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GPM ポーランド灯台 Stawa Młyny

夏の間に受けるように言われていた、会社の健康診断をテケトーに誤魔化して先延ばしにしていたら管理部門から「本年中に受診するように」と激おこメールを受け取って渋々火曜日に診察受けてくる筆者のお送りする世界のカードモデル最新情報。本日紹介するのはポーランドの老舗、GPM社からリリースされた新キット、ポーランド灯台 Stawa Młyny だ。

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ん? 灯台? 風車にしか見えないけど? この、風車だか灯台だか、灯台だか風車だかはポーランド/ドイツ国境に近いバルト海に面した町、シフィノウイシチェ(Świnoujście)に立っている。



シフィノウイシチェは、北はバルト海、南はシュチェチン湖に面して……と、言いたいところだが、この南側の大きな水域は海と繋がっているので正確にはバルト海の一部(潟湖)で、南にあるシュチェチンがオーデル川の河口だ。あと、むやみに『シュチェチン湖』と口に出して言うとセクハラになりかねないので気をつけよう。

この灯台には一つの言い伝えがある。
シフィノウイシチェが港町として成長すると、町の男たちは水夫として長期の航海に就くようになった。しかし、水夫の仕事は過酷で、男たちは何度かの航海を終えるとその姿はまるで老人のようにやつれてしまったという。
アリシア(alicja)の夫、クルシシュトフ(Krzysztof)もそのような男性の一人であり、老人のように変わり果てた夫の姿を嘆き、アリシアは夫が寝付いてから家を抜け出すと夫の若さを奪った海へ行き、防波堤の突端でその残酷さに声をあげて泣いたという。
海も『正直すまんかった』と反省したのか、唐突に波の音が声となってアリシアを導いた。
「後ろを見なさい」
そこには白い風車がポツンと立っていた。風車から現れた粉挽き職人はアリシアにどうしたのか尋ね、彼女が夫を襲った残酷な運命について語ると、粉挽き職人はしばし考え込んだ後に「明日、旦那さんと一緒に来なさい」とアリシアに伝えた。
翌日、クルシシュトフとアリシアが風車を訪れると粉挽き職人は「海岸の砂泥を体に塗って乾かし、それから海の水で洗うといいですよ」と、なんか急に別府温泉の人みたいなことを言い出した。
まぁ別に入浴代取られるわけでもないし、とせっせと泥パックに勤しんで一週間、粉挽き職人は今度は急にクルシシュトフを風車の中へ招き入れると扉を閉じた。風車は恐ろしい勢いで周り、中からはひっきりなしに異音が響く。
半日の後、クルシシュトフが風車から姿を表すと、あら不思議! なんとすっかり元の若い姿に戻っているではありませんか!
このニュースが伝わると、どっちかっていうと風車の中の方が重要で泥パック関係なかったような気もするけど、若返りの魔法の泥を体験しようと世界中から人々が押し寄せたという。めでたいめでたい。筆者も健康診断の結果が思わしくなかったらシフィノウイシチェに行ってみよう。

それにしても不思議な話である。と、いうか、ぶっちゃけいろいろとツッコミどころのある話である。
まず、「過酷な航海で若者が老人のようにやつれてしまう」という冒頭は中世の帆船を連想させるが、とりあえず地図を見てもらおう。



ぐぐっと灯台のある場所へ寄ってみたが、右から順に「く」の裏返し、円弧状の防波堤があり、その左に突端にStawa Młynyがある短い防波堤がある。この防波堤は1818年、シュチェチ○湖の入り口が砂で埋もれないようにプロイセン王のフリードリヒ・ヴィルヘルム3世の命令で建設が始まった。日本で言ったら文化15年(途中から文政元年)だ。少なくとも奥さんが防波堤で泣くためには伝説の舞台は19世紀以降でなければならない。けっこう最近だぞ。ちなみに右側の逆「く」の字の防波堤は2014年に付け足されたもので、ヨーロッパ最長の防波堤。

防波堤の建設で砂の堆積は止まったものの、ヘタすりゃ船が防波堤にぶち当たるんで、航路を示すために1874年、現在の Stawa Młyny の位置に標識塔が建てられた。この標識塔と、真南に建てられた(上の地図で「灯台」のマークがある対岸辺り)もう一つの塔が一直線に並ぶように北から進んでくると、入り口に誘導される(長い円弧の防波堤のところどころに張り出しがあるが、そちらも以前はそれぞれに標識塔が立っていたようだ)。だから夫が建物に入ろうと思ったら、1874年以降でなければならない。日本で言ったら明治時代初期だ。さらに最近の話になったぞ。それとも風車そのものが「マヨイガ」みたいに幻だったんだろうか。
そもそも、夫の名前は「クルシシュトフ」といかにもポーランド人っぽい名前だが、先程プロイセン王が防波堤の建築を命じたことでもわかるように、ここはずっとプロイセン(ドイツ)領シュヴィネミュンデ(Swinemünde)だった。この地がポーランド領になったのは第二次大戦後。だから夫婦がポーランド人だったら、伝説は1945年以降の話となる。日本で言ったら昭和20年代以降だ。ずいぶん最近だな。夫婦まだ御存命なんじゃないか、それ。

そして、先程1874年に最初に標識塔が建てられたと書いたが、この標識塔は遠距離からも見つけやすいように、真上と左右に風車のような「羽根」が取り付けられていた。この羽根はもちろん動かない。そう、もとよりこの建物は風車ではないし、風車だったこともない。だから粉挽き職人も住んでいない。ぎゃふん。(シフィノウイシチェの名誉のために書き足しておくと、シフィノウイシチェにはこの灯台とは別に複数の(本物の)風車が過去に存在しており、それらの風車にまつわる伝説が唯一現存の「風車」であるStawa Młynyと混同されているのかもしれない)

当初、塔に光源は無く、船乗りは黒い屋根と白い羽根を目視で探していたが、当然これじゃ夜には入り口わからなくて防波堤にぶちあたるんで、20世紀の始めごろ塔にアセチレン・ランプが置かれた。また、それと同時に古い羽根が撤去され、より風車に近い(現在のStawa Młynyの形の)4枚羽根が設置された。資料によるとこの羽根は「機械仕掛けで回転し、アセチレンランプの光線を明滅させた」とされているが、当時の写真を見るとどうにも回転するようには見えない。光源は1910年代に電化されたが、第一次大戦中はロシア軍艦船の侵入を防ぐために消灯されていたという。第二次大戦後は一時期状態が悪化したようだが、21世紀に入って大規模な整備がされ、現在は観光地となっている(ちなみに南側の標識灯(Stawa Galeriowa)は、もっと現代的な形に改装された)。

それでは、Stawa Młyny の姿を公式ページの完成見本写真で見てみよう。

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まぁ、もともとそんなに複雑な形の建物でもないので、模型も極めてスタンダードな作りだ。屋根の下のアーチ形の装飾が一箇所だけ深く凹んでいる場所は、実際には何か青いランプのようなものが取り付けられているが、詳しいことはわからなかった。

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ライトと羽根の基部。羽根はいかにも回りそうだが、やっぱり回らない。ライトは10秒周期で明滅するが、これは羽根が隠すのではなく普通にライトが点いたり消えたりしている。

日本ではあまり知られていない Stawa Młyny だが、1976年にはこれまた日本ではよく知られていないポーランドを代表する作家、ヘンリク・シェンキェヴィツ(Henryk Adam Aleksander Pius Sienkiewicz)の短編、「灯台守(Latarnik)」のテレビドラマの撮影に使われている(上部にバルコニーを巡らせ、横に小さな小屋が追加されるなどされ雰囲気はかなり違うが特徴的な羽根はそのまま)。この物語は、内戦や事業の失敗などで疲れ果て、故国を捨て放浪の末に異国で小さな灯台の灯台守となったあるポーランド人の老人(作中に名前は登場しない)にまつわるものである。
ざっと紹介すると、過去のことを断片的に思い出しながら日々を過ごす彼のもとにある日食料品の補給と一緒に愛国的叙事詩、「パン・タデウシュ物語(Pan Tadeusz)」が届けられる。
それを読み始めた灯台守はその内容にポーランドへの望郷の思いが募り、祖国に思いを馳せるうちに寝入ってしまう。
結局、灯火を付け忘れたために事故が起こり彼は灯台守をクビとなり再び放浪へと旅立つ。しかし、今度の旅は当てのないものではない。彼の手にはパン・タデウシュ物語が握られていた。と、いった感じ。ちなみに原作の舞台は中南米、パナマの小島の灯台だ。
なお、ヘンリク・シェンキェヴィツの名は日本では馴染みがないが、その作品「クォ・ヴァディス」は有名である。と言っても、セガサターンの宇宙艦隊戦シミュレーションゲームのシナリオを書いたわけじゃなくて、キリスト受難の時代のローマを舞台とした歴史小説の方。ローマを脱出しようとした聖ペテロの前に現れたキリストに、ペテロが「Quo vadis, Domine?(主よ、どこに行かれるのですか?)」と尋ねるシーンが有名だが、聖書ではこのセリフは最後の晩餐で登場するセリフだそうだ(その後は聖ペテロが「おれっちも一緒に行くっすよ」と言うのを、主は「そんなこと言うて、鶏鳴くまでにあんさん、三回は『知らん』言わはるでー」と言い返すやりとりに続く)。

シフィノウイシチェは現在、町ぐるみで Stawa Młyny をおしており、町のシンボルマークにもなっている。ポーランド西部、もしくはドイツ東部へと出かける読者は少し脚をのばして若返り伝説を持つ灯台を見物してみるのもいいだろう。

GPM社からリリースされた新キット、ポーランド灯台 Stawa Młyny はなんと太っ腹、50分の1と150分の1の2個がセットになっている(完成全高は50分の1で約25センチ)。難しい形ではないので難易度は3段階評価の「1」(易しい)、そして定価は20ポーランドズロチ(約650円)となっているが、今ならGPMのストアで15ズロチ(約500円)で購入可能だ。
灯台ファンのモデラーなら、この珍しい「風車灯台」をコレクションに加えられるこの機会を見逃すべきではないだろう。腕に自信があるのならば、南側標識灯、Stawa Galeriowaも自作して、両方を自宅入り口へのアプローチに設置するのも楽しそうだ。



画像はGPM社サイトからの引用。


*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

参考ページ:
https://pl.wikipedia.org/wiki/Stawa_Młyny
https://ja.wikipedia.org/wiki/シフィノウイシチェ
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヘンリク・シェンキェヴィチ
それぞれポーランド語、英語、日本語版を参考とした。

http://apartbaltic.pl/2017/04/19/symbol-swinoujscia-stawa-mlyny-swinoujski-wiatrak/
シフィノウイシチェ観光のページ。若返り伝説が詳しく載っている。

http://www.iswinoujscie.pl/artykuly/19686/
http://www.iswinoujscie.pl/artykuly/19772/
シフィノウイシチェの情報サイト内の Stawa Młyny の歴史をまとめた記事。図版や写真も多い。

http://www.latarnica.pl/index.php/2012/06/stawa-mlyny/
灯台巡りのブログから Stawa Młyny の記事。内部の写真が見られるが、残念ながら若返りの秘密はない。
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