JSC イギリス 特設空母”ATLANTIC CONVEYOR”、駆逐艦”SHEFFIELD”・後編

ベランダに出る窓の上にいつの間にかアシナガバチが巣を作ってしまい、ベランダ菜園に水やりに出るたびにブンブン威嚇されてついには刺されたために駆除せざるを得ず、一日がかりで巣を落とした筆者がお送りする世界のカードモデル情報。次は狭量な人間が来ない山の中で巣つくれよー。

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前回の続き。

1982年4月、アルゼンチンが占領したフォークランド諸島をイギリスは武力で奪還することを決定、「フォークランド紛争」が始まる。
まずイギリスは「ブラック・バック作戦」で空中給油機から~中略~空中給油を受けたアブロ・バルカン爆撃機がアルゼンチン軍最前線の空軍基地を空爆し、迎撃戦力を削ろうとしたがこれはあまりうまくいかなかったようだ。
続いて、英海軍の先遣部隊がアルゼンチン海軍艦隊と接触する。
5月2日、アルゼンチン海軍では空母ベインティシンコ・デ・マヨに次ぐ大型であった巡洋艦「ヘネラル・ベルグラノ」(元米海軍巡洋艦「USSフェニックス」)が英海軍チャーチル級原子力潜水艦「HMSコンカラー」の雷撃で艦首を吹っ飛ばされ轟沈。これ以降、水上艦艇の損失を恐れたアルゼンチン海軍は急速に消極的となる。

「なーんだ、アルゼンチン軍なんて全然大したことねーな。こりゃフォークランド奪還も楽勝なんじゃね?」と思った途端、アルゼンチン空軍による手痛い反撃が英海軍を襲った。
1982年5月4日午後2時。紹介任務に当っていたイギリス軍駆逐艦「HMSグラスゴー」のレーダーが接近するアルゼンチン空軍機の機影を捉えた。彼らは海面わずか15メートルという信じられない低高度で突っ込んできたため(海面の反射波に紛れるので)発見時にはすでに目標まで40キロに接近していた。グラスゴーは慌てて電波妨害用の「チャフ」を散布、「電波煙幕」の中に隠れる。
その中に突っ込むことを嫌ったアルゼンチン機がゆるく旋回すると、真正面に警戒任務に当っていたイギリス海軍42型駆逐艦「HMSシェフィールド」(グラスゴーとは同型)が見えた。
このころ、各艦を繋ぐデータリンクというのはまだうまく機能していなかった。グラスゴーからの警報は受信していたものの、シェフィールドはアルゼンチン軍機を「たぶん、戦闘機(アルゼンチンが保有するミラージュIII)だろう」と判断。これは、それまでも戦闘機を攻撃機と誤認する事が多かった事に基づく判断だったが、この時に限って相手はミラージュ戦闘機ではなく、シュペル・エタンダール攻撃機だった。
Sエタンダールは搭載していた2発の「エグゾセ」対艦ミサイルを発射。1発は海中に突入したが、もう一発はセンサーがシェフィールドを捉えた。
シェフィールド艦橋では目標機がミサイルを発射した際の煙を目視していたが、それが何を意味するのかわからずになんだろう、と思っていたら15秒後にミサイルが艦橋右舷後方に斜め後ろから命中した。
弾頭は不発だった。しかし、マッハ0.9(秒速300メートル)で突っ込んだ重さ650キロの弾頭は通路、調理室を貫通して機械室へ飛び込み、さらに最大70キロを飛ばすためのロケットモーターは機械室で燃焼を続けていた。
機械室のオイル類、艦内塗装の塗料、さらにアルミ合金製の内壁などが次々に延焼、シェフィールドは火だるまとなる。こうなっては最早手の施しようもなく、総員が退艦した後もシェフィールドは丸2日間燃え続け、最終的にはアセンションまで曳航しようとしているうちに沈没した。

と、いうわけで今回のキットのもう一隻、シェフィールドの完成見本写真。

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「駆逐艦」と言っても、第二次大戦時の駆逐艦のような水上戦闘力はあまりなく、後甲板のヘリと山積みのレーダーで敵機の接近を早期に察知、迎撃戦闘を行うのが主な任務となる。はずだったのに、空対艦ミサイル(しかも不発)であっさり撃沈されてしまった衝撃は大きかった。

まさかの艦艇損失はあったものの、アルゼンチン艦艇の行動が消極的だったために英軍によるフォークランド諸島への逆上陸はあっさり成功した。また、空母艦載機ハリアーによる迎撃も活発化し、アルゼンチン空軍機も英軍艦隊にホイホイとは近づけなくなる。
アルゼンチン軍機を追い払った英軍艦載機は周囲のアルゼンチン軍小艦艇や陸軍陣地への攻撃を開始、戦況が次第に英軍有にになっていくのを見て、アルゼンチン軍はあかん、このままじゃジリ貧や、と気づいた。そして、5月中旬から航空戦力を結集した対艦攻勢を開始する。
そんな折、アセンションでハリアーを積んだ特設空母「アトランティック・コンベア」がフォークランド沖に到着した。

5月25日。この日のアルゼンチン空軍の攻撃は特に激しかった。大型の早期警戒機を持たない英軍は低空で散発的に突っ込んでくるアルゼンチン軍機に対しては接近されてから対処をせざるを得ず、ついに駆逐艦HMSコヴェントリー(シェフィールドと同型)がアルゼンチン軍のA-4スカイホークにより通常爆弾3発を片舷に集中して被弾、横転沈没する。この損失は僚艦の迎撃ミサイルの射線にコヴェントリーが入ってしまい迎撃不能になるという、これまたリンクの失敗が重要な原因となっていた。
さらにその直後、混乱した英軍の防空網を突破したシュペルエタンダールがエグゾセミサイルを発射。エグゾセミサイルの1発がアトランティック・コンベアに命中した。
この命中を目撃した人物がいる。エリザベス女王の次男、チャールズ皇太子の弟、ヨーク公アンドリュー王子である。
海軍に入隊し、ヘリコプターパイロットになっていたアンドリュー王子は空母インヴィンシブルに乗り込んでいた。インヴィンシブルのフォークランド派遣が決定した時、イギリス政府は適当に理由をつけて王子を下船させようとしたが、当人はこれを拒否。エリザベス女王も許可したために王子は空母と共にフォークランドに向かい、通常のローテーションに組み込まれヘリによる哨戒任務をこなしていた。
王子によると、A・コンベアに命中したエグゾセミサイルは(民間の貨物船では軍艦に比べ構造が脆弱に過ぎたのだろう)弾頭が作動せず、「(貫通してから)数百メートル離れて水柱が見えた」という。
だが、今度もそのロケットモーターの噴射が致命的な結果を招いた。A・コンベアは補給のために積んでいた航空機燃料、予備の弾薬・ミサイルに次々に引火し大火災を起こす。
結局、今度も鎮火後に曳航を試みたものの、5月28日にA・コンベアは沈没した。
33人の乗組員(貨物船なんで船員が少ない)のうち12名が戦死。シコルスキー・シーキングヘリで生存者を最初に海から救い上げたアンドリュー王子は後にA・コンベア撃沈のことを「その経験を私は決して忘れることはできないだろう……恐ろしかった」と語っている。

A・コンベアは第二次大戦後にイギリスが戦闘で損失した初めての商船となった。
唯一の救いは、ハリアー全機がすでに空母へ移動済であったことであった。英軍はこの補充を最大限に活用し、アルゼンチン軍機を圧倒していく。最終的に海軍艦載型のシー・ハリアーはアルゼンチン軍戦闘機に対して空中戦で22を撃墜、損失0というとんでもない記録を残した(対空砲火で2機、事故で4機を失っている。また、空軍のハリアーは対地攻撃が主で空中戦は行っていない)。
また、チヌークヘリは1機だけが損失を免れたが、予備部品を全て失ったこの機を整備員達は創意工夫と超人的努力をもって維持、「ブラボー・ノベンバー」の呼び出しコールがそのまま愛称となったこの1機は諸島を縦横無尽に飛び回り逆上陸部隊を輸送、神出鬼没の活躍を見せた。

貨物船による補給を受け活発さを増したイギリス軍にアルゼンチン軍は圧倒されつつあった。
5月30日にアルゼンチン軍はS・エタンダール2機とスカイホーク4機でイギリス軍空母機動部隊へ攻撃を仕掛けたが、狙った艦は空母ではなくて駆逐艦だった。ミサイルのロックオンを探知した駆逐艦エクゼターはただちに妨害用のチャフを散布、全火力で対空弾幕を張り発射されたエグゾセミサイルを撃墜した。
アルゼンチン側はこの攻撃で「インヴィンシブル大破!」とぶちあげて新聞には黒煙をもうもうと上げるインヴィンシブルの写真(合成)まで掲載したが、良く考えたらそんなことしても戦局は一向に良くならなかった。
そう言えば、アルゼンチン軍の、なんかマヨネーズみたいな名前の空母はどうなったの? と思ったら、アルゼンチン海軍空母ベインティシンコ・デ・マヨは機関の不調で全速力で向かい風に向かって走っても速力が足りず、装備を積んだ艦載機(A-4スカイホーク)はどうやっても発艦できなかった。とほほ。
6月14日にはついにフォークランド諸島最大の都市、ポート・スタンリーを英軍が占領。これによりアルゼンチンのガルチェリ大統領は完全に軍、民衆から支持を失い失脚した。
6月20日、フォークランド諸島全域を掌握した英軍は停戦を宣言。72日間に渡る戦いは終わった。

最後に余談を一つ。
アンドリュー王子たち空母乗組のヘリコプターパイロットはA・コンベア撃沈後、空母に対してエグゾセミサイルが発射された際にはそれを無効化する秘策を準備していたという。
それは、「ヘリが飛行中にエグゾセミサイルが発射されたらチャフをばらまいて大型船並の影を作り出し、その中にいるシーキングヘリを熱源としてエグゾセのセンサーにロックさせる」というものだった。
エグゾセが突っ込んできても、機動性の高いヘリであればエグゾセを避けられる、という目算(あるいは建前)だったらしい。
幸い、それを実行する場面はなかった。

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展開図見本。左がA・コンベア、右がシェフィールド。いつものJSC同様、汚しのないスッキリした表現。画像はそれほどでもないが、デジタル化してからのJSCはシャープな印刷で好印象だ。

影の、そして悲運の功労者であるイギリス 特設空母”ATLANTIC CONVEYOR”、そしてピケット艦としてアルゼンチン軍の攻撃を引きつけ大損害を被ったイギリス駆逐艦戦隊を代表する駆逐艦”SHEFFIELD”、2隻セットでJSCからの堂々リリースだ。スケールはJSC標準の400分の1と小スケールだが、それでもA・コンベアは完成全長約50センチ、シェフィールドは30センチほどと意外なほど大柄。難易度は4段階評価の3(難しい)。そして定価は52ポーランドズロチ(約1700円)、レーザー彫刻済のオプションパーツが60ズロチ(約2000円)となっている。
現代艦艇、特に西側の艦船がカードモデルキット化されることは少ない。現代艦艇ファン、フォークランド紛争ファンのモデラーなら当キットは見逃すことのできない一品と言えるだろう。
それにしても、この2隻をセットにしてリリースするって、JSCさんけっこう意地悪っすね……



キット画像はJSCショップサイトからの引用。

参考ページ:
https://ja.wikipedia.org/wiki/アトランティック・コンベアー
https://ja.wikipedia.org/wiki/シェフィールド_(駆逐艦)
https://ja.wikipedia.org/wiki/フォークランド紛争
https://ja.wikipedia.org/wiki/エグゾセ
https://ja.wikipedia.org/wiki/アンドルー_(ヨーク公)
それぞれの英語版ページも参考とした。
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