GPM ドイツ帝国仮装砲艦 SMS GOETZEN・後編

生来の後送り体質のためにまだ確定申告を提出しておらず、今現在も『面倒だし来週でもいいかなー』と囁く悪魔と『期日ギリギリに提出が集中すると処理が大変なんです!』と真っ向対決する脳内税理士が激しい戦いを繰り広げている筆者のお送りする世界のカードモデル最新情報。確定申告は覚えてたら後でやるとして、今回は先週に引き続きポーランドGPM社からリリースされたドイツ帝国仮装砲艦 SMS GOETZEN だ。

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前回の続きに入る前に、見落としてた情報の補足を少々。まず、ドイツ帝国タンガニーカ湖艦隊の一隻、武装汽船の「Kingani」は前回「由来不詳」としたが、Kingani川の名前からの命名だそうだ(Kingani川は現在の世界地図では「Ruvu川」と表記されている)。あと、タンガニーカ湖西岸のベルギー領コンゴもタンガニーカ湖に汽船航路を通そうとゲッツェンとほぼ同じ大きさの汽船「Baron Dhanis」をベルギーから持ち込んでいたが、こちらはまだ未組立で、そんなもんをトンテンカンと作ってたら間違いなくゲッツェンがぶっ壊しにくるんで組み立てられず、このベルギー船はこの後話に出てこない。
それと、前回の最初に書くつもりで完全に忘れていたが、船名のカナ表記が「ゴッツェン」じゃなくて「ゲッツェン」なのは、船名の由来となった総督の名前がウムラウトのつく「Gustav Adolf von Götzen」だからだ。ごっつぁんです。

さて、いざ戦争が始まってみると、ゲッツェンは連合軍にとって実に頭の痛い存在であった。なにしろゲッツェンは1500トンというタンガニーカ湖では格段に大きい船なので、数百人の兵士を一気に運搬することができる。つまり、連合軍はドイツ軍の上陸に備えて長さ670キロの西岸全てに警戒部隊を張り付けておかなければならない。
ゲッツェンに対抗できる船舶を持たないイギリス軍は、これに対処するためにイギリス本土から新たな戦力を湖に持ち込むこととした。しかし、大柄な船は(ベルギー船のように)持ち込んでも組み立てることができない。そこでイギリス軍は大きさに「機動力」で対抗することを企てる。
イギリス軍はなぜかギリシャ空軍のために建造中だった2隻のモーターボートを徴発。この船は100馬力ガソリンエンジンと2軸スクリューで長さ12メートルの船体を最大時速19ノットですっ飛ばすことができた。
そして、このイギリス海軍タンガニーカ湖艦隊を率いることになったのが、ジェフリー・スパイサー=シムソン(Geoffrey Spicer-Simson)であった。

1876年に生まれのシムソン(スパイサー=シムソンは二重姓なんで、本当は省略しちゃいけい)は14歳で英国海軍に入隊。1905年には当時新兵器の潜水艦への対抗策として「2隻の船の間の低い位置にケーブルを張ってですね、潜水艦の両脇を通過するんですよ。そうすると潜望鏡が折れるでしょ? 水が入ってハイ、おしまい」というアイデアを思いつき、実際にケーブルを張った船を走らせて関係ない小舟を引っ掛けて沈めた。
開戦時には少佐になっており掃海艇HMS Nigerを旗艦とする小艦隊の指揮官に任命されたが、妻の友人が近くまで来たのを港のホテルに歓待しに行って帰ってきたら、HMS Nigerは真っ昼間だってのにドイツ軍潜水艦U-12の雷撃食らった沈没してた。
と、まぁ問題児なシムソンがタンガニーカ湖の任務に選ばれたのは、父親が貿易商であったために幼少をフランスで過ごしフランス語はペラペラ、ついでにドイツ語も堪能ということが評価されたのだろう(行動拠点となるコンゴがベルギー(フランス語圏)領だったから)。

シムソンは任務を説明され、2隻のモーターボートを受け取ると、それぞれ「HMS Cat」と「HMS Dog」と名付けようとしたが海軍省から「真面目にやれ」と怒られた。仕方ないので、今度は「HMS Mimi」と「HMS Toutou」で申請したら今度は通った。意味はそれぞれのフランス語でネコの鳴き声と犬の鳴き声なので、日本語に直訳すると「ニャーニャー号」と「ワンワン号」である。悪化してるぞ。
シムソンはさらに速度を増すためにボートを少し切り詰め、武装を強化するために3ポンドホチキス速射砲とマキシム機関銃を搭載(オリジナルの武装は不明。なぜヴィッカース機関銃じゃなくてマキシムなんだ)、防御のためにガソリンタンクに防弾板を追加した。
1915年6月8日にテムズ川でMimiが行った3ポンド砲の発射実験では、的に命中弾を与えることには成功したが、取り付けが不十分だった3ポンド砲は船体から外れて砲員もろとも川に飛び込んだ。

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話の流れと全然関係ないけど、長くなりそうなんでここらで公式ページの完成見本写真。
ゲッツェン船首の88ミリ砲。八卦炉みたいな後付砲座が水平になるように苦労した後が見て取れる。でも手すりもなんにもないから砲員は脚を滑らせると下のデッキに落ちちゃう。

6月15日、ワンワン号とニャーニャー号はシムソンが選抜した27人のチーム(海軍が現役を回してくれなかったのか、全て海軍予備人員とシムソンの知り合いで編成)と共に汽船「SS Llanstephen Castle」に積み込まれ、アフリカへと出発した。
タンガニーカ湖東岸はドイツ領タンザニア、西岸のベルギー領コンゴは内陸国で海岸線がない。なので、イギリス軍タンガニーカ湖艦隊はイギリス連邦南アフリカに到着してから2000メートル級の山脈を越え、5000キロを縦断してタンガニーカ湖までたどり着かなければならなかった。とは言っても、距離こそ長いものの基本的に鉄道が使えるので途中までの移動はそれほど困難ではなかった。問題は7月26日に到達した鉄道終着点から湖までで、艦隊はボートをキャリアーに載せ、蒸気トラクター、牛、現地住民が距離240キロを引っ張って引っ張って、そこからはタンガニーカ湖に流れ込む川を陽気に下って、最後はベルギー人が敷いた軽便鉄道にちょっと乗って、10月末についに2隻のモーターボートはタンガニーカ湖に浮かんだ。

ドイツ側はイギリス艦隊の到着を把握していなかった。そのため、12月26日に連合軍側の様子を探りに来たドイツ軍武装汽船Kingani は2隻のモーターボートに奇襲を受けることとなる。Kingani は武装として6ポンド砲を積んでいたが、この砲は船首に前向きに装備されていた。それに対し、英軍のモーターボートは自由自在に周囲を走り回り3ポンド砲を立て続けに打ち込んでくる。11分間の戦闘でドイツ側は士官が次々に死傷し、戦闘旗を降ろし投降した。
スコットランド出身でもないのにキルト(スカート)を履いて、少佐なのに自分の小屋に海軍大将旗を掲げた(これはさすがに未遂かもしれない)シムソンはKingani を修復、「HMS Fifi」として艦隊に加える。Fifiというのはフランス語での鳥の鳴き声、つまり「ピヨピヨ号」である。もう突っ込む気も起きない。一応フォローしておくと、シムソン曰く『「Fifi」はとあるベルギー人士官の小鳥を飼っている奥方から提案されたもの』だそうだ。なお、改装に際しシムソンはFifiの6ポンド砲を船尾に移動し船首には12ポンド野砲を追加している。テムズ川と違ってタンガニーカ湖は砲が吹っ飛んだら回収できないぞ。

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船体中央部。2つの小型キャビンは1等船室と2等船室か。後方キャビンの後面に、オープンカフェみたいなスペースがそのまま残っているのにも注目。

Kingani は無線を搭載していなかったようで、ドイツ軍はKingani の損失理由を把握していなかった。
そのため、1916年1月になってドイツ艦隊のHedwig von Wissmannが捜索のために派遣された。
2月8日、H.V.Wissmannをイギリス艦隊が発見。ワンワン、ニャーニャー、ピヨピヨが直ちに出動する。ここはまんが日本昔話か。
H.V.Wissmannは最初、向かってくるのをベルギーの汽船と勘違いしたが、英国海軍戦闘旗に気づきゲッツェンの停泊してる方へ逃走を開始した。あるいは、英軍をゲッツェンの射程範囲内へ引きずり込もうとしたのかもしれない。
H.V.Wissmannの砲座は射界が広く、3ポンド砲よりも射程が長いためにモーターボートが近づくのは危険だった。従って、英軍の攻撃はFifi(シムソン自身が座乗していた)の12ポンド砲がメインとなる。
FifiがH.V.Wissmannを捉え、バコン、と12ポンド砲を発射した途端に反動で機関が止まった。続いてもう1発、発射しようとしたら今度は砲がジャムった。
20分かけて不発弾を取り除く間、モーターボート2隻がH.V.Wissmannの周りをぐるぐる回って威嚇を続ける。
やっと発射した3発目の12ポンド砲弾が機関室に飛び込みボイラーを爆発させ、H.V.Wissmannは撃沈された。

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Wikipediaからの引用で、Kinganiを鹵獲した直後に撮影された写真。左端で一人だけスカート履いてるのがシムソン。あと、よく見ると右端にワンコがいるが、その周りが不自然にモヤモヤっとしてるので、なにか修正されているのかもしれない。

出撃するたびに1隻、また1隻と船が消えている状況では個艦となったゲッツェンの動きも鈍くならざるを得なかった。また陸上での戦闘も連合軍有利に進み、港へも敵が迫っている。
1916年7月、背後に浸透した連合軍によって鉄道が遮断されドイツ軍はタンガニーカ湖からの撤退を決定した。すでに火砲を降ろし、ダミーとして丸太を積んでいたゲッツェンにも自沈が命じられる。
ゲッツェンを組み立てた技術者3人がまだ現地に留まっていたので、彼等に自沈処理が命じられた。
この3人の技術者の名前は伝わっていない。だが、彼等は苦労して組み立てたゲッツェンを沈めることが忍びなかったらしい。取り外し可能な部品は陸上の倉庫にしまい、取り外しができない部品には念入りにコッテリとグリースを塗ることで水を遮断。また、自沈のためのバラストとして撤去が用意な砂袋を使用した。

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船尾の105ミリ砲。砲座の前にあるのは自衛用の37ミリリボルバーカノン。砲を撤去されたゲッツェンだったが、連合軍がショート・タイプ827で行った爆撃に対抗するためにリボルバーカノンは残された。

港を占領した連合軍は沈んでいるゲッツェンを移動しようとしたが嵐で失敗。しかし、1924年にイギリスが再浮揚に成功した。
8年間も沈んでいたにしては船は驚くほど状態が良く、グリスを取り除き多少整備するだけでゲッツェンは再び航行可能となった。
1927年5月16日、ゲッツェンは船名を「Liemba」に変更し、本来の任務であったタンガニーカ湖の定期航路に就航する。
その後、リエンバは何度かのオーバーホールを挟みながらも稼働を続けている。1976年から79年のオーバーホールではオリジナルの蒸気機関が取り外され、ディーゼル機関に換装された(1993年にデンマーク政府の資金援助でもう一度換装している)。
リエンバはまた、1997年のコンゴ、2015年のブルンジでの紛争から逃れる難民を運ぶために国連によってチャーターされた。
現在は毎週木曜に北側から出発し金曜に南側へ到着。金曜のうちに折り返し土曜に出発地した北側に戻ってくる。なお、南北2箇所の港以外にも立ち寄るが桟橋がないので、そこでは小舟での乗り降りとなる。船室はVIPルーム2部屋、1等船室10、2等船室18。これ以外に座席だけの3等船室もある。
動画はYoutubeなどで「Liemba」で検索すれば、ハゲチョロ、ベコベコの船体で頑張る姿を見ることができる。

イギリス軍タンガニーカ湖艦隊を率いたジェフリー・スパイサー=シムソンはタンガニーカ湖の戦いが終わった後、療養のために本国へと帰った。1919年のベルサイユ講和会議には海軍の通訳部長として同行している。
1921年に発足した国際水路機関(International Hydrographic Organization)の初代事務総長に選出され、37年までこの職を勤めた。その後はカナダのブリティッシュ・コロンビアに転居し、過去の冒険について講演を行ったりナショナル・ジオグラフィック誌の記事を書きながら晩年を過ごし、1947年1月29日に71歳で死亡した。

GPMからリリースされた、おそらく世界最古の実働船である「MV Liemba」の前身「SMS GOETZEN」。今回は小型船スケールである100分の1でのリリースなので完成全長は約70センチ。難易度は3段階評価の「2」(普通)。そして定価は300ポーランドズロチ(約1万円)となっている。また、近々250分の1バージョンの発売もアナウンスされている。

当キットはタンガニーカ湖ファン、ドイツ領東アフリカファン、そしてスパイサー=シムソンファンのモデラーなら見逃すことのできない一品と言えるだろう。




画像はGPM社サイトからの引用。


*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

参考ページ:
https://ja.wikipedia.org/wiki/グラーフ・フォン・ゲッツェン_(砲艦)
https://en.wikipedia.org/wiki/MV_Liemba
https://en.wikipedia.org/wiki/HMS_Mimi_and_HMS_Toutou
https://en.wikipedia.org/wiki/HMS_Fifi
https://en.wikipedia.org/wiki/Geoffrey_Spicer-Simson
https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_for_Lake_Tanganyika
シムソン伝説についてはなぜかBattle_for_Lake_Tanganyikaの記事の方が詳しく書かれている。

http://lakeshoretz.com/liemba/
http://www.bbc.com/news/world-africa-14677418
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