ノルウェー オスカシボルグ要塞・中編

前回までのあらすじ。
オスロ占領したるで! と意気込んだドイツ海軍第5ノルウェー上陸部隊は意気揚々とオスロフィヨルドを進んでいた。先頭を進むのは旗艦、重巡洋艦「ブリュッヒャー」。半年前に就航したピッカピカの新鋭艦だ。
対するオスカシボルグ要塞は100年前に建造された要塞で主砲は50年前のもの。司令官は定年前の爺様で、配置についた兵士は訓練前の新兵さん。
……ごめん。先週、「オスカー・クメッツ少将、なんにも考えないで前進ってちょっと不用心すぎじゃないすか?」みたいな調子で書いてしまったが、これで前進しなかったらその方が問題だわ。

さて、運命の1940年4月9日早朝04時21分(ノルウェー時間)、オスカシボルグ要塞司令官、エリクセン大佐はオスロに向かって粛々と進む艦隊に対し砲撃開始を命令したが、途端に聞き返された。
「え、本当に砲撃するんですか?」
この時点で艦隊の正体は依然として不明であった。もちろん、ドイツ軍である目算は非常に高いがもしかすると英軍が進出してきたのかもしれない。どちらにせよ総司令部との通信は混乱の中で途絶してしまい確認する手段はなかった。そもそも、軍の規定で沿岸砲台を発砲する時はまず警告として空砲を発射することとなっていた。
しかし、大佐は先頭の艦に標準を合わせ、装填されている榴弾を発射しろと言っている。
あと半年で定年を迎える老大佐は躊躇せず答えた。
「勲章を授与されるか軍法会議にかけられるか、2つに1つだ。撃て!(Enten blir jeg stilt for krigsrett , eller så blir jeg krigshelt. Fyr!)」

前回説明した通り、オスカシボルグの主砲は4門。うち3門の28センチ砲はそれぞれ旧約聖書から「モーセ」「アロン」「ヨシュア」と名付けられていた(もう一門の30.5センチ砲は「メトセラ」)。しかし、砲はあっても砲員がいなかった。集められた兵士(叩き起こされたコック含む)のうち砲の操作ができる者はかろうじて1門分しかおらず、やむを得ずそれらを2門に振り分け、新兵にそれを補佐させた。
サーチライトが点灯され、闇の中に浮かび上がる艦影に向けモーセ、もしくはアロン(はっきりしない)から第1弾が発射された。距離約1800メートル。このクラスの火砲にとっての1800メートルは近い。至近距離での撃ち合いとなり「舷舷相摩す」とまで言われた1905年の「日本海大海戦」でさえ、最も接近した彼我の距離約4000から5000メートルだった。その半分からの射撃だから、これはほとんど「接射」と言っていい。
ちゃんと整備された火砲なら、この距離で巡洋艦クラスの的を外すことはあり得ない。255キロの爆薬が充填された28センチ砲弾は1発でブリュッヒャーの砲撃指揮所を吹き飛ばした(予備の指揮所があるので砲撃不能になるわけではない)。
続いて2発目が発射され、今度は観測機格納庫側面を突き抜けて爆発。アラドAr196観測機と航空燃料が燃え上がり、装甲甲板を突き抜けた爆風が機関を損傷させる(1発目、2発目それぞれの命中箇所、効果については資料によってばらつきがある)。

突如被弾した2発の砲弾で燃え上がったブリュッヒャー艦上は混乱を極め、散発的な反撃は全て目標を飛び越しノルウェー側に損害を与えることができなかった。
やむを得ず、ブリュッヒャーが沿岸砲台をやり過ごそうと増速するのに対し、ノルウェー側は近隣の砲台から15センチ砲、57ミリ砲を撃ちかける(これらの火砲は、本来機雷原の掃海を妨害するためのものだったが、この時は機雷そのものが敷設されていなかった)。
13発の15センチ砲、30発の57ミリ砲を被弾しながらブリュッヒャーはオスカシボルグ主砲陣地の前を駆け抜けた。
滅多打ちはブリュッヒャーの消火作業を妨げ、さらに1発の15センチ砲弾が操舵装置を破壊し、ブリュッヒャーは左右のスクリューで進路を制御せざるを得ずさらに速度が低下した。
奇妙なことに、この時ノルウェーの砲員はブリュッヒャー乗員が「Deutschland, Deutschland über alles(ドイツ国歌の歌い出し)」と歌っているのを確かに聞いたという。
オスカシボルグ主砲28センチ砲は装填に手間取り、結局3発目は発射できなかった。

沿岸砲台の射界を抜けた時、ブリュッヒャーはひどく損傷していたが、まだ沈没に至るほどではなかった。
これで一息つける、とドイツ側は思ったに違いない。
だが、実は艦隊はオスカシボルグ要塞で最も威力のある装備の前に、今まさに差し掛かろうとしていた。
1898年から3年かけ、ノルウェー軍はオスカシボルグの北に魚雷発射装置を設置していた。魚雷陣地は3本の洞窟から構成されており、それぞれが2基の魚雷ラック(それぞれ1発を格納する)を持っている。魚雷を発射する時はこのラックを水面下までちゃぷんと降ろして魚雷を発進させ、もう1基と交代。予備の魚雷がもう一発準備してあるんで2発目を打ってる間に3発目を装填して、うまくいけば3発目を発射。合計で3x3の9発の魚雷が発射できる計算になる。
ドイツ軍情報部はどういうわけか、この存在をすっかり見落としていた。あるいは、知ってはいたが、どうせ大したことないから放っておこう、と思ったのかもしれない。
まぁ、それも仕方ない。なにしろこの魚雷陣地、建設された1900年にオーストリア=ハンガリー帝国からホワイトヘッド魚雷を購入した後、一度も装備の更新をしていないのだから。
しかも、この魚雷陣地の本来の指揮官は3月に健康を害して療養中で、代わりに指揮についていたのがアンドレアス・アンデルセン海軍中佐(Andreas Anderssen)。「中佐」といっても現役ではなくて、1927年にすでに除隊しており現在は年金で生活していた(1879年生まれ)。


(後編に続く)

参考ページは後編にまとめて記載予定。
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