FC2ブログ

GPM ポーランド Zamość市庁舎 前編

先日、奥歯の詰め物が取れたのを放っておいたところが痛くて堪らんので歯医者に行ったら「虫歯で大穴開いてるから神経取るヨ!」と言われた筆者のお送りする世界の最新カードモデル情報。ちなみにその歯医者は、どんなにトンチキをカマして(定期検診を1年以上すっぽかしたり)も決して怒らずに面倒見てくれるいいお医者さんです。
さて、話は変わって本日紹介するのはポーランドの老舗、GPM社からリリースされた新キット、ポーランド Zamość市庁舎だ。

-produkty-288456-kat-835-zamosc-jpg-1900-1200.jpg

この素晴らしく立派な建物は、ポーランド南東部、ウクライナ国境に近いルブリン県ザモシチ(Zamość)市の市庁舎。
ザモシチ市は中世の雰囲気を良く残した旧市街が有名で、1992年に「人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例」として世界遺産に登録されている。
この「歴史上重要な時代を例証する建築様式」というのは、ここではルネサンス期に欧州各地で作られた「計画都市」のことで、ザモシチは要塞を兼ねた城郭都市としてなにもない場所に一から建設された都市であった。



航空写真で見ると、現在でも星型城塞の形が良く残っていることがわかる。
星型城塞の計画都市といえば、西欧ではイタリアのパルマノーヴァなんかが有名だが、なぜかあっちは世界遺産登録されていない(厳密には2017年に「16-17世紀ヴェネツィア共和国建造の軍事防御設備」という大きなくくりの一部として登録はされている)。素人目にはパルマノーヴァなんていかにもいかにも計画都市に見えるのだが、わざとらしすぎてダメなんだろうか(あるいは市内がけっこう新しくなっているのがダメなんだろうか)。

さて、この計画都市ザモシチを作ったのはポーランド=リトアニア共和国の宰相で陸軍軍人でもあったヤン・ザモイスキ(Jan Zamoyski)。

Jan_Zamoyski.jpg

Wikipediaからの引用で、16世紀半ば、ヤンの存命中に描かれた肖像画。作者不明。

このヤンさん、見た感じは気のいいオジさん風だが、1595年には2万5千の兵力でわっしょいわっしょいとモルダビアに押し寄せてきたオスマン・タタール連合軍をわずか7千の兵士で迎え撃ち、城塞を巧みに使った防衛戦でその意図を挫き撤退させるなど幾多の戦いで有名を馳せた歴戦の勇者でもあった。
また、当時はまだ当たり前であった絶対王政を否定し「国王は君臨すれども統治せず」という有名な立憲主義を代表する概念を提唱するなど政治家としても抜きん出たものがあったという。

この、ヤン・ザモイスキが1580年代に建設したのがザモシチ市で、実際に建築・設計を担当したのはイタリア人のベルナルド・モランド(Bernardo Morando。時として「ベルナルディーノ ・モランディ(Bernardino Morandi) 」と表記される)であった。資料によっては「ザモイスキがイタリアに留学してモランドに会った」と書かれていることもあるが、どうやらモランドの方がポーランドへ移住していたことで二人は出会ったようだ。
「おいちゃん、完全な計画都市を作ってみたいのよ」というザモイスキの提案に「イイネ!」とのったモランドは1586年に設計に着手、翌年よりザモシチ市の建設が始まった。建設中、モランドはザモイスキの後ろだてで設計士兼、現場監督兼、市長というブラック企業も裸足で逃げ出す多忙なワンオペを果たすことで自らの理想とする都市を作り上げた。この功績でモランドはポーランド貴族の位を授けられている。
モランドは1600年、市の完全な完成を待たずにポーランドで没したが、その子らはポーランド風に改めた「モレンダ(Morenda)」という性を名乗ったという。

ザモシチ市で興味深いのは1990年-1992年と2002年-2014年にザモシチ市長を努めた人物で、名前はマルチン・ザモイスキ(Marcin Zamoyski)。そう、この人ザモイスキ家代16代領主の息子で、ザモシチ市を建造したヤン・ザモイスキの子孫(ポーランドは第二次大戦後に共産化して貴族制度が廃止されたので、公式には「ザモイスキ家代17代領主」という肩書は存在しない)。建造から400年を経て、市の創始者の子孫が市長になるというのはなかなかないだろう(市の創始者とは違うが、日本では現在の秋田市を含む久保田藩歴代藩主だった佐竹氏の末裔、佐竹敬久氏が秋田市長を努めている例がちょっと近いか)。

なお、マルチン・ザモイスキのお父さん、ザモイスキ家代16代領主ヤン・トマツ・ザモイスキ(Jan Tomasz Zamoyski)は戦時中、ポーランド国内軍の一員として占領軍と苦しい戦いを完遂した人なのだが、共産政権的には貴族の末裔ってだけでケシカラン、ってことで戦後に全ての財産を没収されて8年間服役。その後はスイスで20年暮らしたという苦労人。
1990年に共産政権が倒れてから政治家として頭角を表し、国民民主党(Stronnictwo Narodowo-Demokratyczne)の党主も努めたヤン・トマツ・ザモイスキは1995年にレフ・ワレサ大統領から「共和国に尽くしてくれたのに逮捕してごめんご」とポーランド最高位の勲章である「白鷲勲章(Order Orła Białego)」を送られた。
(後編に続く)


キット表紙画像はGPM公式ページから引用。

参考ページは後編にまとめて掲載予定。
スポンサーサイト



テーマ : 趣味と日記
ジャンル : 趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

展開図公開中
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
プロフィール

のとっちょ

Author:のとっちょ
カードモデル初心者が苦闘するさまをご覧あれ。

検索フォーム
おすすめショップ
リンク(順不同、敬称略)
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
製作進展中