ノルウェー オスカシボルグ要塞・前編

カードモデルと関わりが深かったり関係なかったりする世界のマイナー物件を、今見てきた資料を元にドヤ顔で語るマイナーアイテム列伝、今回紹介するのは某幼女の戦記アニメ(第7話)で有名になったような気がしたけれども、気のせいだったノルウェー オスカシボルグ要塞だ。

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写真はWikipediaからの引用で、要塞主砲のクルップ28センチ砲。
恐竜を思わせる鋭角な防盾が特徴的。砲の前面はコンクリートの傾斜面となっており砲の下を隠しているので防御力は高そうだ。

なぜ唐突にノルウェーの要塞の話なんか始めたのかと言うと、ポーランドGPMの新製品、ドイツ重巡洋艦「ブリュッヒャー」の話をしようと思って下調べをしたのに、良く見たら新製品じゃなくて近日リリースの予告だったので急遽主役をブリュッヒャーから要塞の方に切り替えたからだ。

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GPM公式ページから表紙画像。左下の砲がオスカシブルグの28センチ砲。オスカシボルグ要塞の戦いは2016年のノルウェー映画「Kongens nei」(英語タイトル「The King's Choice」。日本未公開)で再現されおり、2016年から2017年にかけてはいつの間にか世界的に空前のオスカシボルグブームが来ていたと言えよう。

ノルウェーの首都、オスロは「オスロフィヨルド」という細い湾の奥に位置している。
首都を守るためにこの湾を封鎖する沿岸砲台を築こう、ってのは自然な流れで、オスロフィヨルドの狭隘部分に栓をするような形の島には17世紀ごろから何度か要塞が建造されていた。
現在の近代的要塞は1850年代に建造されたもので、完成時に当時ノルウェーを実質支配していたスウェーデンの王様(ノルウェー王兼任)オスカル一世が要塞を見に来たことを記念してオスカルの砦、「オスカシボルグ」と名付けられた。
19世紀後半以降の軍事技術の進化はめざましく、オスカシボルグも魚雷発射装置やドイツクルップ製新型後装ライフル砲の設置、コンクリートベトンによる強化などでいろいろと頑張ってみたものの、「沿岸砲台」という設備そのものが20世紀序盤にはすでに時代遅れとなりつつあった。

時は移って1939年、ドイツが北欧への侵攻を決定する。
ドイツは鉄鉱石の輸入をスウェーデンに頼っていたが、スウェーデン北部の港は冬季に凍結してしまうため、冬季の積み出しはノルウェーの港に頼っていた。ノルウェーは中立だが、連合軍寄りの姿勢を取っており、連合軍に加わるかも知れないし、あるいは連合軍がノルウェーを占領するかも知れない。ドイツは鉄鉱石の輸入ルートを維持するためにはノルウェーの占領が必要であった。
イギリス海軍の勢力下にある北海に面したノルウェーを一気に占領するため、ドイツ軍はノルウェー主要6箇所に同時上陸するという画期的な作戦を立案する。そのうちのオスロに上陸するのが第5部隊で、重巡洋艦「ブリュッヒャー」を旗艦に、ポケット戦艦「リュッツォー」軽巡洋艦「エムデン」に水雷艇、掃海艇が随伴する。
旗艦になったブリュッヒャーはアドミラル・ヒッパー級重巡洋艦2番艦。名前はワーテルローでナポレオンを破ったプロイセン王国のゲプハルト・レベレヒト・フォン・ブリュッヘル元帥にちなむ。ブリュッ、と感じたのでヒャーとなった、というネタを書こうかと思ったのだが、下品過ぎてやめた。
あれ、ポケット戦艦が序列2番で、重巡が旗艦なの? と思ったが、アドミラル・ヒッパー級重巡洋艦1万4千トン、ドイッチュラント級ポケット戦艦1万2千トンでブリュッヒャーの方が大きい。そもそも、勢いで「ポケット戦艦」と書いてしまったが、開戦時にドイッチュラント級は重巡洋艦に艦種が変更されているのでブリュッヒャー旗艦は当然と言えよう。
ところで、戦史には「ブリュッヘル元帥」という人物がもうひとりいる。ソビエト赤軍最初の5人の元帥の一人、張鼓峰で日本軍とも戦ったヴァシーリー・コンスタンチノヴィチ・ブリュヘル元帥だが、実はプロイセンのブリュッヘル元帥とは血縁でもなんでもなく、農奴だった彼をどういうわけか地主が「ブリュッヘル」と呼んでいたのを、農奴解放の時にそのまま名字にしたものだそうだ。

1940年4月、ドイツ軍は行動を開始した。
まずデンマークが「私たちは、あなたがたをイギリス、フランスの侵略から守りにきましたよ」というミエミエの建前と共に進出してきたドイツ軍に対し6時間の抵抗で降伏。国王、議会全てが捕虜となった。ちなみに2015年、デンマークで「9. april」というデンマーク侵攻を題材にした映画が作られており、これは「エイプリル・ソルジャーズ ナチス・北欧大侵略」という凄い邦題でDVDリリースもされている。珍しいデンマーク軍の軍装をじっくりと見られる興味深い映画と言えるだろう。

4月8日夜半、司令官公邸から呼び出されたオスカシボルグ要塞司令官ビルゲル・エリクセン(Birger Kristian Eriksen)海軍大佐は国籍不明艦隊接近の警報に接し、急ぎ守備隊を招集した。1875年生まれの大佐はこの時65歳。定年があと半年に迫っており、いくつかの沿岸要塞の司令官を歴任した最後の任地がオスカシボルグ要塞だった。
なんでそんなお爺様が要塞司令官やってるのかと言うと、当時すでにオスカシボルグ要塞は旧式化のために戦力に数えられておらず、実態は砲兵の新兵訓練所となっていたからで、まぁ定年までここでのんびりしてよ、という閑職だったようだ。事実招集に応じて集まった兵士の大半はわずか一週間前に入営したばかりの新兵であった。
8日から9日に日付が変わる頃、ノルウェー国営放送が海軍大将の命令として全ての航路標識、灯台を消灯するよう放送。オスロフィヨルドは闇に包まれた。
同じ頃、ドイツ艦隊は短時間停止し、オスロフィヨルド入り口の小都市を占領する上陸部隊を派遣。
この時点でドイツ軍はすでにノルウェー軍哨戒艇1隻を撃沈しており、またフィヨルドの入り口で短時間ながら照射され警告射撃も受けている。航路標識が消されたことからもノルウェー側がドイツ艦隊の存在を察知していることは間違いない。
しかし、ブリュッヒャー艦上の戦隊指揮官、オスカー・クメッツ少将は「そんじゃま、行ってみましょうか」と前進を指示する。根拠は良くわからないが、まぁ、ぶっちゃけノルウェー軍、オスカシボルグ要塞を舐めてたんだろう。なにしろ相手は新兵訓練学校だ。兵士の大半が新兵なのもスパイの情報で把握していたのかも知れない。「要塞」なんて言っちゃってるが、主な武装は1892年型という旧式なクルップ28センチ砲3門。どれぐらい古い火砲かと言えば、「203高地」で有名な日本軍の28サンチ榴弾砲と同時期の砲だ(ただし、こちらはカノン砲で砲身はずっと長い)。あともう一門、やはりクルップの30.5センチ砲がもう一門あったが、こちらは1878年型(日本では西南戦争当時)という博物館にしまっておいた方がいい骨董品だった。

(中編に続く)

参考ページは後編にまとめて記載予定。
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