Orel フランス装甲艦 "Solferino"(前編)

ここしばらく目の前数十センチのナイフの刃先がはっきり見えないな、疲れ目なんだろうか、と思っていたが弱い老眼鏡をかけたらスッキリハッキリ見えるようになってご機嫌な筆者のお送りする世界のカードモデル情報。
日常生活には差し支えなくても30代から少しづつ近くが見えづらくなってくるというので、どうも手元が少しぼやけるというモデラーは100円ショップのでいいので是非一度お試しあれ。「老眼鏡」というとちょっと抵抗があるかもしれないが、なーに、模型をやる時は倍率が非常に小さいルーペバイザーちょっと使うんだ、と考えれば全然自然なことだ。

さて、今回紹介するのはウクライナOrel社からの新製品、フランス装甲艦 "Solferino"だ。

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ほー、久々に帆船のキットですか。いや、よく見ると煙突が立ってるぞ、それにカテゴリは「装甲艦」??
これって、なんなのよ? と混乱する読者もいるかも知れないが、いないと説明することがなくなるので、いるという前提で進めよう。
この船、「Solferino」(ソルフェリーノ、1859年6月24日の「ソルフェリーノの戦い」にちなむ)はマジェンタ級装甲艦2番艦で1861年就航。1861年といえば日本ではまだ文久年間、まだまだ木造帆船が主流の時代にあえてスクリュー式蒸気推進と装甲化を試みた黎明期の中でも特に初期の装甲艦の一つである。

19世紀初頭、蒸気機関の実用化により社会は大きな転換期を迎えていた。とはいえ、もちろん世界の全海軍が船+蒸気機関=風と関係なく動ける最強軍艦! と、たちまち動力化したわけではない。なにしろ初期の蒸気機関は出力が不安定でいつ止まるかわからない。揺れる船上では液面が傾いて空焚きになって溶けちゃったボイラーもたくさんあったことだろう。さらに、食料さえ続けばいくらでも進める帆船と違って蒸気船は燃料がなければ進まないし、石炭はその辺の港でホイホイ売ってるものでもない(だから初期の蒸気船は帆走装備も完全に備えていた)。そして、蒸気機関はその不安定さに対してあまりにも大きく、あまりにも重かった。
また、当時の蒸気船の推進装置である外輪式では海戦時に敵船と向き合う側面に巨大な車輪を取り付けなければならないことも問題であった。これは、舷側に砲門をずらりと並べる当時の戦列艦の形式では攻撃力の低下を意味した。もちろん、敵に滅多打ちされる場所に見るからに華奢な感じの外輪があるというのもまずい。外輪船にはトム・ソーヤの冒険でおなじみの船尾式ってのもあるが、外洋に出る船であの形式を見ないので効率が悪すぎるのだろう。あと、日本までやってきたいわゆる「黒船」は外輪船だが、あれは外洋航海をメインにした船(フリゲート)で、主力艦同士の殴り合いに使う船ではない。
この問題を一挙に解決する新しい推進機関こそが、「スクリュー推進」だったのだが、これは各国の海軍でメチャクチャうけが悪かった。イギリスでは1837年、後にアメリカで装甲艦「モニター」を製作することになるジョン・エリクソンがスクリュー船を試作したが、海軍はこれを「ふーん」と無視した。
どうもスクリュー軸を通すために「船底に穴を開ける」というのが生理的にダメだったらしい。お風呂にニチモの戦艦沈めたことのあるモデラーなら、これには思わずうなづいてしまうことだろう。

イギリスでスクリュー船のアイデアが華麗にスルーされるのを見ていたのが、フランスから派遣されていた技術者、アンリ・デュピュイ・ド・ローム(Stanislas Charles Henri Dupuy de Lôme)であった。仮想的のはずなのに技術者が来てるって、フランスとイギリスってば仲がいいんだか悪いんだかよくわからん。「べっ、別にフランスに造船技術を見せてあげたいわけじゃないんだからねっ!」ってことか。
フランスに帰ったロームはイギリスでの見聞をまとめた結果、「これからの軍艦は鉄で装甲され、蒸気機関とスクリューで推進されるものとなる」と確信するにいたった。スクリュー船をあっさり無視したイギリスでいったい何を見てきたらそういう結論に至るのか不思議なぐらい的確な結論だが、どうやらイギリスでも保守的な軍人達とは別に技術者達はほぼ同じ結論に達していたようで、イギリスでも同時期に船とハシケの間ぐらいの装甲浮き砲台の試作は行われている。そして、イギリスがこの中途半端な装甲浮き砲台を試作したことが、フランスに対抗策として「装甲艦」を建造することを決断させた一因となったというのだから、皮肉なものだ。

1850年。ロームは蒸気艦「ナポレオン」(Le Napoléon)を竣工させる。

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主力艦としては世界初の蒸気推進式であった「ナポレオン」の勇姿。画像はWikipediaから引用(この項キット画像以外は全て同様)。ナポレオンは蒸気機関とスクリューを供えていたが、装甲はされていない。排水量約5千トン、長さ77メートルは同時期のイギリス軍帆走戦列艦「HMS ウィンザー・キャスル」の排水量6千トン、長さ73メートル(後述の改修後の値)に対しても見劣りしない立派な「巨艦」だ。武装はウィンザー・キャスルの3段砲甲板130門に対し、2段砲甲板90門でちょっと控えめだが、この巨体が煙をモクモク吐きながら風を無視して最大12ノットで走り回るのだからインパクトは絶大だった。

1853年に始まったクリミア戦争でナポレオンがその能力を見せるとイギリス海軍はあっさりと手のひらを返して「蒸気+スクリュー=最強!」と言い始める。以前にスクリュー船をあっさり無視されたジョン・エリクソンは「それ見たことか」と言うかと思ったが、彼はすでにアメリカに渡っていた。
各国海軍はこれ以降全面的に蒸気艦に主力を切り替えることとし、すでに建造済の帆船も次々に蒸気機関を積みスクリュー推進に改造されていく。HMS ウィンザー・キャスルも就航直前に「やっぱ時代は蒸気ぜよ」ということになり船体をぶった切って9メートル延長するという恐ろしげな大改造の末に蒸気+スクリュー推進式に改造され1852年9月14日に再度進水した。同日、かつてワーテルローでナポレオンを破った初代ウェリントン公爵が死去。HMS ウィンザー・キャスルは「HMS デューク・オブ・ウェリントン」に改名された。

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1854年、乾ドックで整備中のD・O・ウェリントン。多段砲甲板舷側砲門の古典的戦列艦が到達した究極の形。斜檣(バウスプリット)の下にウェリントン公爵を模した船首像が取り付けられているのが見える。

(後編に続く)

参考ページ:
https://en.wikipedia.org/wiki/French_ship_Napoléon_(1850)
https://en.wikipedia.org/wiki/HMS_Duke_of_Wellington_(1852)
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