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GPM 米英共同 重戦車 MARK VIII "LIBERTY " 後編

先日、歯の治療が一本終わってご機嫌だったのに、わずか1週間にして以前治療済だった隣の歯の詰め物が取れてしまい、これ永遠に治療終わらないんじゃないかと戦々恐々としている筆者のお送りする世界のカードモデル情報。
本日はポーランドの老舗、GPM社からリリースされた新キット、米英共同 重戦車 MARK VIII "LIBERTY "の後編。

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デカイ。畑健二郎氏風に表現すると『トニカクデカイ』と言ったところか。
前回はアメリカ軍のアメリカンなノリにイギリスも巻き込まれ、前提全部忘れてこのグレートウルトラ菱形戦車の量産計画を米英一緒になってぶち上げてしまったところまで。

この戦車界のダイドーアメリカンコーヒー、「マーク8」はアメリカ製のエンジン+トランスミッション、イギリス製の武装+装甲板をフランスに新たに建設する工場で組み立てる予定で、量産開始当初(1918年春)の目標として月産300輌の戦車を生産(1917年の段階でイギリスの戦車生産能力は月産150輌)、これにより少なくとも1500輌の「重戦車」を調達(この数字にはフランス製の FCM 2Cを含む)し、J.F.C.フラー(John Frederick Charles Fuller)の提唱する大規模機械化攻勢、いわゆる「プラン1919」によりドイツ帝国を一気に踏み潰すという、もはやアメリカンを通り越してドリーミーな計画だった(それでもドイツ帝国が降伏しない場合にはさらに工場を拡張し、最終的に月産1200輌まで生産数を増やす計画だったという)。

なお、余談となるがこのフラーという人物、ドイツ軍が用いた「電撃戦」の基礎となる機械化戦闘の概念を提唱した人物として知られているが、19世紀末に有名な魔術師、アレスター・クロウリーの弟子になっていたり、戦間期はオズワルト・モーズリー率いる英国ファシスト党に参加していたり、かなりエキセントリックな人物だったようだ。

どう考えてもこんなもん絶対に間に合わないし、そもそも「アメリカ製のエンジン」って言ったって、戦車生産経験のないアメリカに戦車用のエンジンなんてあるのかよ、と思ったら第一次大戦参戦でテンション上がりまくってたアメリカ軍は1917年5月、民間エンジン設計士2人(パッカードの Jesse G. Vincent と ホール・スコット・モーターカーの Elbert J. Hall)を呼び出すと、「世界トップクラスのエンジン設計完了するまで家に帰さない」とホテルに缶詰にするというまさかのデスマーチ進行でわずか5日で排気量27リットル400馬力の新型エンジンの設計を成し遂げていた。まじかよ。

こうして開発された航空機用V型水冷12気筒エンジンリバティ L-12 (Liberty L-12)は出力重量比に優れ、第一次大戦中のアメリカ製航空機に搭載された。さらに重戦車マーク8のエンジンとしても問題ないことが確認され、嬉しさのあまりマーク8戦車はアメリカではエンジンの名前を取って「リバティ戦車」の名前で呼ばれることとなった(このエンジンは後にイギリス巡航戦車クルセイダーにも搭載されている。また、ソビエトのBT-5のエンジンМ-5はリバティ L-12のコピーである)。

やればできるもんだ。この勢いなら気合と根性でリバティ戦車の千輌や二千輌ぐらいなんとかなるだろう、と思ったが、やっぱりなんとかならなかった。というか、すでに3年も戦争しているヨーロッパの国々はもうヘトヘトで、アメリカのノリで量産を進めるなんてできるはずもなかった。
勢いでマーク8の装甲板をドンドコ作ると宣言したイギリスだったが、テスト用の車体がアメリカに到着したのが1918年の7月。早くも「春から量産開始」なんて楽観的目論見はどっかに消えた。やっぱりマーク5作るのが忙しくってマーク8の試作車体作ってる暇がなかったんだな。
アメリカ軍がこの試作車両にリバティエンジンなどを積み込んで組み立て完了したのが9月28日。
いろいろ調整して10月31日に車両のテストを開始したが、翌11月の11日に第一次大戦は停戦となった。
そもそもフランスに新しく建築された組み立て工場が完成したのが1918年11月だったので、テストなしで戦場に放り込んだとしても、やっぱり数を揃えることはできなかっただろう。

第一次大戦に間に合わなかったリバティ戦車だったが、アメリカは一応100輌を生産することとし、イギリスから100輌分の車体を購入し自国で組み立てている。評価用にこんな大量に購入する必要はないと思うので、完成分は引き取るという契約的なものがあったのかもしれない。
また、イギリスも一応マーク8を生産してみることとして、ロールスロイスのエンジンを積んだ軟鉄製試作車両約30輌が完成したが5輌がボービントンの戦車試験センターに送られた以外は全てがスクラップとしてそのまま売却された。よって、イギリス軍はマーク8を部隊配備したことはない。

アメリカで完成したリバティ戦車は第67歩兵(戦車)連隊(67th Infantry (Tank) Regiment、現在は第67機甲連隊となっている)という、変な名前の部隊に集中配備された。
原型でオチキス機銃を7丁積んでいたのがやっぱり多すぎるのでブローニング機銃5丁に減らしたり、いろいろいじってみたものの、基本的には菱形戦車の拡大版なのでやっぱりリバティ戦車も信頼性が低く居住性が悪かったという。そのため、リバティ戦車は1932年から段階的に廃止され、1934年に全車が予備となった。
なお、一部の資料にはこれらの車両がカナダ軍へ売却されたと書かれているが実際には売却のオファーは断られており、カナダ軍がマーク8を装備したことはないそうだ。

それではこの忘れられたデカ戦車、MARK VIII "LIBERTY "の姿をGPM公式ページの完成見本写真で見てみよう。

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まだ履帯を履いていないが、キットの雰囲気のわかる写真。
うーん、デカい。
このキットのデザイナー、MICHAŁ RAFALSKI氏はいつも作例をフルディティールアップしちゃうんで、この後に塗装してしまうともうキットがどんな構成だかわからなくなる。

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ほらね。

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展開図と組み立て説明書のサンプル。
スポンソンに書かれたフジツボが煙吹き出してるみたいなエンブレムはこの戦車が配備された第67歩兵(戦車)連隊のもので、第一次大戦で地雷により車両の損害が大きかった事を戒めるために火山の噴火をエンブレムにしたという記述を見つけた。ほんまかいな。
なお、このキットはA3版でのリリースだが、A3でも車体側面は斜めにレイアウトしないと収まらないというのが素晴らしい。

少数生産に終わったマーク8だが、見た目が強烈なのが幸いしたのか3輌が現存している。
・イギリスのボービントン戦車博物館
 これはおそらく軟鉄製車体だろう。
・メリーランド州フォート・ミード
 第301重戦車大隊(後に第17重戦車大隊に改称)に配備されていた車両で、この部隊は1921年から22年まで、後にアメリカ大統領となるドワイト・D・アイゼンハワー少佐が指揮していた
・メリーランド州アバディーンの陸軍兵器博物館
 この車両は屋外展示のために状態が悪く、かなり錆が進行していたが現在はジョージア州フォート・ベニングの国立装甲騎兵隊博物館に移され、修復が行われている。

なお、映画「インディ・ジョーンズ/最後の聖戦」にマーク8っぽい戦車(マーク8と違い、旋回砲塔を装備している)が登場するが、あれはマーク8を参考にしてパワーショベルを元に製作したオリジナル車両だとのこと。


GPMからリリースされた米英共同 重戦車 MARK VIII "LIBERTY "は陸モノ標準スケール25分の1で完成全長堂々の42センチ。難易度は意外にも控えめに3段階評価の「2」(普通)、そして定価は100ポーランドズロチ(約3300円)となっている。また、レーザーカット済のディティールアップパーツ、及び芯材用厚紙がセットとなった「小セット」が200ズロチ(約6700円)、さらにレーザー彫刻済履帯がセットになった「大セット」が300ズロチ(約1万円)で同時リリースとなっている。
こういう薄らデカい戦車ファンのモデラーなら、OrlikK-WagenModelikFCM 2Cと並べてみようと企んで作業台の上が収拾つかなくなるのもいいだろう。

画像はGPM公式サイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。



参考ページ:
https://en.wikipedia.org/wiki/Mark_VIII_tank
https://ja.wikipedia.org/wiki/マーク_I_戦車
https://ja.wikipedia.org/wiki/マーク_IV_戦車
https://ja.wikipedia.org/wiki/マーク_V_戦車



おまけ。全然関係ないけどマーク8の写真捜してたら出てきた写真。

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Wikipediaからの引用で、「ワシントンD.C. キー・ブリッジを背景にした戦車」。撮影は1921年~1923年。
詳しい情報がなにもないので正体不明。なんだこれ。みんな笑てるがな。
写真タイトルの「戦車」ってのは、後ろのマーク8のことなのか、それとも手前の変な車のことなのか。
あと、左から三番目の顎がガッチリした右向きの人物はパーシング将軍

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GPM 米英共同 重戦車 MARK VIII "LIBERTY " 前編

去年の秋から続く歯の治療がやっと終わったと思ったら続けて次の歯の治療が始まって、まだしばらくは歯医者通いが続きそうな筆者のお送りする世界のカードモデル情報。本日紹介するのはポーランドの老舗、GPM社からリリースされた新キット、米英共同 重戦車 MARK VIII "LIBERTY "だ。

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やったぜ☆デカ戦車。
その薄らデカい図体で存在感はあるものの、存在感以外の価値は特にないためにこれまでキットに恵まれていなかったMARK VIII戦車がついにカードモデルに登場だ。
マーク8戦車(イギリス軍のマーク○表示は本来ローマ数字なのだが、I とか V とかたくさん書いてるうちに訳わからなくなりそうなので以降アラビア数字で表記)はその名前とパッと見で分かる通り、マーク1~マーク4までの菱形戦車のいわばメガ進化車両である。

1916年9月15日のソンムの戦いに始めて投入され、敵陣突破を成し遂げる力があることを証明したマーク1菱形戦車だったが、なにしろ世界で初めて実戦投入された戦車なのでトラブルも多く、初陣では60輌が投入される予定がそもそも11輌は故障で戦場へ辿り着けず、到着した49輌もほとんどが起動に失敗して出発できたのがたった18輌、それらも次々に故障で脱落して敵陣に到達できたのはわずか5輌という惨憺たる結果であった。

いくら新兵器が強力でも1割も敵陣に到着しないんじゃ話にならないんで、この状態をなんとかすべく機構を改善、さらにドイツ軍が野砲の水平撃ちで戦車に抵抗するようになったので装甲も強化し、菱形戦車はマーク2、マーク3と次々に改良型が登場する。
ちなみに菱形戦車には機銃装備の「雌型(female)」と6ポンド砲装備の「雄型(male)」があったが、雄型の6ポンド砲は砲員の配置の都合で正面へは車内から見て右側の1門しか指向できなかったそうだ。
あと、菱形戦車のカードモデルは以前にMODELIKからキットがリリースされていたが、現在はカタログ落ちしており入手は困難。また、このキットは古いModel Card時代の手書き展開図のデジタル改修版である。どうしても菱形戦車を手元に置きたいモデラーはタミヤ模型のプラモデル、マーク4を組み立てて、モータライズ走行するのを追いかけキャッキャウフフするのもいいだろう。

そのマーク4だが、当初の計画では車内の機構が一新される予定で、さらにその次のマーク5では外観まで進化した「スーパー菱形戦車」になる予定だったのだが、マーク4の目玉であった新操行システム(それまでの左右独立したエンジンを車長の指示でそれぞれのメカニックが操作するのではなく、1人操縦士が単一のエンジンからつながるトランスミッションを操作する)の開発が遅れ、マーク4は結局「ちょっとすごいマーク3」ぐらいにとどまり、「マーク5」の名称はこの新操行システムを搭載した戦車に割り振られ、玉突き式にスーパー菱形戦車は「マーク6」となった。

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Wikipediaからの引用で、マーク6戦車のモックアップ。
側面スポンソンは廃止され、車体前面に6ポンド砲を装備。車体上部には車長の視界を確保するための背が高い固定銃塔が設けられ、車体側面にも機銃を装備している。
どうも見た感じそれまでの菱形戦車よりもコンパクトにまとめようとしているようだ。

前述の通りマーク6はそれまでの菱形戦車から一新された車体デザインを狙っていたが、よく考えたらちょっと性能上げるために現在生産中のマーク5の生産設備を破棄するわけにはいかず、前線からの矢の催促に応えるためイギリスはマーク6の試作に向けられるリソースも全部マーク5の生産にぶっこんでしまったのでマーク6の開発は中断となっていた。

1917年4月、アメリカが第一次大戦に参戦する。
当時、アメリカはまだ本格的な戦争準備ができていなかったので兵器の保有数が絶望的に不足していたが、その工業力には目を見張るものがあった。
そこで、イギリスはアメリカの工業力でマーク6戦車をバンバン増産してもらって、一部をイギリス軍にもわけてもらうことを思いつく。アメリカでマーク6を新たに生産するのなら、イギリスでマーク5生産が停滞することもないという目論見だ。なるほど。

ところがマーク6の設計図を見せられたアメリカ軍関係者はあまりいい反応を示さなかったという。
どうやら、どうせ工場を建てて新型戦車を生産するのなら、思い切ってもっとパワーアップした超超ウルトラスーパーデラックス菱形戦車にしたほうがいいんじゃね? ということらしい。さすがアメリカ人の言うことは大味である。
アメリカ側からの、もっと車体も長く! デカく! 機銃も一杯! 乗員も一杯! といったアメリカンサイズな要望を聞かされているうちにどんどん仕様は巨大化して、最終的には長さ10.4メートル(マーク4:8メートル)、重さ38トン(マーク4:32トン)、乗員12人(マーク4:8人)、武装は6ポンド砲2門+機銃7丁(マーク4雄型:6ポンド砲2門+機銃3丁)、この車体を300馬力エンジンが時速8キロで走らせる(マーク4:100馬力時速6キロ)という、ド級の超絶スーパー戦車仕様が出来上がっていた。このように詳しい担当者がいない所でなんか勝手に話がデカくなっているのを専門用語で「顧客が本当に必要だったもの現象」という。

このアメリカンなノリに引きずられてノリノリになってしまったイギリス側はこの仕様を「マーク8」と名付ける(マーク7は液圧式の新規操行機構を想定していたが、やっぱり開発がうまくいかずに少数の試作に終わった)。
ついでに勢いでマーク6の資料は全部ゴミ箱にぶち込んだのでマーク6は図面さえ残されていない。

いつの間にか「アメリカで戦車をいっぱい生産してイギリス軍にも供与してもらう」という基本コンセプトも忘れられ、マーク8はアメリカでエンジン、トランスミッションを生産、イギリスで装甲板、武装を生産、最終組立をフランスで行うことになった(この国際性のためにマーク8は「インターナショナル」と呼称されることもある)。あー、なるほど、フランスで組み立てればアメリカから完成品を船積みしてフランスで陸揚げするための港湾能力を考慮しなくていいからね。
でもイギリスで新型戦車の装甲板作ったら、そのためにマーク5の装甲板生産が止まるでしょ、という件はどうなったんだ?
(後編に続く)



キット表紙画像はGPM公式サイトからの引用。

参考ページは後編にまとめて掲載予定。

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WAK ドイツ空軍計画戦闘機 ハインケル P.1078C

土曜の昼に治療した奥歯が割と本気で痛む筆者のお送りする世界の最新カードモデル情報。
今回の記事は前回記事に含めようとしたら、どうしようもなくとっ散らかって収集つかなくなったんで分離したもの。

前回最後の方で触れたように、1945年初頭にドイツ空軍はさらに高性能化するアメリカ軍重爆撃を撃墜できるぐらい高性能で簡単に作れて新兵でも操縦できる牛丼みたいな戦闘機を調達する『第1回 ドイツ空軍!! チキチキ B-29を撃墜できる高性能緊急戦闘機大募集』(略して『緊急戦闘機計画 45』)を開催する。なお、計画の名称は44年の「緊急戦闘機計画」(He 162"ザラマンダー"が採用された)と区別するために筆者が暫定的に付けた呼称であり、一般的なものではない。

この「緊急戦闘機計画 45」にははっきりしているだけでもブローム・ウント・フォス、ハインケル、ユンカース、メッサーシュミット、フォッケウルフの5社が応募しており、無茶な要求に応えるためにそれぞれ雲の彼方へ突き抜けた感じのデザインを提出してる。
この中で、ブローム・ウント・フォスの案、P 212は前回の記事内で紹介しているが、もう一つハインケル案のP 1078Cが昨年末にポーランドWAK社よりリリースされているので紹介しよう。

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やったぜ、P-80シューティングスターを撃墜! という活躍想像図の表紙。
He 162で44年の緊急戦闘機グランプリを獲得をしたハインケルだったが、45年計画には「ズーパー・ザラマンダー」ではなく、全くの新規案での募集となった。
残念ながら完成見本写真はないので、組み立て説明書でP 1078Cのおおまかな形状を把握しよう。

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表紙絵では角度の都合で2段後退翼にも見えるが、実際の翼の形は平面形が一直線で外翼に強い下半角がつけられており、この外翼をもって無尾翼機で不足する水平安定性を確保しようという意図だと思われる。ジェット機はプロペラを地上にぶつける恐れがないので地上クリアランスを短くできるという利点があるのだが、それにしても地上姿勢で尻が地面に近すぎやしないか、これ。ヘタなパイロットが引き起こしをミスったら、すぐに尻か翼端を地面に擦りそうだ。

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展開図見本。テクスチャは軽い汚しの入ったタイプ。もともとの形状が単純なこともあり、あまり細かい部品もなく作りやすそうな展開図だ。でもスキンがピッタリ合わなかった時に備えて、ノリシロにも色塗って欲しかったな。
当然試作もされていない機体なのでマーキング類は全て架空のものだが、機種の盾形のマーキングは蚤(ノミ)が尻から煙を吹き出して飛んでいる意匠で、黒い部分に”Wie ein Floh Aber Oho!”(ノミっぽいけど、なんと!)と書かれている。
これは史実でロケット戦闘機Me 163を装備していた第400戦闘隊(Jagdgeschwader 400)第1中隊の部隊マーキングなので、この中隊がハインケル P 1078を受領して機種転換したという設定なのだろう。

なおハインケルP 1078"C"という名称だが、これはAが試作型、Bが先行量産型ってわけではなくて、ハインケル社内で緊急戦闘機計画45に向けて設計案を検討した時の3案の中でこのスタイルが3番目だったよ、という程度の意味である。
せっかくなので他2案についても紹介しておくと、まずは通常形式のP 1078A。

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Wikipediaからの引用(この項、以下の画像全て同じ)で、シュパイアー技術博物館収蔵品のP 1078A模型。
なんというか、「ふーん」という感じで特に感想の沸かないデザインである。これ、外翼の下半角は必要なんだろうか。
ジェット単発機共通の問題、「尻が燃える」が解決できてるように見えないし、なんだか「作ってみました」という感じで、社内でもいまいちと感じたのか空軍提出前に没となった。

それに対して、思い切って振り切ってしまったのがP 1078B。

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どうやら(Wikiopediaへの)投稿者自身のスクラッチ作品らしいP 1078Bの模型。
左右非対称+無尾翼というとってもアバンギャルドな機体でリヒャルト・フォークト博士へのリスペクトを感じさせる。
機内から見て左側の胴体にコクピット、右側の胴体に機銃が入っていて、エンジンはその間に位置する。この発想はなかったわ。だがこれ、どういう利点があるんだろう。
よく考えたら操縦席から右側の視界がないじゃないか、ということに気がついてボツ。

ハインケルは残ったP 1078Cを提出してみたものの、Wikipediaによると「設計対象に厳しい批判を受けた」(詳細不明:筆者)ためにP 1078はボツとなって終わった。

ついでに残りのメーカーの案を紹介しておくと、

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ユンカース案のEF 128は無尾翼機だが、水平安定性のために垂直尾翼がぶっ刺してある。

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なぜか手書きのメッサーシュミット案P 1110は、一見、V字尾翼以外はまともに見せておいてコクピットの後ろに胴体全周に渡るエアインテイクがあるというこれまた意図のよくわからないデザイン(高速化のためにインテイクの出っ張りを最小化したかったらしい)。急旋回して負荷かけたらそこからポッキリいきそうだ。

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最後のフォッケウルフ案Ta 183は尾翼を高い位置に上げることで排熱の問題をクリアしている。なんだ、こうすりゃ良かったんじゃないか。ただし、このレイアウトだと仰角かけた時の失速特性が悪化するそうなので、その対策は別に必要だっただろう、とのこと。

最終的にドイツ空軍はTa 183が最も優れている、という見たまんまな結論に達し、緊急戦闘機計画 45の勝者として試作を命じた(なので、他の機体はプロジェクト番号だが、"Ta 183"だけは制式番号である)が1機も完成しないうちに戦争が終わった。
緊急戦闘機計画 45の案はどの機体もエンジンが胴体埋め込みだが、もう整備性なんか無視しないとB-29の撃墜はおぼつかないということなのだろう。
結局、B-29を余裕で撃墜するにはMiG-15の登場を待たなければならなかった。

WAKからリリースされたドイツ空軍計画戦闘機 ハインケル P.1078Cは空モノ標準スケール33分の1で完成全幅約28センチという小柄な機体。難易度は5段階評価の2(易しい)、定価は18ズロチ(約600円)とお手軽設定となっている。
ドイツ架空機ファンのモデラーなら、MODELIKのBv P 210、OrlikのBv P 208も一緒に揃え、机上で1946年ドイツ防空戦闘隊を結成するのもおもしろいだろう。

キットの写真はWAK社ショップサイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。



参考ページ:
https://ja.wikipedia.org/wiki/ハインケル_P.1078
また、デルタ出版社の書籍「ミリタリー エアクラフト」誌1995年11月 ドイツ空軍計画機特集号も参考とさせていただいた。

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GPM フランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 " 後編

今年は庭の果樹がどれも不作(特に柿、ミカンが全滅状態)でションボリしている筆者のお送りする世界の最新カードモデル情報。今回は前回に続きポーランドの老舗、GPM社からリリースされた新キット、フランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 "の紹介。

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とは言っても、前回にあらかた重要なところは紹介してしまったので、今回は主に第一次大戦後についての補足だ。
MLE 1917は扱いやすかったために大戦後半の短い期間に約3000門が製造された(1915からの改造分を含む)。
重砲ってのは大抵の国ではなかなか更新されないものなので、フランスでは第二次大戦勃発時にも約2000門のMLE 1917が編成に残っていたが、いくら第一次大戦の優秀火砲でも、観測機による着弾観測と組み合わせることを前提に火砲の射程が伸びた第二次大戦ではMLE 1917の最大射程11キロは見劣りしたし(ドイツ軍の装備してた15センチ榴弾砲 sFH 18 の射程が約13キロ)、そもそもドイツ軍の電撃戦でフランス軍砲兵隊はウロウロしているだけで戦争に負けてしまったので、MLE 1917は多数がドイツ軍の手に落ちた(具体的な数は不明)。

ドイツ軍ではこれらを15.5 cm sFH 414(f)として再整備したが、さすがに最前線で使うわけにはいかず同盟枢軸軍に供与(少なくともフィンランドに166門、ルーマニアにも一定数を供与している)したり大西洋防壁で連合軍の侵攻を待ち受けるのに使用した。また、フランス防衛の任に当たっていた二線級部隊のうちいくつかの師団(第331、第709、第711、第716)では砲兵連隊もこの砲を装備していたようだ。

MLE 1917は他にも多数の国に供与されたり販売されたりしたために、ドイツ軍ではポーランド軍から鹵獲した15.5 cm sFH 17(p)とか、ベルギー軍から鹵獲した15.5 cm sFH 413(b)とか、ユーゴスラビアから鹵獲した15.5cm H 427(j)とか、イタリア軍がギリシャから鹵獲した砲をイタリア降伏の時に接収した15.5 cm sFH 414(i)とかがあって、そりゃもう大変カオスなことになっていた。しかし、よく考えたらこれらって基本的に同じもんなんだから、わざわざ律儀に区別する必要あったんだろうか。なおポーランドはMLE 1917を自国でライセンス生産しており、第二次大戦勃発時は340門のMLE 1917がポーランド軍野戦重砲の全てであった。

他に、変わったところではロシア帝国軍が第一大戦中にフランスから供与されたMLE 1917に、自国で使っている152ミリ砲の砲弾を撃てるように内筒を入れた152ミリ口径のMLE 1917を保有しているという情報があり、ドイツ軍は15.2 cm sFH 449(r)という名称を先に準備していたのに実際にはこの名称を与えられた鹵獲火砲はなかったようだ。これが、152ミリMLE 1917という火砲そのもの存在しなかったのか、それとも存在はしていたが鹵獲されずに破壊されてしまっただけなのかはよくわからない。ちなみにソビエト軍は1939年9月のポーランド侵攻でも100門以上のMLE 1917を鹵獲しているようだが、これもどこへ行ってしまったのか不明だ。ソビエト軍って大砲が大好きな割に、接収したり鹵獲したりした火砲が全然使われた形跡がないのはなぜなのか。

第一次大戦でフランス軍に次いでMLE 1917を多数運用したのは意外にもアメリカ軍で、アメリカ軍は第一次大戦参戦時に装備していたM1908 152mm榴弾砲(6インチ)が、最大仰角40度で砲弾が6キロしか飛ばないというヤバヤバ性能だったので訓練にしか使用できず、フランスからMLE 1917をなんと1500門も購入し自軍に配備した。と、Wikipediaに書いてあるが、前述の通りMLE 1917の生産が3000門で1500門を米軍に供与したら第二次大戦勃発時にフランス軍が2000門を保有しているはずがないので、どっかでなにか間違っているようだ(後述のライセンス生産分が1500門に含まれるのかもしれない)。
インチ・ヤード法を頑なに守る米軍だが、このMLE 1917とGPF 155mmカノン砲の2種類の155ミリ砲だけはやたらと気に入ったようで、その後も155ミリ砲だけはメートル法で、キリがいい数字のままになっている。

アメリカ軍はMLE 1917があまりに気に入ったもんだから、さらに56万ドルでライセンス権を購入して自国で生産を開始したが、このM1918-155ミリ榴弾砲は防盾が一枚板になり、車輪がゴムタイヤになるなどの変更が加えられている。

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Wikipediaからの引用で、”155ミリ砲に仰角をかけるJames.B.Aets軍曹と、照準を定めるCharles J. Hines伍長”。米国立公文書館所蔵。防盾が平面になってゴムタイヤ履いただけでぐっと近代的な見た目になっていることがわかる。軍曹と伍長2人だけで重砲を運用することはないだろうから、たぶん宣伝用の演技だろう。

せっかくライセンス生産まで始めた155ミリ砲だったが、終戦のためにM1918の生産は626門で終了したので結果的にはかなり高くついたことになる。
なお、米軍が第一次大戦で最後に発射した砲弾は第11野戦砲兵連隊に配備された、”カラミティ・ジェーン”と愛称のつけられたMLE 1917だったそうだ。
米軍は1941年に後継となるM1 155mm榴弾砲を開発しており、戦場にはこちらの新型砲を持ち込んだので、おそらく第二次大戦ではM1918とMLE 1917はアメリカ国内での訓練にのみ使用されたものと思われる。

GPMからリリースされたフランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 "は完成全長約30センチ。難易度は3段階評価の「2」(普通)だが、火砲キットは細かい工作が多いのでこれは「火砲としては普通」ぐらいの意味で受け取ったほうがいいだろう。そして定価は50ポーランドズロチ(約1700円)、レーザーカット済のパーツが同梱された「コンプリート版」は80ズロチ(約2700円)となっている。
あまりキット化されることのない第一次大戦火砲なので、この時代の火砲ファンのモデラーなら、このキットを見逃すべきではないだろう。

キット表紙画像はGPM公式サイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。



参考ページ:
https://ja.wikipedia.org/wiki/シュナイダーM1917C_155mm榴弾砲
英語、フランス語、ポーランド語、ロシア語など各国版を参考とした。

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GPM フランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 " 前編

今週は台風で土日出勤が不可能だったので更新。
先日トイレのタンクがパッキンの劣化で水が全然貯まらなくなってしまい、修理できないかといじっているうちにフィルター栓をすっこ抜いてしまいトイレを水浸しにした筆者のお送りする世界のカードモデル情報。今回紹介するのはポーランドの老舗、GPM社からリリースされた新キット、フランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 "だ。ちなみに水漏れは取り寄せたダイヤフラムで交換したら治りました。

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表紙絵は"SANKO_"のサインでおなじみ、以前はMODELIKの表紙を手掛けていたWojciech Sankowski氏。氏の描く表紙絵はいつも兵士がヘニャっとしているのがチャームポイント。今回もなんか不思議な帽子を被った砲兵3人が榴弾砲の準備をしているが、いったい何軍の兵士なんだ君等は。左側の兵士が被っているのが,ポーランド軍特有の四角形の野戦帽「ロガティフカ」に見えなくもないので、ポーランド軍砲兵かもしれないが、気のせいなような気もしてきたのでやっぱり違うかも知れない。あと、右側の兵士はなんかお腹痛いみたいだ。そもそも、砲身が一杯に下がってる割に砲煙がほとんどないから、これ発射体勢に入ってないんじゃないだろうか。

名前でわかるように、この砲はフランスのシュナイダー社が開発した火砲である。
「シュナイダー」という名前はあからさまにドイツ風だが、それもそのはず創業者のシュナイダー兄弟はドイツ系フランス人であった。なので、正しくは社名もフランス風に「シュネデール社」と表記すべきだが、ミリタリー界隈では伝統的に「シュナイダー(もしくは”スナイダー”)」表記なのでここでもドイツ風で通そう。ちなみに幕末期の日本の小銃で「スナイドル銃」というのがあるが、あれは前装銃の機関部を切り取って、代わりにスナイドル式後装機関部を継ぎ足した魔改造銃の通称で、この「スナイドル式」はアメリカ人のジェイコブ・スナイダー(Jacob Snider)という人が考案したものなのでシュナイダー社とはなんの関係もない。あと、ルーシェくんの体に封印されてる破壊神のアイツも関係ない。

スナイダーは1910年にロシア帝国の依頼により152ミリ榴弾砲というのを設計しており(実際の製造はロシアのプチロフ兵器廠で行われた)、この155ミリ榴弾砲は基本的にその拡大版であるが、資料では第一次大戦が始まってスナイダーが自発的に開発を行ったとも、フランス陸軍の依頼で開発したともとれるので実際のところどうだったのかはよくわからなかった。

新しい"155ミリMLE 1915"は砲員を守る防盾、箱型砲架、木製スポーク車輪、と極めて普通の設計で特筆すべき特徴はなかったが、性能は優れていた。なにしろ、それ以前にフランス軍が装備していたのはシャルル・ラゴン・ド・バンジュという人が1877年に設計した155mm砲で、一応この砲も、もともと駐退機もない砲架に載せられていたのをシュナイダー社が新しい砲架(新155ミリ砲と同じもの)に載せかえて近代化はしていたものの、野戦重砲で重量6トンはあまりにも重く陣地変換は重労働だった。新たな火砲は重量3.3トンしかなかったので、砲兵達は喜んだだろう。
射程は約11キロ(狙った所に落とせる有効射程は8キロ程度)で、これは第二次大戦の火砲に比べるとあまりにも短く思えるが、まだ航空機での着弾観測のできなかった第一次大戦当時では十分な性能だった。実際、敵対したドイツ軍が装備していた標準的な野戦重砲の15cm sFH 13は最大射程が約9キロしかなかったので、アウトレンジからボコボコ砲弾を放り込むことができた。

しかし、第一次大戦勃発直後に設計された155ミリMLE 1915は、戦争がとんでもない消耗戦になるとわかる前に設計された砲だったので、装薬が真鍮製の金属カートリッジに入れられており(砲弾と一体の薬莢式ではない)、1発ごとのコストが高くつくという欠点があった。
そのため、装薬を布バッグにすることとなったが、金属カートリッジってのは柔らかい金属が広がって砲尾を塞いで閉塞する役割もあるんで、普通に布バッグの装薬を放り込んだんでは1発ごとに爆風が砲尾から吹き出して砲員がアチチとなってしまう。
そこで、フランス軍は同じ口径のGPF 155mmカノン砲の砲尾を取り付けることとし、これがMLE 1917として採用される。砲尾の変更のため、1917は1915よりも連射速度に劣ったが真鍮カートリッジがもったいなくてケチケチしながら撃つ必要がなくなったので既存の1915も順次1917へと改造された。

それではSCHNEIDER 155C MLE 1917の姿をGPM公式ページの完成見本写真で見てみよう。

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なんというか、とっても普通の火砲だ。仰角が取りづらいとされる箱型砲架はこの後廃れて開脚砲架が主流になっていくので、この砲やソビエト軍の203ミリ重榴弾砲が箱型砲架の最終形態ということになる(MLE 1917は箱型砲架だが42度まで仰角を取れた)。
車輪を避けるために湾曲した防盾にも要注目だ。比較的近い距離で撃ち合う第一次大戦の野砲では敵砲兵の反撃で撃ち込まれる砲弾の破片から砲を守るため、榴弾砲でも防盾が必要だった。

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移動のために砲身をさげた状態。この後さらに砲架の末尾に2輪のリンバー(キットには含まれないようだ)を咬ませ、8頭の馬で牽引する。トラクターで牽引する場合は動揺や釣り合いに馬匹ほど気をつかわないでいいので、リンバーを入れずにそのまま牽引することも可能だった。

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火砲キットの難所にして見どころ、各部のメカのディティール。細かい工作が要求されるところだが、じっくりと取り組みたい。
(後編に続く)


画像はGPM公式ページから引用。

参考ページは後編にまとめて掲載予定。

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