FC2ブログ

カードモデルで辿るリヒャルト・フォークト博士の軌跡 その4

年末まで缶詰のつもりだったのが、働き方改革のおかげで休日出勤残業がホイホイできなくなって無事に休みが取れた筆者のお送りする世界のカードモデル情報。

偵察飛行艇 BV 138 の成功で一息ついたブローム・ウント・フォスと設計士のリヒャルト・フォークトだったが、この機の開発で「やっぱりわしらには飛行艇しかないんじゃ」と思ったのか、BV 138と並行してルフトハンザ航空が欲しがっていた「船上のカタパルトから発信可能な長距離飛行艇」という、よくわからないものの開発も開始していた。

海軍の哨戒用ならともかく、ルフトハンザはこれをどういう風に運用するつもりだったのかはよくわからない。快速の船に積んで大西洋を途中まで横断して航続距離ギリギリで飛行艇が発進、船便よりちょっと早く到着しますよ的なサービスでも考えていたのだろうか。
とにかく、この仕様を満たすためにフォークトがデザインした Ha 139 は、フロートを着けた4発機という他にないスタイルの機体となった。

Blohm__Voss_Ha_139_D-ASTA_(15083534828).jpg

Wikipediaからの引用で、水上のHa 139。すごい変じゃないんだけど、やっぱりなんか変。
とりあえずフロートの強度のためと思われるが主翼が逆ガル翼になっているのに注目。フォークトは必要とあらば、すぐに翼を折り曲げる。これ、位置が下がってる内側エンジンが滑水の時に飛沫を浴びそうだけど大丈夫なんだろうか。ちなみにフロート付きの水上機としては、現在に至るまでHa 139が最大の機体である。

試作機3機を試験運用してみたところHa 139の性能はなかなか良好だったようだが、まぁ大量に必要になるような機体でもないし、特殊な用途のために設計されているために飛行機としての性能はそれほどでもなく生産はこの3機で終わった。
生産された3機のHa 139は無事故で南米とアフリカの間で大西洋横断を100回ほどなしとげた後、大戦の勃発で徴用され観測員席を増設するために機首が改修されているが、試作機なんでじきにスペアパーツがなくなり運用は終了、スクラップとなった。
また、同じくルフトハンザのためにHa 139のフロートを車輪に換装した陸上機型のBV 142も4機生産され第二次大戦勃発で徴用されているが、最高速度が時速375キロという鈍足で、早々と戦線からは引き上げられている。

この巨人水上機という妙なカテゴリのHa 139、つい最近ドイツのブランドReimers Modellbaubogenからキットが発売されている。

image_20191020115708989.jpg

画像はReimers Modellbaubogen公式ページからの引用。残念ながら画像がこの表紙写真1枚しかないのでキットについてはあまり書くことがない。
ちなみに表紙の"Nordstern"(北方の星)というのは試作3号機、登録記号 D-ASTA のパーソナルネーム。ちなみに他の2機は1号機が D-AMIE "Nordmeer "(北海)、2号機が D-AJEY "Nordwind"(北風)であった。
価格は29,80ユーロ(約3500円)。スケールは50分の1と小さめだが、それでも完成全幅約59センチもある。この大きさの機体がカタパルト射出されている表紙左下の写真にも要注目だ。

ブローム・ウント・フォスはしばらく水上機でやっていくことに決めたのか、Ha 140という下駄履きの水上雷撃機なんかも設計したが、似たような機体のハインケルHe 115とのトライアルに破れ、これも試作3機に終わっている。

Blohm__Voss_Ha_140_(15083353609).jpg

Wikipediaからの引用でHa 140。
なんというか、まぁ、パッとしない普通の飛行機だ。パッとしないんでキットも出ていない。

そんなわけでBV 138が小ヒットした他はブローム・ウント・フォスの水上機はどれもこれも試作に終わって、「『ブローム・ウント・フォス水上機大作戦』は今回で終わりです。リヒャルト・フォークト博士の次回作にご期待ください」という感じだったが、その次回作がとんでもなかったことでB&Vとフォークトは航空史にその名を留めることとなる。

1937年、ドイツ空軍は「良好な視界を有する3座単発の近距離偵察機」という仕様で新型偵察機の調達を決定する。これをスツーカ急降下爆撃機と組み合わせ、敵地上軍の切っ先を見つけ次第にボコボコ叩くという戦術で使う予定だったのだろう。
この仕様に沿ってアラド、フォッケウルフの2社が試作を命じられたが、ブローム・ウント・フォスは「うちもやります!」と名乗りを上げて勝手に試作機を開発した。あんた、急降下爆撃機の時もそれやってうまくいかなかったじゃないか……

しばらくして3社3様の試作機が出揃いトライアルが開始されたが、どういうわけかどれもおかしなことになっていた。
まずアラドの提出したAr 198は、胴体下に偵察員用のキャビンがぽっこり飛び出していて、固定脚がなかったらどっちが上だかわかんない感じの楽しいデザインだった
スペック表を見る限りでは、そんなにひどい性能にも見えないのだが「低性能だから」ってことで早々に消えた。考えてみればアラドも変な飛行機ばっか作ってるな。

次に、フォッケ・ウルフが出してきたのはFw 189。これは短い中央胴体と左右のブームで構成される3胴機で、確かにこれなら視界はいいだろう。問題は、「単発偵察機」って言ってるのに、なんでこいつ双発案出してきてんだ、ってことであった。
他にまともな案があれば、「単発って言っただろ!」で即消えなのだがそうはならなかった。残るブローム・ウント・フォスが異形すぎたからだ。
稀代の珍機、左右非対称機 Bv 141の登場である。
(その5へ続く)



参考ページ:
https://ja.wikipedia.org/wiki/Ha_139_(航空機)
その他の参考ページは最終回にまとめて掲載予定。
スポンサーサイト



テーマ : ミリタリー
ジャンル : 趣味・実用

Дом Бумаги イギリス モニター艦 HMS "General Wolfe"・前編

ふとVR動画を見ようと思いたち100円ショップで買ってきたルーペとダンボールで自作したVRゴーグルが、なんだかアステカの神様(「テスカトリポカ」。 リンク先はWikipediaにある大英博物館所蔵の翡翠のマスク。ちょっと怖めの画像なんで一応閲覧注意)みたいになった筆者のお送りする世界のカードモデル最新情報。
ちなみに自作ゴーグルはこんなの。

IMG_1223.jpg

最初こそプリントアウトしたGoogleのダンボールゴーグルを作ろうとしていたものの、途中から購入したルーペと自分のスマホ(手帳型カバー付き)に合わせてに作り直してるうちにこんな姿に。ちなみにVR動画はちゃんと見られました。

さて、今回紹介するのはウクライナの「Дом Бумаги」からの新商品、イギリス モニター艦 HMS "General Wolfe"だ。

1340327129_w640_h640_38600749_213854645951017_3219846349411319808_o.jpg

よく見たらキット表紙に「01-2018」と書いてあるから、これたぶん去年の年始にリリースされたキットなんだと思うのだが、細かいことを気にしてはいけない。なにしろДом Бумаги(「ドン・ブマギ」。直訳すると「紙の家」)はしばらく紹介してないな、と思ったらなんと驚き2010年10月以来の登場だ。
もちろん、ドンブマがその間なにも出していなかったわけではなく、戦艦「長門」、重巡「高雄」、空母「加賀」など、寡作ながらも素晴らしいクオリティのキットをリリースしているのだが、いかんせんキットの画像が表紙一枚しかなかったり、公式ページがいまいち見づらかったり、さらに公式ページが行方不明になったり、また戻ってきたり、当ブログが変なモンばっかり紹介してるんでメジャーアイテムは後回しになっていたり、などの理由で全然紹介できていなかった。

久々に紹介する今回のキット、表紙画像で見るとなんか眠いときに書いた落書きみたいな艦型だが、別にデフォルメ艦ではなく、こういう形の船である。
なんだか変な形に見えるのは船体と不釣り合いな連装砲塔が前部甲板に乗っているからだが、これはもっと大きな戦艦に載せる砲塔をそのまま載せているから。
イギリス海軍は両大戦を通じ、このような戦艦の主砲塔を積んだ中型船を何種類か就航させているが、その元祖となるアバクロンビー級は、ギリシャ戦艦「サラミス」の主砲塔(35.6センチ連装)を搭載していた。

なんでイギリスの中型船にギリシャ戦艦の砲塔を載せることになったのかと言うと、もともとサラミスは第一次大戦勃発時にドイツで建造中だった戦艦だが、その主砲塔はアメリカのベツレヘム・スチールに発注済だった。
1914年、第一次大戦開戦当初アメリカはまだ中立だったが、この砲塔が到着したらドイツはサラミスを接収して自軍兵力に加えることは十分に予想されたのでイギリスはサラミスの砲塔の配達を中止するようB・スチールに要求した。まぁ、当のイギリスがトルコから発注されて作ってた戦艦を接収してたんで、ドイツも同じことするに違いない、と思ったわけだ。
ちなみにイギリス海軍ではジュトランド沖海戦のころまで「ドイツはサラミスに自国で建造した砲塔を載せて戦力化した」という噂が根強く囁かれていたそうだが、実際には新砲塔を載せようと思ったら砲塔リングだの下部構造だのを一通り作り直すのに新艦建造と同じぐらい手間がかかることがわかって断念されていた。

800px-Greek_battleship_Salamis_illustration.png

1916年、Journal of the United States Artillery誌に掲載されたギリシャ戦艦サラミスの完成予想図。
サラミスはギリシャ最初のド級戦艦になるはずだったが結局完成せず、ギリシャはその後もド級戦艦を保有することはなかった。

なお、ギリシャは戦後に「もう時代遅れになったサラミスいらないから、建艦費の先に払った分を全額返してください」と言ったものの造船所側は「好きで引き渡ししなかったんとちゃうわ」と返還を拒否。最終的に前払金のうち3分の2をギリシャに返還する代わりに造船所は未完成の船体を引き取り、30年代にサラミスはスクラップとなった(日本語版Wikipediaでは造船所が建艦費の支払いを要求したのをギリシャが拒否し、最終的にギリシャ側が3分の2を支払って和解したとされているが、どうも逆らしい)。

そんなわけでイギリスはサラミスの砲塔を輸出しないようにアメリカに要請したが、こうなると作っちゃったサラミス用砲塔と砲身は完全に余剰になってしまう。
さすがに匠の技を持ってしても、「なんということでしょう」余剰になった主砲塔はオシャレなカフェへと、なったりはしないので、最終的には責任とってイギリス海軍が余剰砲塔を買い取ることになった。
で、買い取ったはいいが、この砲塔をどうするのか。普通はこういうのって沿岸砲台に転用しそうなもんだが、当時世界最先端を行き過ぎてちょっとどうかしてたイギリス海軍では、排水量約6千トンの中型船に余剰になった戦艦砲塔1基を載せて「これが20世紀のモニター艦だ!」とぶちあげた。

800px-HMS_Roberts_NARA-45513189.jpg

Wikipediaからの引用(この項表紙画像以外全て同様)で、HMS アバクロンビー。1918年の撮影で、アメリカ国立公文書館の所有する写真。うーん、迫力のかっこ悪さ。

中型船に大口径砲、というアンバランスさでは日本が日清戦争前に建造した松島型防護巡洋艦が約4300トンの船体に単装32センチ砲を搭載していたが、松島型の場合は清国がドイツから購入した装甲艦「定遠」「鎮遠」の装甲をぶち抜くための大口径砲であったのに対し、イギリス海軍はアバクロンビー級モニターを陸軍支援のための艦砲射撃に使用するつもりであった(なので、できるだけ陸に近づくことができるるように喫水も浅く設計されていた)。

イギリス海軍ではどういうわけかこのアイデアが気に入ったようで、アバクロンビー級4隻が完成する前に「もっとモニター艦作ろうぜ!」と言い出した。
とは言っても、もとが余剰砲塔の転用なんで、アバクロンビー・セカンドシーズンを作ろうにも肝心の主砲塔がない。
「どこかにいらない砲塔が落ちてないかなー(チラッチラッ)」と余剰砲塔を探していたら、ちょうど「マジェスティック級」前ド級戦艦が武装を撤去するところだった。このクラスは1895年から1898年までの間に勢いに任せて9隻も建造したものの、スペック的にほぼ日本軍の「三笠」と同等という旧式艦なので艦隊戦には使えずに沿岸警備などに使用されていたのである。

774px-HMS_Caesar.jpg

マジェスティック級戦艦の「HMS シーザー」。撮影時期不明。インペリアル・ウォー・ミュージアム所蔵。
三笠と同時代の船なので雰囲気は似ているが、2本の煙突が左右に並んでいるのが特徴。

そういった経緯でイギリス海軍は持て余していたマジェスティック級戦艦9隻のうち4隻(HMS ハンニバル、HMS マグニフィセント、HMS ビクトリアス、HMS マーズ)を武装撤去して(兵員輸送船や補給船になった。日本語版Wikipediaの「老朽化して退役した」は誤り)「ロード・クライヴ級」モニターが建造されることとなった。
(中編に続く)

キット表紙画像はДом Бумаги公式サイトからの引用。


参考ページは後編にまとめて掲載予定。

テーマ : 趣味と日記
ジャンル : 趣味・実用

展開図公開中
最新記事
カテゴリ
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
プロフィール

のとっちょ

Author:のとっちょ
カードモデル初心者が苦闘するさまをご覧あれ。

検索フォーム
おすすめショップ
リンク(順不同、敬称略)
RSSリンクの表示
QRコード
QRコード
製作進展中