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オートジャイロの発明・前編

ホビーショーの熱気も落ち着き、モデラーにとっての新年度がスタート。熱意にうなされているうちに勢いで新しいキットをいくつかホッチキスを外してしまい、ようやく落ち着いてから途中のプロジェクトを終わらせなければ、と慌てて軌道修正中の筆者がお送りする世界のカードモデル情報。前回「話が長くなるので今回は触れないでおこう」と書いたオートジャイロの歴史だが、やっぱりオモシロ過ぎるで今回から3回に分けて紹介していきたい。
まずは、念のために「オートジャイロ」という機種の説明から。

800px-Paris_Air_Show_1934_Cierva.jpg

いきなりだが、写真はWikipediaからの引用で1934年、パリ航空ショー(後ろの建物に「SALON DE L'AVION」の文字が見える)でデモ飛行を行うオートジャイロ。
一見、ヘリみたいにローターで垂直に飛び上がって飛行機みたいにプロペラで前進する、分業制オスプレイみたいに見えるオートジャイロだが、実際にはこのローターは動力につながっていないので垂直上昇はできない。動力につながっていないなら、これどうやって回るのかというと、プロペラで前進すると風が当たってクルクル回る。そうするとヘリコプターみたいに機体を上に引っ張り上げる力(揚力)が発生して飛ぶ。
そんなんで飛ぶんかいな、とも思うのだが、そんなんで飛ぶのだ。
オートジャイロの利点は飛行機よりも離着陸距離が短く、ヘリコプターよりも構造が単純(ローターが動力につながっておらず、操縦は尾翼で行うため)なこと。しかし、その構造上あまり巨大なものは作れず、積載能力でも飛行機、ヘリコプターにはかなわない。
この、不思議な感じの航空機を発明したのがスペインの航空エンジニア、フアン・デ・ラ・シエルバ(Juan de la Cierva y Codorníu)だ。

Juan_de_la_Cierva,_aeródromo_de_Lasarte,_1930

同じくWikipediaからの引用で1930年撮影のフアン。ゴーグルが横ちょに曲がってるのがお茶目。
名前のカナ表記で省略している「Codorníu」(コドーニュ)というのは母方の姓(スペイン人は基本的に両親の名字を継ぐ)で、フアンの母の父、つまり母方の祖父はリカルド・コドーニュ(Ricardo Codorníu)という人物で、スペインの森林資源の保護、再生に力を注いだ立派な人物であった。
なお、スペインワインのブランドに「コドーニュ」というのがありスペイン王室御用達の逸品として知られているが、ざっと確認した程度では2つのコドーニュ家が親戚関係にあるのかはちょっとわからなかった。
フアンの家計は母方だけでなく、息子と同じ名前の父ファン・デ・ラ・シエルバ(Juan de la Cierva y Peñafiel)もアルフォンソ13世統治下のスペイン王国で戦争大臣、開発大臣、財務大臣などを歴任した立派な人物であった。

1895年生まれのファンが8歳の時、海の向こうアメリカでライト兄弟が人類初の動力飛行に成功する。
フアン少年はこの新しい技術にたちまち夢中になり、近所のホセ・バカラ(José Barcala)、パブロ・ディアス(Pablo Díaz)と3人で小さな飛行クラブを結成し、模型飛行機の制作に熱中した。
1910年、スペインの空を初めて動力飛行機が飛んだ(たぶん、フランス機だろう)というニュースに触れた3人は居ても立ってもいられなくなり、一大プロジェクトをぶちあげる。
「人が乗れる飛行機を作ろう」
この時、最年長のディアスが17歳、他の2人はもう数年若かった。今で言う中学生程度だ。高校生と中学生が作った飛行機って、佐藤さとる御大の「わんぱく天国」か。

模型飛行機で自信を深めていた彼らは飛行機の制作自体には問題ないと思っていた。3人のメンバーのうちディアスの実家が木工職だったために労せず良質な木材を潤沢に入手できたし、工作機械も揃っている。
だが、彼らは「ぼくらは飛行機を作って、それに乗って飛ぶんだよ!」って言っても、大人たちはそんなことを絶対認めないだろうということを理解していた。うん。筆者だって止める。
そこで3人は、ディアスの実家、木工工場のガレージでこっそりとこの有人グライダーを完成させる。
1910年のある日(日付不詳)、彼らの手作りグライダーは近くの丘へと引っ張り出された。この作業を手伝ったのはフアンの弟のリカルドと、近所の子供達。子供達の大部分は飛行機模型の兄ちゃん達が作ったグライダーの見事な飛行を疑わなかったという。
記念スべき初飛行の操縦席にはフアンが座った(フアンが選ばれた理由はわからないが、単に3人の中で最も体重が軽かったのかもしれない。冒頭の貫禄のある写真ではちょっと想像できないが)。抜け目なく前後にスライドさせることができるよう設計されている椅子を調節し、フアンは重心位置を理想の位置に合わせる。
車輪のないグライダーは全力で走る少年たちが掴んだロープに引かれソリで草の上を滑走、ふわりと宙に浮いた。フアンの計算は完全だった。
高度は人の身長程度、記録がないのでわからないが距離だって人力(しかも子供)の牽引力ではたかが知れているので大した距離ではないだろう。だが、それは確かに飛んだのだ。フアンは理論ではなく、観察と試行錯誤でここまで到達したのだった。

彼らは無事着陸したグライダーを丘の上へ引っ張り上げ何度も飛行を行ったが、数回飛んだところで弟のリカルドがゴネ始めた。アンちゃん、おいらも飛びたいよ、と。リカルドはこの時11歳か12歳。兄の後ろにくっついて模型飛行機を一緒に飛ばしていたリカルドは自分にも飛行機は操縦できると言い張った。
ついに根負けしたフアンはリカルドに席を譲り、再度全員でロープを引く。
体重の軽いリカルドの乗ったグライダーはこれまでの記録を大きく越え、十メートル以上まで舞い上がった。これにはギャラリー一同大興奮。ついでに乗ってるリカルドまで大興奮して操縦桿を引きすぎたため機体は失速、墜落した。

グライダーはもちろん大破しリカルドは昏倒していたが、幸い骨折などの深刻なダメージはなかった。
フアンは両親に「自転車で転んじゃってさ」と言い訳したが、フアン達のクラブの偉業は近所に知れ渡っており、すぐバレた。
両親の反応は記録されていない。
(中編に続く)


参考ページは後編にまとめて掲載予定。
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