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ポーランド 駆逐艦 ORP Kujawiak 戦記 その3・ハープーン作戦までのマルタ島の戦い後編

なんか新元号は「紙模」になるみたいですよ。嘘ですけど。
というわけで、エイプリルウィークネタを手早く回収した筆者のお送りする、客観的に見てカードモデルに関係性があることは疑いようのない情報あれこれ。今回も前回に引き続き、イギリス海軍のハント級護衛駆逐艦のうちの1隻、GPM100分の1キットとなった "ORP Kujawiak" の戦いについて。
ポーランド 駆逐艦 ORP Kujawiak(クヤヴィアク)が向かうことになったマルタ島が戦史上どういう場所だったのかをサックリアッサリまとめようとして大失敗、胸焼けしそうなコッテリ味になったハープーン作戦までのマルタ島の戦いの後編。

前回は北アフリカに物資を送りたいイタリア軍、それをマルタ島から出撃する航空機で邪魔するイギリス軍。イタリアを助けるためにドイツ空軍がやってきてイギリス軍をボコったけど、ドイツ軍は独ソ戦が始まるんで引き上げていきました、というところまで。

1941年6月1日、枢軸軍の攻撃が一息ついたのを機に、イギリス空軍マルタ守備隊指揮官の交代が行われる。
それまでの指揮官、フォースター・メイナード(Forster Herbert Martin Maynard)がどちらかと言うと「アビリティ・防御バフ:この能力を持つ指揮官の部隊は敵の攻撃で被る被害が減少します」という感じだったのに対し、新たに着任したヒュー・ロイド卿(Sir Hugh Pughe Lloyd)は攻撃精神旺盛な人物で、着任早々に自分の指揮所の入り口に「犬の喧嘩でさえ、犬の大きさで勝敗が決まるわけじゃない(Less depends on the size of the dog in the fight than on the size of the fight in the dog)」と大所した看板を掲げて自分たちを包囲している圧倒的優勢な枢軸軍をぶっ飛ばす気満々なことを暗に宣言した。

Hugh_Lloyd_with_Beaufighter_March_1944_IWM_TR_1593.jpg

Wikipediaからの引用で、ゴーグルが横っちょむいてたり、ポッチャリ体型だったり、あんまりそうは見えないけれども攻撃仕掛ける気満々なヒュー・ロイド卿の珍しいカラー写真。もとはImperial War Museum所蔵。後ろに写ってるのはブリストル・ボーファイター戦闘機で、1944年3月にイギリス本土へ戻る時の写真。

指揮官の戦意は旺盛だったがマルタ島の戦力は壊滅寸前で、稼働機は戦闘機やら攻撃機やらを全部まとめて60機弱。まぁ複葉機3機よりはいいか。とは言え、箱詰めのスペアパーツが大量にあったあの時と違って今回はスペアパーツも使い果たしているので修理は島内に散らばる残骸から持ってきた部品で行うバトルロワイヤル方式。
一応、ロイド卿の矢のような催促でハリケーン戦闘機に20ミリ機関砲を積んだ襲撃機型、ハリケーンIIcとかブリストル・ボーファイターとかブリストル・ブレニムとかが続々と到着したが、それって攻撃機ばっかりじゃないか。防空はどうするんだ。

そんな心配をよそにロイド卿はこれらの機材で攻撃隊を再編、「船舶攻撃の際はマストの高さで突っ込め」と命令し地中海へと放った。
この時期、北アフリカの枢軸軍は毎月4万5千トンの補給物資を必要としていたが、ドイツ空軍がいなくなって勢いに乗ったマルタ航空隊は海面すれすれでイタリア軍商船に突っ込んでいき攻撃を繰り返す。これをやられると、技能の低いパイロットでは背後につこうとして上空から降下するとそのまま海面に突っ込んでしまうので、ちょっと戦意の足りないイタリア軍では手に負えなかった。
突然息を吹き替えしたマルタ島のイギリス軍は1941年6月から9月の間に枢軸軍輸送船108隻、実に30万トンを撃沈。
1941年9月には発送した物資9万6千トンの3分の1が英軍潜水艦と航空攻撃により損失、さらに11月には8万トンの燃料を積んで出発した船団がなんとか北アフリカに届けることができた燃料がたったの3万トン、という目も当てられない状況で、これにはさすがのロンメル将軍も燃料なしで戦争はできずに英軍が立てこもるトブルク要塞の包囲を解いて撤退することを余儀なくされていた。

「制空権取られちゃいました☆テヘペロ (・ω<) 」なイタリア軍にブチ切れたドイツ軍はアルベルト・ケッセルリンク率いる第二航空艦隊(Luftflotte 2)をシシリー島へ送り込む。
再びやってきた世界最強のドイツ空軍は装備するメッサーシュミットBf110複座戦闘機ユンカースJu88双発爆撃機、そしてベテランパイロットの技能で攻撃機ばっかりのイギリス空軍マルタ島航空隊をたちまち追い込んでいく。

こりゃいかん、と1942年3月に空母HMSイーグルから待望のスピットファイア戦闘機が到着、マルタ島防空の任につく。
しかし、いくらロイド卿の戦意が旺盛でもスピットファイヤでは船舶攻撃はできないし、それ以外の攻撃機が出撃してもドイツ軍戦闘機の餌食でしかない。
枢軸軍船舶の損害は激減し、42年4月には発送した物資15万トンのうち、損失わずか200トンというほとんどパーフェクトな記録を達成、この物資をもって息を吹き返したドイツ・アフリカ軍団はイギリス軍のガザラ防衛線を5月に突破し、トブルクを6月に占領する。
もはやマルタ島、そしてそれに支えられていた北アフリカのイギリス軍の命運は風前の灯であった。
度重なる空襲と補給の途絶によりマルタ島内で飼われていた家畜は全てが死亡、水道も破壊され住民は擦り切れた服と靴の代わりにカーテンと古タイヤを改造して身につけるありさまだった。

エルウィン・ロンメルは引き続き「マルタ島を取れなければ、枢軸軍は北アフリカを失うことになるだろう」と警告していたが、枢軸軍はすでにマルタ島の命運は決したと判断していた。
ドイツ軍上層部は以前にギリシャのクレタ島に対する作戦で成功しながらも大損害を被った空挺作戦には及び腰で(輸送機も損害から回復していなかった)、「まぁ、マルタはもう放っておいても大丈夫だろう」とフラグを立ててしまった。

しかし、イギリス軍はまだ諦めていなかった。
首相、ウィンストン・チャーチルが「不沈空母(unsinkable aircraft carrier)」と呼んだこの島を守るため、イギリス軍は決死の輸送作戦「ハープーン作戦」を決行する。

次回、やっと主役のポーランド 駆逐艦 ORP Kujawiak が再登場!
(その4・ハープーン作戦に続く)



参考ページは最終回にまとめて掲載予定。
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