、このアイデアを一笑に付した。
当時から、チェコにももちろんペーパークラフトはあった。例えばチェコには1957年創刊の「ABC」誌というジュニア向けの隔週科学情報誌があり(もともとの誌名は「未来の科学者・技術者のためのABC」(Původní ABC mladých techniků a přírodovědců)。2000年以降「ABC」が正式な誌名になった)、1962年頃からペーパークラフトが付録についていた。
この本は一時期学年別に発行されるなど、日本の小学館が発行していた「小学◯年生」(伏せ字じゃないよ)に似た内容だったようで(小学館の方はなんと1922年創刊)、最新科学技術の情報や読み物、マンガなども掲載されており、現在は最新ゲーム情報なども扱っているようだ。
あくまでも推測だが、1969年当時のチェコのペーパークラフトはおそらく、「小学◯年生」の付録と似たような内容だったのだろう。厚紙をタブ差し込みで組み立てていくやつだ。輪ゴム動力で飛ばしたり、日光写真撮ったり、まぁ楽しかったよね、あれ。しかし、あれが「模型か?」と問われれば、いや、あれは「オモチャ」、あるいは「工作」だ、と皆答えるだろう。
ヴィシュコフスの同僚たちも「ペーパークラフト」と聞いて、あのような感じを思い浮かべたのだろう(さらにチェコ製ペーパークラフトの印刷や紙質が日本の「小学◯年生」の付録に劣っていたことは想像に難くない)。

そのような意見にもめげず、ヴィシュコフスキは持ち前の芸術センスでサクサクとパッカード・ランドレー1912年型の美しいペーパークラフトを作ってみせた(もともと、建築模型の材料に紙を使っていたのかもしれない)。
是非、上の行「美しいペーパークラフト」の部分のリンクからヴィシュコフスキのデザインしたパッカード・ランドレー1912年型の写真を確認していただきたい。これは「おもちゃ」でも「工作」でもなく、紛うことなき「模型」である。ヘタをしたらダイキャストよりもシャープな仕上がりかもしれない。

この試みはたちまち評判となり(残念ながら、当の同僚達の反応は伝えられていない)、そのことは新聞「人民民主主義(Lidová demokracie)」の記事にまでなったという(もしかすると、「西側のダイキャストモデルなどなくても、我が人民には紙模型がある」という意図だったのかもしれない)。
この新聞記事を読んだ「ABC」誌編集長、ヴラスティスラフ・トマン(Vlastislav Toman)はすぐにヴィシュコフスキに連絡をとる。
編集長と意気投合したヴィシュコフスキはABC誌への連載を快諾、それ以降、実に50年に渡り精力的にペーパークラフトをデザイン、発表し続けていくこととなる。

ダイキャストモデルの代用として車から始まったペーパークラフトは、すぐさまチェコでは入手困難なプラモデルの代用としての役割も担うこととなった。
エアフィックスフロッグの飛行機を紙で再現することを依頼されたヴィシュコフスキは当初「ムリムリ。だって、飛行機って平面な部分ないじゃん」と当初は難色を示していたものの、結局は説得され飛行機のペーパークラフトを設計する。
結果的にこの挑戦は大成功を収め、素晴らしい仕上がりの紙の飛行機はまたもやチェコのペーパーモデラーたちを魅了した。

ヴィシュコフスキはABC誌上に車(戦車やF1含む)、飛行機、船舶、生物(歴史上の人物のフィギュア含む)など様々なペーパークラフトを発表していくが、中でも本領発揮と言えるのが本職でもある歴史的建造物で、その究極とも言えるのが1988年3月から2000年8月まで断続的にABC誌に掲載された「プラハ旧市街」シリーズで、2004年には「Velká kniha vystřihovánek」(大きな切りぬく本)の書名で一冊の書籍として発売された。これは全447ページ(解説含む)の大著でプラハ旧市街を再現する大胆な試みだった。

また、チェコ製ペーパークラフトの特徴である異様に詰め込まれた型紙、投影図の周りに番号が並ぶ組み立て説明図もヴィシュコフスキが元祖らしい。

F1_B190B_3.jpg F1_B190B_5.jpg

これはヴィシュコフスキのデザインではないが、チェコ製キットの例として筆者の所持するMega-graphic ベネトン・キャメル B190B。チェコ製展開図といえばこの密度。眺めているだけでも楽しい。

ヴィシュコフスキが生涯で設計したペーパークラフトの総数ははっきりしない。ほとんどの情報では具体的な数は挙げられておらず、数が挙げられていてもサイトによって約500だったり、約1000だったり、とまるで違う数字が挙げられている。おそらく、再販や修正版などで誰にも正確な数はわからないのだろう。
驚くべきことに、ヴィシュコフスキはこれだけの数の作品を副業としてデザインしていた。本業はあくまでも歴史的建造物が専門の建築家であり、定年で引退するまではSÚRPMOの一員であった。しかもヴィシュコフスキはユーゴスラビアの歴史的建造物再建の事業に1988年まで20年に渡って携わっており、その間は頻繁にユーゴスラビアとチェコを行き来していた(なお、ヴィシュコフスキは歴史的建造物が破棄・破壊される一因となったユーゴ解体を個人的に好ましく思っておらず、分離後の旧ユーゴスラビア諸国には訪れていないそうだ)。

これだけの功績をペーパークラフト界に残したリチャード・ヴィシュコフスキだが、意外にも当人は「不器用」を自称しており、確認のために自分で組み立てたキットは「恐ろしい」出来栄えだったそうだ。なんでも息子のリチャード・ヴィシュコフスキ氏(父と同名)に言わせると「電球の交換さえおぼつかない」とか。
なお、息子のリチャード・ヴィシュコフスキJrは父リチャード・ヴィシュコフスキがデザインしたペーパークラフトを販売しているERKOtypブランドの経営も行っており、これは消費されてしまいあまり残っていないヴィシュコフスキ作品を現在でも入手することができる貴重なブランドとなっている。


もちろん、ヴィシュコフスキの手書きのペーパークラフトは現在のデジタルデザインの新世代カードモデルに比べれば「スケールモデル」としては見劣りするものである。もとが雑誌の切り抜き付録でありジュニア層向けだったために材料は単一の紙のみであり、透明部分や細い線(ワイヤー)などはテクスチャで表現されるか、あるいは省略されている。また細部の省略、ディフォルメも多い。
ヴィシュコフスキ自身に身近だった建造物を別とすれば、非常に限られた資料、時としてたった1枚の写真から起こされたモデルは全体的にフォルムがあまり実物を反映しておらず、異様に背が高かったり見えなかった部分が大胆に想像で補われていたりもする。
しかし、ポーランドと並ぶ知られざるペーパークラフト大国チェコ紙モデラー層を育てたのは間違いなくヴィシュコフスキ達、20世紀のペーパークラフトデザイナーが提供し続けたペーパークラフトであったことは疑いようがない。また、手書きテクスチャという今では完全に廃れてしまった表現技法は、写真に対する絵画のように、今でも独特の芸術的価値を失ってはいないと言えるだろう。
むしろ、デジタルデザインのカードモデルがより細かく、より上級者向けになりつつある今こそ、ヴィシュコフスキがデザインしたような、美しく、そして完成の喜びまでの道のりが短いキットが新規モデラーのために必要とされているのかも知れない。

ペーパークラフトマイスター
Richard Vyškovský
1929年7月13日 – 2019年8月1日
その偉大な名は紙のクラフト世界で永遠に記憶されることだろう。


最後に、関係あるのかないのかわからないが、ちょっと不思議な発見をしたので報告を。
日本のペーパークラフト愛好家を数多く育てたペーパークラフト入門書に小学館入門百科シリーズ「紙工作ペーパークラフト入門」(松田博司著)という名著があるが、その中にクラッシックカーを題材に自作ペーパークラフトのデザインを読者に勧めるページがある。

20150617_1.jpg

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このページを見て、「なるほど単純な立体の積み重ねで自分の好きな形を作れるのか」とペーパークラフトデザインのおもしろさに目覚めたペーパーモデラーも多いと思うが、よく見ると左ページ上段真ん中の写真が、どう見てもヴィシュコフスキ氏がペーパークラフトデザインを始めるきっかけとなったパッカード・ランドレー1912年型である。

20190818B.jpg

当時ダイキャストカーを持ってる人なら、必ずパッカード・ランドレーは持っているというほどのメジャーなアイテムだったのか、それともヴィシュコフスキ氏やABC誌のペーパークラフトを松田博司氏が知っていたのか(「紙工作ペーパークラフト入門」は初版が1976年なのでペーパークラフト入門の方が後)、それとも日本とチェコのペーパークラフトの達人は偶然にも同じアイテムのペーパークラフト化に価値を見出したのか。
真相はわからないが、なんとも不思議な一致である。



参考ページ:
https://www.pametnaroda.cz/cs/vyskovsky-richard-20160915-0
放送局などメディアの協力で進められている「国民の記憶」プロジェクトからヴィシュコフスキ氏のインタビューページ。2016年収録。前半生についての記述はほぼこのページからの引用。

https://www.idnes.cz/hobby/dilna/architekt-richard-vyskovsky-legenda-papirove-vystrihovanky-vystrihovanka-papir-model.A190311_162615_hobby-dilna_mce

チェコの日刊紙「DNES」の電子版からヴィシュコフスキ氏のインタビューページ。2019年3月。
同サイトには同年7月の90歳誕生日の記事死亡記事も掲載されている。

http://www.papirovaarcheologie.cz/profily-autoru/richard-vyskovsky/fenomen-vyskovsky/
大抵は消費されてしまい記録が残りにくいペーパークラフトの情報をまとめていこうとしている「紙の考古学」のサイトから、ヴィシュコフスキ氏の功績をまとめたページ。最後にまとめられている氏の作品の完成品写真の数々は必見。しかも、これでも作品の一部に過ぎないというのだから恐れいる。最下段にはなんとAIBO(第一世代)のペーパークラフトまで!

https://www.abicko.cz/clanek/vystrihovanky/25087/papirovy-kral-legenda-vystrihovanek-richard-vyskovsky-slavi.html
ABC誌のヴィシュコフスキ氏90歳記念のページ。追悼記事はまだ出ていないようだ。
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ありがとうございます

偉大な仕事だったんですね。 それを紹介していただいたことに感謝します。 そのリンクをちょっとのぞきましたが見覚えのあるものがいっぱいあって、これも氏の仕事だったんだなあと改めて敬意を覚えました。 また、氏の仕事ではないにしてものとっちょさん所有のMEGAのベネトンフォードやポルシェの4種類は2000年頃に買いましたが、ディスクブレーキの放熱孔の表現に驚いたものです。 チェコのモデルは20点ほどしか持ってないのですが、もっと欲しくなりました。

Re: ありがとうございます

Abさん、コメントありがとうございます。
今でもチェコの紙模型フォーラムを覗くと氏の作品が数多く制作されていて、本当に功績の大きさを感じさせられます。
チェコのレーシングカーキット、いいですよね! あの薄めの紙の華奢な感じがすごくマッチしている気がします。
ポーランド製に比べてチェコ製キットはなかなか手に入りにくかったのですが、最近になって扱っているショップが増えてきたようで、またストックの山を高くしてしまいそうです。
引き続きよろしくお願いいたします。
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