FC2ブログ

ポーランド 観測ロケット ”METEOR-2” 各種・前編

祝! 金井宣茂飛行士、無事宇宙へ!
バイコヌールからのソユーズMS-7打ち上げをしっかりライブ中継で拝見させていただいた筆者お送りする世界のカードモデル最新ぐらいの情報。本日はもう何度目かわからないが、またもや日本人宇宙飛行士が無事宇宙へ出発したことを祝し、ポーランドのブランド、WEKTORから宇宙ネタの新製品、ポーランド 観測ロケット METEOR-2 だ。

Meteor 2-07 01

東欧カードモデル情報に詳しい読者ならこの画像を見て、「あ、これってチェコのホビー誌『ABC』が付録のペーパークラフトで展開してるSFレースマシンシリーズ、『アストロ・レーサー』関連のアイテムでしょ!」と思うかもしれないが、あっちは架空の機体、こっちは実在の機体である。それはそれとして、アストロ・レーサーの機体もカッチョイイんで一冊にまとめてリリースしてくれないもんだろうか。

WEKTORのキット紹介は2015年11月の「レベデンコ」以来だから、なんと2年ぶりの登場。別にこの間、WEKTORがリリースをサボっていたわけではなくて、筆者が紹介をサボっていただけだ。この2年の間にWEKTORからはSu-7、Su-9(両方ともスホーイ復活後の2代目)、ポーランドの灯台などがリリースされていたのだが、どういうわけか途中からラインナップが「お菓子の家」とか「小人さんの家」などになってしまって、どうしたものやらと思っているうちに2年たってしまった。ちなみにお菓子の家と小人さんの家はこんな感じのキットだ。

chatka z piernika 01 chatka z piernika 06
Domek krasnoludkow 01[1] Domek krasnoludkow 06

わーい。

ちなみにWEKTORからは他にもアストロ・レーサー風の宇宙戦闘機、「アルゼン7(ARSEN-7 )」もリリースとなっている。

ARSEN 7 01 ARSEN 7 06

うむ。カッチョ良い。一件、X-ウィング風だが内翼を設けてソーラーパネルを配置しているのがおもしろい。長距離巡航飛行も考慮しているのだろうか。
ちなみにお値段はお菓子の家が12ポーランドズロチ(約400円)、小人さんの家が10ズロチ(約350円)、アルゼン7が25ズロチ(約800円)となっている。いずれもイージーキットなので、小さいお子さんをもつパパ・ママさんモデラーなら、これらのキットをクリスマスプレゼントに送ることでお子さんを今から東欧式カードモデラーに誘導するのもいいだろう。
そんなわけでしばらく続いた架空アイテムに紛れてしまったせいで余計に架空のロケットっぽいMETEOR-2だが、前述の通り実在のロケットである。

今回の話は1956年から始まる。この年6月、共産主義政権に対する反発からポズナンで暴動が発生、ポーランド軍が投入されおよそ100名を超える死者が発生するなどポズナンは内戦状態に陥った。
もちろん、ソビエトが衛星国のそんな状態を放っておくわけがなくソビエト軍の進駐が検討されたが、ポーランド政府は失策を認め以前に「右翼的すぎる」として公職から追放していたヴワディスワフ・ゴムウカ(Władysław Gomułka。日本語表記では「ゴムルカ」とも)を第一書記に就任させる。ゴムウカはポーランドが持つ「共産主義の防波堤」としての役割を強調しつつ、教会弾圧の停止や検閲の緩和、集団農場の廃止などの改革案を実施する危険な綱渡りによりソビエト軍の介入を防ぎきった。
同時期にハンガリーではソビエト軍が介入(ハンガリー動乱)し、数千から1万数千の死者を出しているのに比べれば、ポーランドはこのバランスゲームに勝利したと言っても過言ではないだろう(皮肉にもゴムウカ自身が後に圧制者となり、1970年代に労働運動により失脚している)。

さて、1956年のゴムウカの改革は軍にも及び、ポーランド国防相であったソビエト軍人コンスタンチン・ロコソフスキー(「バグラチオン作戦」でミンスクを解放した将軍。ポーランド系だった)が内乱の責任もあって帰国し、ポーランド軍の指揮権がポーランド政府に返還された。同時にそれまで軍の上層部にいたロシア人将校も職を解かれ、ポーランド人が代わりに就任する。
これにより自由裁量権を得たポーランド空軍研究部門がぶちあげた目標が、「宇宙ロケットを作ろう」だった。
んんんん~?? なぜそうなる???
いや、もちろんポーランド空軍が全力をあげて宇宙ロケットを作るわけじゃないだろうが、もっと他にやるべき事はなかったんだろうか。一応、名目上の目的は「西側の核実験で待機中に放出された放射性物質を観測するため」だったが、それなら気球でいいんじゃないだろうか(「ポーランドの星」みたいなさ)。

時を同じくして「Polskie Towarzystwo Astronautyczne」(ポーランド宇宙飛行協会、略すと「PTA」)が設立され、ポーランドの誇る名だたる物理学者、数学者がこれに名を連ねた。そして、ポーランドのロケット開発はPTAクラクフ支部のヤツェク・ヴァルチェフスキ(Jacek Walczewski)教授が牽引していくこととなる。ちなみにヴァルチェフスキ教授の兄、マレック・ヴァルチェフスキ(Marek Walczewski)は50本以上の映画に出演した映画俳優で、弟のヤツェクも詩を書き絵を描く芸術家肌の人物であった。

ヴァルチェフスキ教授は1956年に一時的に西側への出国制限が緩和された折に西ドイツのオイゲン・ゼンガー博士(大戦中、ドイツで成層圏スキップ爆撃機を構想した宇宙工学の権威)を訪ねたことがあり、その際に「ロケット開発は大学の研究室が中心となるのがいいよ。例えば、日本のやり方は興味深いね」と助言を受けている(日本はその前年1955年に、東京大学生産技術研究所の主導で戦後初のロケット「ペンシルロケット」(全長23センチ、重さ200グラム)の打ち上げ実験を行っている)。これは、ドイツのロケット開発が結局は軍に支配され、最終的にV2ロケットの開発に集約されたことへの反省があったのかもしれない。

1957年、ゼンガーの助言に従いAGH科学技術大学(Akademia Górniczo-Hutnicza im. Stanisława Staszica w Krakowie)にロケットモーターの研究室が作られた。ポーランドの宇宙開発はこれ以降、軍の支援を受けつつもこの研究室が中心となって進められていく。ヴァルチェフスキの最終目標はもちろん、国産人工衛星の自力打ち上げであった。

ロケットの燃焼実験はポーランド南部のブウェンドゥフ砂漠(Pustynia Błędowska 実際には「砂漠」というよりは「荒野」。中世に採鉱のために森林が伐採され、地下水を組み上げすぎたことで荒廃した。近年は緑化が進んでいる)で始まった。
1958年10月10日、初の打ち上げ実験で試作ロケット1号機、RM-1(全長80センチ、重さ5キロ。これは日本のペンシルロケットより大きいが、その次の世代であるベビーロケットよりは小さい)は見事打ち上げに成功し、高度3キロに達した。ちなみに燃料は映画用フィルムのセルロイドに科学肥料と砂糖を混ぜたもので、マッチの頭を集めたものも使われたようだ。危険なので絶対にマネしてはいけない。

ロケットは次第に大型化、ハイパワー化され、1961年4月10日には2匹のネズミがロケットに搭載された。この実験は歯科医の提案によるもので、当時高速の航空機のパイロットが飛行中に歯痛を訴えることがあったために、高負荷が歯にどのような影響を与えるのかを見るためだったそうだ。飛行前の数ヶ月、遠心分離機でみっちりと訓練を受けた2匹のネズミは1.5キロをロケットで飛行し、無事生還した。ちなみにこの日はガガーリンによる人類初の宇宙飛行の2日前であった。

(後編に続く)

参考ページは後編にまとめて記載予定。

スポンサーサイト



テーマ : 模型・プラモデル・フィギュア製作日記
ジャンル : 趣味・実用

コメントの投稿

非公開コメント

展開図公開中
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
プロフィール

のとっちょ

Author:のとっちょ
カードモデル初心者が苦闘するさまをご覧あれ。

検索フォーム
おすすめショップ
リンク(順不同、敬称略)
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
製作進展中