JSC イギリス 特設空母”ATLANTIC CONVEYOR”、駆逐艦”SHEFFIELD”・前編

先日、職場の入っている建物の一階でアンディ・ウォーホルにそっくりな人を見かけた筆者のお送りする世界のカードモデル情報。あれ本人だったのかなぁ。だったらサインもらっておけば良かった。
そんな、まぁ、どうでもいい葛藤はさておいて、本日紹介するのはポーランドJSCの久々の新製品、イギリス 特設空母”ATLANTIC CONVEYOR”、駆逐艦”SHEFFIELD”だ。

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空母? どこに? 表紙はどう見ても貨物船だし、そもそも「アトランティック・コンベア(大西洋の輸送者)」なんていかにも貨物船な名前だ。「シェフィールド」ってのは後ろを飛んでる飛行機の名前かい?
なんて寝ぼけたことを言ってはいけない。アトランティック・コンベアは1982年の「フォークランド紛争」で準軍艦としてイギリス海軍と共に戦い、戦史にその名を留める船なのである。

紛争の舞台となった「フォークランド諸島」というのは、南極に近い南大西洋、アルゼンチン沖に浮かぶ小さな島の集まりで人口は約3000人。こんなところにあるがイギリス領である。
本来の領有権、なんてことを言い出すときりがないので、ごくごく大雑把に島の歴史を確認しておくと、フォークランド諸島は大航海時代にヨーロッパに「発見」され、16世紀から17世紀にかけてイギリス人が上陸してこれを占領した。
しかし、18世紀にはイギリスと対立していたフランスが上陸し諸島の一部を占領。その後フランスが占領部分をスペインに売却すると、当時まだ南米では羽振りが良かったスペインの軍事的圧力が増し、イギリスはスペインが諸島全域を支配することを認める(イギリス系住民は居住を認められ諸島に残った)。
1810年、アルゼンチンがスペインからの独立のために戦いを始め、独立側が優勢となるとスペイン系住民は島を退去、スペイン側がいなくなったんでイギリス系住民が諸島を掌握した。
アルゼンチンは独立すると「スペインが領有してたものはアルゼンチンのもの」ってことでフォークランドの返還を要求したが、「いや、もともとフォークランドはうちのもんだし」とイギリスが拒否。アルゼンチン、イギリスの双方が諸島の領有を宣言したまま両者の対立は20世紀へと持ち越される。

1982年4月、高まるナショナリズムの後押しを受けてイケイケな気分になったアルゼンチン大統領レオポルド・ガルチェリはフォークランド諸島に正規軍を派遣しこれを占領する。当然、イギリスはこれを認めずに両者の対話は決裂。マーガレット・サッチャー英首相の「我々は武力解決の道を選択する」という言葉を持って両国は事実上の戦争状態へと突入した(両者とも宣戦布告はしていないので、国際法上の「戦争」ではない)。

いくら第2次大戦で疲弊し、かつての大帝国の面影を失ったとはいえイギリスはやはり「大国」である。開戦時、両国の人口はイギリス5500万人に対しアルゼンチン3000万人。一人あたりの国民総生産イギリス9620ドルに対しアルゼンチン2070ドル。工業化の指針として総発電量を比べるとイギリス2762億キロワット時に対しアルゼンチン430億キロワット時。そしてイギリスは核保有国である(さすがにフォークランド返さないとブエノスアイレスを焼き払うぞ! とは言わないだろうが)。
唯一、アルゼンチンの方が絶対的に有利な要素が距離であった。フォークランド諸島はイギリス本土から離れること約1万2千キロ。それに対し、アルゼンチン海岸からは500キロしか離れていない。
当時イギリス海軍は相次ぐ軍縮……と言うよりも財政の緊縮によりその戦力はかつてに比べ大幅に低下していた。なにしろ運用可能な空母はわずか2隻、それも軽空母の「ハーミーズ」と「インヴィンシブル」しかなかったのだ。兵器なんて、使えばすり減るに決まってる。空母2隻がフォークランドに駆けつけていくら頑張ったところで、そのうち航空戦力は尽きるだろう。そうなれば航空機の庇護を失った英艦隊は撤退せざるを得ない。そうなれば艦隊の支援を失い孤立したフォークランド奪還部隊も降伏することになる。そうなればアルゼンチンの時間切れ勝利である。
逆に言えば、イギリスが軽空母を失えばその時点でアルゼンチンの勝利である。イギリス空母がフォークランド沖に姿を現したらアルゼンチン本土から攻撃機をぶんぶん飛ばして攻撃すりゃ、どれか攻撃が当たるだろう。なんだったら、アルゼンチンが誇る空母「ベインティシンコ・デ・マヨ」(もとイギリス空母「ヴェネラブル」)で空母戦を仕掛けるのもアリだ。V.D.マヨは第二次大戦中に建造された旧式艦で、失ったところでアルゼンチン側は大きく不利にならないが、運良く英空母を仕留められれば大金星だ。ちなみに艦名は、稀代のマヨラーとして知られるベインティシンコ将軍のマヨネーズ好きを記念したものである、というのはもちろん大嘘で、スペイン語の「5月25日」のことでアルゼンチンの独立革命記念日である。
うん、なんだか急にアルゼンチンが絶対的に有利な気がしてきたぞ。きっとガルチェリ大統領もこんな気分だったんだろうな。

以上の情勢はもちろん英国側だって考慮しただろう。軽空母2隻ではフォークランド諸島奪還まで航空優勢を保持できない。とは言え、航空優勢なしでの奪還など自殺行為でしかない。奪還を諦めたらサッチャー首相にメチャクチャ怒られる。どうする。どうするんだ! 考えるんだマクガイバー! このネタ使うの何回目だ。
実際のところ、英軍には最初からこの事態に対する想定というのはできていたのだろう。
イギリス海軍はただちに民間のコンテナ船、「アトランティック・コンベア」1万5千トン、姉妹船「アトランティック・コーズウェイ」を徴用、フォークランドに最も近い(と、言っても6千キロ離れている)英軍基地があるアセンション島へと向かわせた。ここで艦載機を搭載してフォークランド沖へ向かい、空母の洋上補給基地として使おうというのだ。
いや、ちょっと待って。仮に艦載機を満載した貨物船がフォークランド沖で空母と会合したとしよう。貨物船は、どうやってその積荷を空母に渡すの? 寄港してクレーンで移し替えようにも、フォークランド諸島はアルゼンチンに占領されているし、もともとフォークランド諸島にそんな大きな港はない。人が抱えられる大きさまで分解して、船を横付けにして手渡しする? それこそ戦争終わっちまうわ。
この問題に対する答えは実に単純であった。
積荷が自分で飛んで空母に乗り換えればいい。
そう、英軍の艦載機は垂直離着陸が可能なブリティッシュ・エアロスペース・ハリアー戦闘機だったのだ。

と、いうわけでいよいよ登場、公式ページの完成見本写真で見るイギリス海軍特設空母、アトランティック・コンベアの勇姿。

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隣にいるのは次回後編に登場予定の駆逐艦「シェフィールド」。A・コンベアは看板前部を開けて発着スペースにしていることがわかる。ハリアーが垂直離着陸する時に吹き付けるジェットは強烈で、そのままだと熱で甲板が溶けてしまうので耐熱シートを敷いてあったらしい。なお、ハリアーは重装備では垂直離着陸は難しく、英海軍ではスキージャンプ甲板で発進させるSTOL(短距離離着陸機)として運用していた。なので、空母でも甲板に満載されたハリアが一斉にドドドと上に昇っていくわけではない。

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ハリアーは二種類の塗装が見えるが、迷彩の方は空軍のハリアーGR.3、グレー単色の方は海軍のシー・ハリアー。急いでかき集めたんでこんなことになった。写真右下に見える双発ヘリは”チヌーク”HC.1、左上の単発ヘリはウェセックスヘリ(シコルスキー S-58のライセンス生産型)。A・コンベアは4月25日に6機のウェセックスヘリ、5機のチヌークを積んでイギリス本土を出発し、アセンション島で8機のシーハリアー、6機のハリアーを積載してフォークランドへ向かった(アセンションでチヌークを1機降ろしている)。

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環境部分にクローズアップ。民間船なのでアンテナ類も大した数は装備されていない。時間がなかったために、A・コンベアにはパッシブ/アクティブな電子装備は追加されていない。

そんなわけでA・コンベアがフォークランドへ向かっているころ、フォークランドではイギリス艦が次々に大損害を被っていた。
アルゼンチン空軍機によるフランス製空対艦ミサイル「エグゾセ」による攻撃の始まりである。

(後編に続く)

*A・コンベアは軍に徴用されたと言っても「HMS」の称号は与えられていないし、最前線で航空機を発進させて敵を攻撃したわけでもないので厳密には「特設空母」ではないのだが、そっちの方がカッチョいいので当記事では表紙のauxillary aircraft carrierの表記を尊重し「特設空母」とさせていただいた。時として模型界では真実よりもカッチョいいことが優先されるのである。誰もヤクトパンターの事を「ロンメル」と呼んでなくてもカッチョよければロンメルでいいのである。

画像はJSCショップサイトからの引用。
参考ページは後編にまとめて記載予定。
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