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ポーランド 駆逐艦 ORP Kujawiak 戦記 その2・ハープーン作戦までのマルタ島の戦い前編

先日、物置の中を片付けようと裏庭へまわったところ、物置脇のキンモクセイの木になにかが吊り下がっている。なんじゃらほい、とよく見てみたら、なんとこれが人の頭ほどもある立派なスズメバチの巣で本気でビックリした筆者の紹介するカードモデルに関係ありそうな情報。今回も前回に引き続き、イギリス海軍のハント級護衛駆逐艦のうちの1隻、GPM100分の1キットとなった "ORP Kujawiak" の戦いについて。

前回のあらすじ。
リアル・チョコレート戦争でドイツ軍をギャフンと言わせた亡命ポーランド海軍駆逐艦ORP Kujawiak (クヤヴィアク)はその後イギリス沿岸の船団護衛に就いていたが、1942年春、次の作戦へと出撃する。

てなわけでマルタ島へ向かうことになったクヤヴィアクだったが、まずは時間を巻き戻してこの地中海の小島がなぜ連合・枢軸両軍の攻防の焦点となったのかを見ていこう。
なんか、この間は「その2・ハープーン作戦前編へ続く」なんて書いちゃって、いますぐにでもハープン作戦が始まりそうな雰囲気を醸し出していたが、ジョン・メイトリックス大佐の言葉を借りると、あれは嘘だ。
いや、また例のごとく面白そうなエピソードを何も考えずに全部ぶちこんだらとてもじゃないが自分で決めてる一回分の文章量に入らなくなるという、毎度おなじみ計画性のなさを遺憾なく発揮したためである。

まぁそんなわけで、まずはマルタ島の地理から説明すると、マルタ島はイタリア半島の長靴に蹴飛ばされそうなシシリー島のさらに南にある小さな島。「小さい」とは言っても、島の大きさは250平方キロもあり、日本の島では奄美群島の徳之島がだいたい同じ大きさだ。もっとわかりやすい比較対象を持ってくると、大阪市(約225平方キロ)より少し大きい程度で、1940年6月の人口は約25万人というからけっこうな規模の島である。
地中海の交通の要衝にあるため、古代からフェニキア人、ローマ人、アラブ人、ノルマン人、スペイン人に取っ替え引っ替え占領され、近代になってからはナポレオン・ボナパルトがエジプト遠征のついでに占領し、それを倒したイギリスが第二次大戦時に領有していた。



Googleマップで見るマルタ島。ぐーっと縮小していくと、第二次大戦当時は周りが全部イタリア領だったことがわかる。

1940年6月10日、フランスがドイツにボコられて「蛍の光」と一緒に「1870年の創業以来70年の間お楽しみいただきましたフランス第三共和政は、間もなく終了いたします」のアナウンスが流れ始めたのをいいことにイタリアは英仏に宣戦を布告、南仏へと進出した。が、イタリア軍は壊滅したはずのフランス軍に阻止された。なぜだ。
それはそれとして、イタリアは半島の対岸、北アフリカに植民地(イタリア領リビア)を持っており、そっから東のイギリス領エジプトに攻め込んでスエズ運河とエルサレムを占領しちゃって地中海を「イタリアの湖」にしちゃうぞ! とベニート・ムッソリーニは大フィーバーしていたが、「イギリスとの全面戦争は蚤が象に立ち向かに等しい暴挙」と対英戦争に反対していたロドルフォ・グラツィアーニ将軍が指揮するイタリア第10軍が渋々と東へ進んだらやっぱりイギリス軍に阻止された。

Rodolfo_Graziani_1940_(Retouched).jpg

Wikipediaからの引用でグラツィアーニ将軍。1940年6月の撮影とあるので、まさにいまからエジプトへ向かって(嫌々ながら)出撃しようかという頃の写真だ。この後、彼はイタリア軍15万でイギリス軍3万6千を迎え撃ったらなぜか13万の損害(うち、捕虜11万5千)を出して壊滅する(イギリス側の損害は2千)という逆無双を達成したことで無事に解任される。

フランスの方は、まぁ予定通り間もなく降伏して店じまいになったんでいいとして、問題はイギリス軍に押されまくっている北アフリカ方面であった。
北アフリカで作戦行動を行うイタリア軍への補給路は当然、地中海を超えていかなければならないが、この邪魔となったのがマルタ島から出撃してイタリア軍輸送船を襲うイギリス軍航空隊であった。
燃料も艦艇も不足しているイタリア軍に、地中海全域の海路すべてを英軍の空襲から守る力はない。少しでも英軍の航空戦力を削ぐために参戦直後からマルタ島に対しイタリア空軍の空襲が始まった。

当初、マルタ島の防空戦力は急いで梱包を解いて組み立てたシー・グラディエーター複葉戦闘機が3機。
こんな心細い戦力だったが、向かってくるイタリア空軍も装備してるのはCR.42複葉戦闘機だった上にマルタ島には初期型レーダーがあったもんだから、このたった3機の守備隊は意外な大奮闘を見せ、押し寄せるイタリア軍機をバタバタとはたき落とす(マルタ島初期防空戦については過去記事「マルタの剣闘士・14」に記載ありますが、今と文章のタッチが違って恥ずかしいので正直見なくてもいいです)。

8月にはイギリス側にハリケーン戦闘機が到着して一息つくものの、イタリアに「ドイツえも~ん!」と泣きつかれたドイツが「仕方ないなぁ……ルフトヴァッフェ~(ペカペカペカ)」と取り出した最強ドイツ空軍が1941年初頭からシシリー島に進出してマルタ攻撃に加わると、たちまちイギリス軍の被害は増大する。
もともと微力だったマルタ島のイギリス軍はほとんど壊滅状態となり、枢軸軍制空権下ではマルタ島から出撃する潜水艦、攻撃機による枢軸軍損害も激減。1941年1月から4月にかけて、枢軸軍はリビアに約32万トンの物資を発送したが、損失はわずか1万8千トンだった。
この空・海での優勢を利用してドイツ軍はエルヴィン・ロンメル将軍率いるドイツ・アフリカ軍団をリビアに上陸させ、ロンメル率いるドイツ軍はイギリス軍を一気にエジプト領内へと押し返す。

今やイギリス軍の命運は風前の灯火であったが、ある日を境にドイツ空軍が忽然と姿を消してしまった。これはあれか、「モンスの天使」がまたやってくれたのか、と思ったがそうではなくて、ドイツ軍は三国同盟に加わった瞬間に連合側に寝返るというアクロバティック陣営替えをユーゴスラビアやってのけたのを懲らしめに行かなければいけなかったのと、その後は史上最大の戦い、独ソ戦に参加するためにイタリア軍に後を任せてバルカン半島へ引き上げていったのだった。
(その3・ハープーン作戦までのマルタ島の戦い後編に続く)



参考ページは最終回にまとめて掲載予定。


おまけ。裏庭で見つけたスズメバチの巣。

IMG_1046_S.jpg

見た目ヤバいけど、この季節なのですでに放棄された後で空っぽ。
なんでこんなでっかい蜂の巣あったのに全然気づかなかったんだろう……

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