JSC オーストリア=ハンガリー帝国 小艦艇セット・2 250トン級水雷艇”SMS Tb 98-M”

一息ついたのをいいことに、焼肉屋で腹いっぱい食べたらすっかり消化不良で苦しくてかなわん筆者のお送りする世界のカードモデルにまつわる有象無象、時々情報。今回は、前回に続きポーランドJSC社からリリースされた オーストリア=ハンガリー帝国 小艦艇セット から、250トン級水雷艇”SMS Tb 98-M”を紹介。

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表紙は前回の「ライタ」なんであんまり関係ないが、まぁ一応。

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いきなりながら公式ページの完成見本写真。
大きい方の駆逐艦は次回紹介予定のタトラ級駆逐艦。そっちも長さ85メートル、満載で排水量1000トンしかない小さい艦だが、今回の98-M(2本煙突の小さい方)は長さ約60メートル、満載でも排水量は300トンを少し超える程度の小さな船だ。
「水雷艇」というと、艦隊決戦中に撃ちすくめられて動けない主力艦を尻目に高速で敵大型艦に肉薄し、必殺の魚雷をぶちかまし一気に戦局を覆す勇壮無比な、というかWorld of Warships的な活躍を想像しがちだが、オーストリア=ハンガリー帝国(以下「帝国」)の250トン級はそれほど勇壮なコンセプトで建造された船ではなかった。
地図を見るとわかるが、帝国は後にユーゴスラビアとなる地域でアドリア海に面している以外は海岸線を持っていない。と、いうことはアドリア海の出口、アルバニアとイタリアの踵の間に警戒線を張られたら帝国艦隊はそこを通らざるを得ず、相手にする予定のイギリス海軍は地中海艦隊単体で十分に帝国海軍よりも強力である。つまり、開戦と同時に帝国海軍はアドリア海に閉じ込められる可能性が高い。
15世紀の艦隊ならまさかの山越えで東ローマ帝国をビックリさせる、なんてこともできたかも知れないが、さすがに弩級戦艦でそれは無理だ。
そこで、帝国海軍が1910年にまとめたのが「夜の間に封鎖艦隊に突撃し、朝までに帰ってくる」という、最初っから腰の引けた感じの戦法だった。なんというか、夜勤お疲れ様です。
この戦法のために設計されたのが250トン級水雷艇群であった。要求される性能は夜の間に攻撃をして帰ってこられるよう、30ノットの高速で10時間航行できること、というからなかなか厳しい。

1913年、トリエステ(当時帝国領)のStabilimento Tecnico Triestino (STT)社で250トン級水雷艇の建造が始まる。ここは帝国海軍弩級戦艦「テゲトフ級」も建造した、帝国随一の造船所である。
250トン級水雷艇の基本設計は6000馬力の蒸気タービンでスクリュー2軸を回し、武装は設計段階ではスコダ66ミリ砲3門、45センチ魚雷発射管3基(レイアウト不詳)というものだったが、実際の建造時には武装は66ミリ砲2門、魚雷発射管4門に変更されている。また、1914年には8ミリ機関銃が追加された。
STTは8隻の250トン級を建造し、それぞれ74-T(トリエステ)から81-Tの番号が与えられている。

しかし、世界大戦はどうやら近そうだし、STTは使うかどうかわからない主力艦の建造で忙しい。
そこでSTTの8隻とは別に、新たにフィウメ(ここも所属がよく変わるが当時帝国領)に造船所を持つガンツ&ダヌビウス(Ganz & Danubius)という、なんかロックな感じの名前の会社にも250トン水雷艇が発注された。G&Dは以前にSTTの代わりにテゲトフ級4番艦、「セント・イシュトヴァーン」を建造したことがあるが、先に建造された同型艦3隻の教訓を取り入れたのか、はたまた建造設備の都合なのか、テゲトフ級戦艦は4番艦のS・イシュトバーンだけ主機が異なり、さらに2組4軸だったスクリューが2軸になり、それに伴い最高速度もわずか0.3ノットとはいえ、S・イシュトバーンの方が遅かった。それって、艦隊行動もできないし、もう同型艦じゃないと思うんだが。
250トン級水雷艇の建造にあたってもG&Dは主機を交換しており、そのためにSTTの「Tグループ」では1本だった煙突が2本になっている(要求スペックの30ノットは満たしている)。ちなみにG&Dの建造したセント・イシュトヴァーンと250トン級水雷艇「Fグループ」(造船所のあったフィウメの「F」)の主機はどちらもドイツの電力会社、AEGの関連会社であるAEG-カーチスから調達されており、なんか理由というか、過剰接待というか、そういったものがあったりなかったりしたのかもしれない。大人の世界は複雑だ。
G&Dが建造した16隻は82-Fから97-Fの番号が与えられている。
なお、フィウメは非常にイタリアに近い場所にある造船所だが、帝国はイタリア、ドイツとの間に旧「三国同盟」を組んでるんで全然問題ないよ! と思っていたら、1915年4月にイタリアは連合側で参戦し、帝国に宣戦布告してきた。ギャフン。
イタリア参戦時、82、83、84と90、91の5隻は未完成だったが、イタリアによる鹵獲を避けるために急いで別の造船所まで曳航されている。

さて、8+16の24隻の建造が続く250トン水雷艇だが、帝国はまだ足りないと思ってさらにCantiere Navale Triestino(CNT)にも250トン水雷艇を発注する。CNTは1908年創設のまだ新しい会社で、イタリア参戦(CNTもイタリア国境に近い場所に造船所を持っていた)もあって建造は3隻に終わった。
CNTの3隻は造船所のあったモンファルコーネの頭文字をとり、98-Mから100-Mの番号が与えられており、キットに含まれる98-MはこのCNT製の250トン水雷艇だ。「Mグループ」はT、Fグループとはまたも主機が異なるがレイアウトはTグループに近く煙突も2本である。
ちなみに「CNT」は後に航空部門を切り離し、名前に「Aeronautici」(航空)を加えた「CANT」として独立させる。CANTはイタレリ製のプラモデルでおなじみ、素敵スタイルのZ.501で有名だ。

大戦中、27隻の250トン水雷艇は帝国沿岸を航行する船団を護衛し、機雷を除去し、アドリア海対岸から来襲するイタリア海軍魚雷艇艦隊と戦い、ついでに小規模なイタリア沿岸砲撃や対戦哨戒までこなした。小型艦なので目立った戦功はないものの、戦前の想定通りアドリア海に閉じ込められ極めて不活発であった帝国海軍においてはよく働いた方だ。「ライバル」のイタリア艦も「艦の排水量とその戦果は反比例する」と揶揄されるが、とどのつまりアドリア海という場所がそういう環境だったのだろう。
27隻は何度も小損害を蒙りながらも全艦が世界大戦を生き延びたが、帝国が崩壊するとサン=ジェルマン条約によって帝国海軍の全艦艇は連合国へと引き渡されることが決定された。まぁ、ユーゴスラビアが独立して内陸国になってしまったんで、オーストリアやハンガリーが艦船持っていてもしょうがない。
250トン水雷艇はルーマニア7隻、ポルトガル6隻、ギリシャ6隻、そして「セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国」(あんまりにも長いんで後に「ユーゴスラビア」)に8隻が引き渡された。
キットの98-Mは、Mグループ3隻、Fグループ3隻を受け取ったギリシャ海軍に配属され「Kyzikos」(古代都市の名)に改名されている。
「Panormos」となった94-Fは1938年に事故で失われたが、残り5隻は第2次大戦まで生き残っていた。しかし、この5隻も1941年4月のドイツ軍によるギリシャ攻撃時に次々に空襲によって沈められてしまい、Kyzikos(98-M)も4月22日にサラミスで撃沈された。ちなみにProussa(92-F)は珍しいことにイタリア空軍のJu-87「スツーカ」(イタリア軍呼称「Picchiatello」)によって沈められている。

残りの250トン級水雷艇だが、6隻を受け取ったポルトガルはなんか気に入らなかったのか第ニ次大戦前に全艦を解体している。
ルーマニアは第二次大戦開戦時に3隻の250トン級水雷艇を保有しており、ソビエト黒海艦隊に対して運用している。1941年7月9日、Naluca(82-F)はソビエト潜水艦Щ-206を他の小艦艇と共同して撃沈したが、Nalucaは1944年8月20日にソビエト軍航空機(詳細不明)に撃沈された。
残る2隻、Sborul(81-F)とSmeul(83-F)は1944年8月にルーマニアが連合側に寝返った後、ソビエトに接収され黒海艦隊に組み込まれたが1945年10月にルーマニアに返還され、程なくして解体された。

さて、ユーゴスラビアの250トン水雷艇は複雑で、1941年4月の枢軸軍によるユーゴスラビア侵攻時には6隻が残っていたが、全てがイタリア軍に鹵獲されイタリア海軍に組み込まれた。
1943年9月、今度はイタリアが降伏。この際に1隻がドイツ軍航空機に撃沈され1隻が自沈している。残った4隻のうち2隻はドイツが接収し、後にクロアチア海軍に譲渡しているが1隻は英軍魚雷艇に、もう1隻も英国空軍によって撃沈されている。
よくわからないのが最後の2隻で、イタリア降伏後に「亡命ユーゴスラビア王立海軍に返還」となっているが、この亡命ユーゴスラビア王立海軍というのがよくわからない。どうもチトー率いるパルチザン海軍とは違うようだが、どういうものなのか、そしてどうやってアドリア海から脱出したのか(あるいはアドリア海にとどまったのか)はよくわからない。とにかくこの2隻は世界大戦を生き延び、戦後にチトー政権の新ユーゴスラビアに引き渡されている。
最終的に元76-Tは1959年に、そして最後に残った元87-Fは1962年に解体され、250トン級水雷艇は全てが失われた。


なんだか何にもしてないイメージのあるオーストリア=ハンガリー帝国海軍の中で、珍しい働き者の250トン級水雷艇。オーストリア=ハンガリー帝国海軍のファンならもちろんのこと、ユーゴスラビア海軍ファンや、ついでにルーマニア海軍ファンやポルトガル海軍ファンのモデラーも一応は押さえておきたいアイテムだ。

(第三回に続く)


キット画像はJSCショップサイトからの引用。


参考ページ:
https://en.wikipedia.org/wiki/250t-class_torpedo_boat
https://en.wikipedia.org/wiki/Royal_Yugoslav_Navy
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ジャンル : 趣味・実用

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