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Heinkel Models イタリア装甲艦 Italia・その1

庭の柿を収穫していたら、なんかむちゃくちゃバカデカいスズメバチと近距離遭遇してしまい、冷や汗かきながら直立不動で耐えきった筆者のお送りするカードモデル関連の有象無象。アシナガバチはそれほど怖くないけれど、スズメバチはやっぱり怖いのです。

本日紹介するのはスペインのデザイナー、Fernando Pérez Yuste氏のブランド「Heinkel Models」からの新製品、イタリア装甲艦 Italiaだ。

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今更だが、「本日紹介するのは」と言っておきながら、数週間を関連項目の解説についやし、一向にそれが登場しないってどうなのよ、と思いつつも装甲艦イタリアがなかなか出てこないイタリアの紹介を始めよう。

装甲艦アフォンダトーレの項で紹介した通り、1861年に成立した統一イタリア王国はその5年後に元気よく普墺戦争に参戦したら、リッサ海戦で劣勢のオーストリア=ハンガリー帝国海軍にまさかの大敗北、あり得ないはずの主力装甲艦1隻、補助装甲艦1隻喪失という結果に終わった。

なぜこんなことになってしまったのか。いやまぁ、ぶっちゃけ8割方、指揮官の采配がアレだったせいでこんなことになってしまったのだが、それはそれとして、これ以上仮想敵国オーストリア=ハンガリーを調子づかせるわけにはいかんので、イタリア王国は急ぎ海軍の増強を図る(日本語版Wikipediaではこの時期、イタリア海軍はフランス海軍を仮想敵として増強されたと記述されており、オーストリア=ハンガリー帝国海軍に対抗したとするイタリア語版の表記とは差異がある)。

せっかく新型装甲艦Affondatoをイタリア海軍のために設計したのに、リッサ海戦で世界中の海軍に「お前んとこの艦隊ポンコツじゃね?」と笑われてしまったシモーネ・アントニオ・サン=ボンは1873年、海軍大臣に就任すると進行中の海軍の艦船整備計画を全部ひっくり返し、計画を再編する。

具体的には、サン=ボンはちょっと強そうな装甲艦を数多く揃えるという計画を捨て、デカい船! 強い主砲! 分厚い装甲!というわかりやすい最強無敵装甲艦を少数でもいいから建造する、という方針へと切り替えた。
リッサ海戦ではイタリア装甲艦3隻がオーストリア非装甲艦14隻に取り囲まれボッコボコにボコられたのに装甲艦は全ての砲弾を弾き返し損失艦ゼロに終わっており、この時代の艦対艦の戦いは「強者は少数で多数の弱者を圧倒する」がセオリーであったと言ってもよく、サン=ボンの「最強艦計画」はそれを突き詰めたものとも言えるだろう。

海軍大臣となっていたサン=ボンに自分で図面を引く時間はなかったので、サン=ボンの最強艦は彼の下で軍艦設計技師として働き、頭角を表していた造船官ベネデット・ブリン(Benedetto Brin)に託される。

458px-Benedetto_Brin_2.png

Wikipediaからの引用(以下この項、表紙画像以外同様)で、ベネデット・ブリン。出典不明。武田信玄クリソツ。

サン=ボンの意図を理解していたブリンはすでに稀代の重装甲重武装艦の設計をまとめており、早くも1873年1月に「カイオ・ドゥイリオ級(Caio Duilio)」として2隻の建造が始まる(当初の計画では3隻が建造される予定だったが、あまりにも建造費が嵩んだために途中で2隻に修正された。これはイタリアの工業力が未熟で多くを海外から輸入しなければならなかったことも原因である)。
「カイオ・ドゥイリオ」というと、一般的には第二次大戦でも戦った弩級戦艦の「カイオ・ドゥイリオ級」を指すが、あっちは二代目でこっちの装甲艦カイオ・ドゥイリオ級が初代である。

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週刊誌「L'Illustrazione Italiana」に掲載された「カイオ・ドゥイリオの進水」。大迫力。よく見ると、衝角の下に魚雷発射管と思われる穴が見えている。

カイオ・ドゥイリオ級装甲艦を、当時のイギリス海軍の新鋭艦だった装甲艦ドレッドノート (これも、もちろんあのドレッドノートとは別の船)と比較すると、排水量は両者とも約1万1千トンでほぼ同等、全長はドレッドノート105メートル、カイオ・ドゥイリオ110メートル(どちらも衝角含む)でこれも似た程度。機関出力は8千馬力前後でほぼ同等。最大速度はドレッドノート14.5ノット、カイオ・ドゥイリオ15ノットでほぼ同等である。
新興国イタリアが海軍先進国イギリスとほぼ同等の装甲艦を完成させただけでもすごいが、差があるのはその武装で、ドレッドノートが 12.5インチ(317.5ミリ)38トン砲連装砲塔2基だったのに対し、カイオ・ドゥイリオはアームストロング450ミリ100トン砲連装砲塔2基という、なんかヤケクソ気味な強武装であった。
比較しておくと、砲弾重量が38トン砲約360キロに対し、100トン砲は900キロもある(射程はどちらも6キロ程度)。これを英軍伝統のポンド表記にすると、38トン砲は800ポンド砲、100トン砲は2000ポンド砲である。ちなみに両方とも前装砲だ。

カイオ・ドゥイリオは当初38センチ砲を搭載する予定だったが、英海軍の新型戦艦(HMS インフレキシブル)が40センチ砲を搭載すると聞いて、さらなる巨砲を求めた結果、こんなとんでもない巨砲を積むこととなった。
ちなみに100トン砲は装薬最大で試射したらヒビが入ったんで、装薬最大量は255キロから204キロに減らされたという。そんな大砲怖くていやだ。

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カイオ・ドゥイリオ甲板上で撮られた写真。出典不明。二基の砲塔を同じ側へ指向している。砲塔の開口部が意外と広く、それを塞ぐための扉があったことがわかる。4門の100トン砲、それぞれの上に銃架に乗せた小口径砲が見えるのは、たぶん自衛用のリボルバーカノンだと思うのだが、この位置にあったら45センチ砲発砲の爆風で吹っ飛んだりしないんだろうか。

連装砲塔2基x同型艦2隻で合計8門の100トン砲をまいどありーとイタリア海軍に納品した(予備砲身なくていいんだろうか。それとも予備砲身はアフターサービスに含まれるのか)イギリスだったが、納品してから「あれ、イタリア海軍が地中海でイギリス領を攻撃したらヤバいんじゃね?」と気がついてアームストロングに100トン砲を4門追加発注し、2門をマルタ島、もう2門をジブラルタルの沿岸砲台へと据え付けた。
これらの沿岸砲台の100トン砲はあまりにもバカデカくて処分するのも大変なんで、いまでもそのままになっている。

800px-Gibraltar100TonGun.jpg

ジブラルタルの100トン砲。この手の巨砲は固有の名前がついてることも多いが、これには愛称ないんだろうか。

100トン砲という破格の巨砲を積んでいたカイオ・ドゥイリオだが、防御力も相当なもので、舷側の一番分厚い場所の装甲を比べるとドレッドノートの最大14インチ (356ミリ) に対し、カイオ・ドゥイリオはなんと55センチもあった (ただし、このころの装甲は鋼鉄無垢の一枚板ではなく、中に木を挟んだサンドイッチ装甲なので、単純に厚さ=防御力ではない)。

うっかり100トン砲を売っちゃったイギリスではイタリアの重装甲艦がマルタやジブラルタルに攻撃を仕掛けてきた時に反撃できる方法を研究させたが、兵器廠は「100トンよりも大きな火砲を作れば問題なし! 163トン砲、193トン砲、224トン砲、選べる3サイズ!」とアホな事を言ってきたが無事に3サイズ全て没となった。224トン砲って、口径何センチだよ。
(その2へ続く)


参考ページは最終回にまとめて掲載予定。
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