HMV ドイツ客船 "Augusta Victoria"

先日散歩に出たら輸送中に逃げ出した仔牛とバッタリ出会い、驚いて棒立ちになっている横を悠々と仔牛に通り抜けられた筆者がお送りする世界のカードモデル情報。仔牛に出会った場合の対処方なんて知らんよ……
それはさておき本日紹介するのはドイツHMV社のキット、ドイツ客船 "Augusta Victoria"だ。

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HMV(Hamburger Modellbaubogen Verlag)は船舶キットではけっこう有名なブランドだが、意外にも当コーナーでは初登場。その名の通りドイツハンブルグに拠点を構えるブランドだが、もともとはヨーロッパ最大の模型通販業者、Scheuer & Strüver社のオリジナルカードモデル設計部門だった。同ブランドの特徴はその独特なラインナップで、そもそもブランド立ち上げの動機が「帝政ドイツ時代の艦船キットって、全然ないよね」というもので、19世紀末から第一次大戦にかけてのドイツ艦が多数キット化されている。もちろん、そのほとんどは現在に至るも唯一のキット化だ。2009年10月、Scheuer & Strüverの倒産に伴いHMVは独自ブランドとして独立し、今に至る。

なお当コーナーでHMVを避けていた理由だが、HMVは海洋保護団体「シー・シェパード」と協力関係にあり、シー・シェパードの高速監視艇「スティーブ・アーウィン」のキットもリリースしている(「スティーブ・アーウィン」の売上はシー・シェパードに寄付される)。タイミングとC調と無責任をポリシーとしている当コーナーとしては、議論の対象となり得るそういうネタにはできるだけ近寄りたくはなかったのだが、やっぱり帝政ドイツの装甲艦というムチャクチャおいしそうなネタの魅力には抗えず、難しい問題には知らぬ存ぜぬを決め込むこととした次第である。従って、当コーナーではHMVのシー・シェパードネタについては一切紹介するつもりはないことを予め御了承されたい。

さて、どうせHMVのキットを紹介するなら帝政ドイツの巡洋戦艦「フォン・デア・タン」とか軽巡洋艦「ウンディーネ」、あるいは19世紀末の装甲艦「ベオヴォルフ」や「ザクセン」あたりから紹介するというのも一つの手だが、いきなり濃いところから手を付けて筆者も読者も胸焼けを起こすといけないので初登場となる今回は1888年竣工の客船「アウグスタ・ヴィクトリア」あたりにしておこう。

まずは公式ページの完成見本写真から。

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なんか通風筒の数がすごいことになっている。
切り立った船首とオーバーハングした船尾、傾斜した煙突などいかにも19世紀末から20世紀初頭といったスタイリングだが、こういった「近代客船」の元祖こそがこのA・ヴィクトリアだと言われる。
A・ヴィクトリアは1887年、ハンブルグ=アメリカライン(正式名称は「Hamburg-Amerikanische Packetfahrt-Actien-Gesellschaft」、略称HAPAG)社主のアルベルト・バリンが発案した「大きく豪華な船で高速に渡洋する旅」というアイデアに沿って建造された船で、建造中は「Normannia」の名前が与えられていたが、1888年6月15日にヴィルヘルム二世がドイツ皇帝に即位すると、バリンがヴィルヘルム二世と個人的に親しかったこともあり皇后の名前が与えられた(ただし、皇后の名前はドイツ語では「Auguste Viktoria」であり、「Augusta Victoria」というのは英語風のスペリング)。
1889年、完成したA・ヴィクトリアは処女航海に出発。それまで客船ではほとんど前例がなかった2軸スクリューのパワーでたったの7日間でニューヨークに到着。それまでの渡洋時間の記録をいきなり塗り替えた。

この破格に豪華・俊足なA・ヴィクトリアの名前を高めたのは、なんといってもニューヨーク・ワールド紙(ピューリッツァー賞で有名なジョーゼフ・ピューリツァーが発行していた新聞)の記者、ネリー・ブライによる乗船ルポだろう。
A・ヴィクトリアに負けず劣らずエレガントな女性記者、ネリー・ブライは「果たしてジュール・ヴェルヌの『80日間世界一周』は実現可能か?」という企画のレポーターとしてアメリカを出発する第一歩としてA・ヴィクトリアに乗船。現代の目で見るとやや装飾過多なヴィクトリア期の内装を「洋上のホテル」として紹介している。ちなみに世界一周チャレンジは72日目に世界を一周して出発点に到着、見事成功。これはたった十数年で(「80日間世界一周」は1872年発表)現実が空想冒険小説を上回った珍しい例と言えるだろう。

しかし、A・ヴィクトリアの豪華さと俊足は一度に運べる乗客数の少なさとべらぼうな燃料消費の上になりたっており、運行効率としてはあまり良くはなく、特に海の荒れる冬季には採算はさらに悪化した。
そのため1891年にハンブルグ=アメリカラインは(その名に反して)A・ヴィクトリアでの「地中海クルーズ」を開始する。これは現代に至るまでの人気コンテンツにして「パネルクイズ アタック25」の海外旅行チャレンジ景品である地中海客船クルージングの元祖であるとも言われる(異説もある)。

1897年、A・ヴィクトリアは20メートルもの船体延長を伴う大規模な改装を受ける。この改装で真ん中のマストが撤去され最大船速はそれまでの18.5ノットから19ノットに上昇した(キットは竣工時の姿)。なお、この改装時に船名が英語風の「Augusta Victoria」からドイツ語の「Auguste Victoria」に変更されている。

1904年、日露戦争が勃発するとヴィルヘルム二世は仲が良い(いとこ同士)ロシア皇帝ニコライ二世のためにA・ヴィクトリアをロシア海軍に売却。実は戦争になったら軍艦に改装できるように建造時から甲板が強化されていた(1914年までにドイツで建造された客船はすべてその処置がされていた)A・ヴィクトリアは砲を積んでロシア帝国海軍仮装巡洋艦「クバン(Кубань)」に改装されることとなったが、1904年7月12日、改装が終わって入渠していた乾ドックに注水したら開いてた舷側の窓から浸水して船体が20度以上傾いた。なにやってんだ。
どうにか排水して今度こそ改装が終わったクバンは第二太平洋艦隊、いわゆる「バルチック艦隊」に組み込まれ極東日本への航海に旅立つ。
1905年5月21日、クバンは日本艦隊を釣り上げる陽動として太平洋側へ派遣されることとなった。映画「日本海大海戦」で上村ドンが「ロシア側も神経戦ってやつを仕掛けてきますな」と言っていた(最近観賞してないので細部は自信なし)のが、このクバン他仮装巡洋艦の太平洋派遣のことだ。
A・ヴィクトリア時代の快速を生かしてクバンは東京湾沖合200キロ以内まで接近したというから、もしかすると日露戦争中に最も東京に接近したロシア艦はクバンだったのかも知れない。
しかし、東郷平八郎長官は陽動には乗ってこなかった。
6月5日、太平洋をウロウロしていたクバンは燃料がヤバくなってきたのでベトナムのカムラン湾へ向かい、そこでバルチック艦隊壊滅のニュースを知らされ、サイゴンで給炭してからロシアに帰った。

なお、バルチック艦隊にはA・ヴィクトリアの姉妹艦の「コロンビア」も仮装巡洋艦「テレク」として参加しており、クバン同様に太平洋側をウロウロしてから国に帰っている。「コロンビア」は以前にも米西戦争時に一回、スペインが購入して仮装巡洋艦「ラピド」として装甲艦ペラヨと一緒にキューバに派遣しようと思ったけど間に合わなくって戻ってきているので、まぁ、この姉妹は最初っからそういう血なまぐさいイベントとは縁がなかったのだろう。
日露戦争後、A・ヴィクトリアとコロンビアの処遇ははっきりしないが、どうやら定期航路に復帰することはなかったようで、1907年に2隻とも解体されている。

と、いうわけで元祖豪華客船A・ヴィクトリアの姿を改めて完成見本写真で。

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なかなか細かいディティールは、19世紀末、第一次大戦前の無邪気に華やかだった時代の船旅の想像を掻き立てられる。運動会の玉入れのような見張り台や、マストに張られたシュラウドが帆船時代の面影を残していておもしろい。

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マストから前後に伸びるブームが板表現だったり、窓類がテクスチャ表現だったりするので腕に覚えのあるモデラーならこれらをディティールアップするとグッと完成クオリティが増すだろう。

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惜しむらくは展開図の折れ線表示が点線で表されるドイツ式(日本のペーパークラフトで良く見るタイプ)となっていることで、この方式だと完成後にエッジ部分に点線が見えてしまう(上の写真では救命ボートのキャンバスの縁、キャビンの角などに見えている)。これは展開図のまま塗装なしで組み立てる上ではフォローする方法がないのが痛い。
しかし、逆に言えばこれだけズームアップしなければ見えない程度なので、気にしなければそれほど目立つものではないし、なによりも貴重なこの時代の客船を手元に置いて楽しめるメリットと比べれば大した問題ではないとも言えるだろう。

HMVからリリースされているドイツ客船 "Augusta Victoria"はスケールは東欧キットとは違って250分の1という独特の縮尺。完成全長は約58センチ。難易度は「中」、価格はHMVのショップ、「fentens」で19.99ユーロ(約2500円)の値がついている。
19世紀の客船といういかにも再キット化されそうにないジャンルである当キットは、黎明期客船ファンのモデラーにとっては見逃すことのできない一品であると言えるだろう。また、バルチック艦隊コンプリートを目指しているモデラーにも、船体延長前だとかいろいろと問題はあるにしても、まぁ、一応揃えておいてもいいんじゃないかという感じの一品と言えるだろう。



写真はHMVのページから引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

参考ページ:
https://en.wikipedia.org/wiki/SS_Augusta_Victoria_%281888%29
仮装巡洋艦時代についてはもちろんロシア語版のページに詳しい。
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