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GPM フランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 " 後編

今年は庭の果樹がどれも不作(特に柿、ミカンが全滅状態)でションボリしている筆者のお送りする世界の最新カードモデル情報。今回は前回に続きポーランドの老舗、GPM社からリリースされた新キット、フランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 "の紹介。

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とは言っても、前回にあらかた重要なところは紹介してしまったので、今回は主に第一次大戦後についての補足だ。
MLE 1917は扱いやすかったために大戦後半の短い期間に約3000門が製造された(1915からの改造分を含む)。
重砲ってのは大抵の国ではなかなか更新されないものなので、フランスでは第二次大戦勃発時にも約2000門のMLE 1917が編成に残っていたが、いくら第一次大戦の優秀火砲でも、観測機による着弾観測と組み合わせることを前提に火砲の射程が伸びた第二次大戦ではMLE 1917の最大射程11キロは見劣りしたし(ドイツ軍の装備してた15センチ榴弾砲 sFH 18 の射程が約13キロ)、そもそもドイツ軍の電撃戦でフランス軍砲兵隊はウロウロしているだけで戦争に負けてしまったので、MLE 1917は多数がドイツ軍の手に落ちた(具体的な数は不明)。

ドイツ軍ではこれらを15.5 cm sFH 414(f)として再整備したが、さすがに最前線で使うわけにはいかず同盟枢軸軍に供与(少なくともフィンランドに166門、ルーマニアにも一定数を供与している)したり大西洋防壁で連合軍の侵攻を待ち受けるのに使用した。また、フランス防衛の任に当たっていた二線級部隊のうちいくつかの師団(第331、第709、第711、第716)では砲兵連隊もこの砲を装備していたようだ。

MLE 1917は他にも多数の国に供与されたり販売されたりしたために、ドイツ軍ではポーランド軍から鹵獲した15.5 cm sFH 17(p)とか、ベルギー軍から鹵獲した15.5 cm sFH 413(b)とか、ユーゴスラビアから鹵獲した15.5cm H 427(j)とか、イタリア軍がギリシャから鹵獲した砲をイタリア降伏の時に接収した15.5 cm sFH 414(i)とかがあって、そりゃもう大変カオスなことになっていた。しかし、よく考えたらこれらって基本的に同じもんなんだから、わざわざ律儀に区別する必要あったんだろうか。なおポーランドはMLE 1917を自国でライセンス生産しており、第二次大戦勃発時は340門のMLE 1917がポーランド軍野戦重砲の全てであった。

他に、変わったところではロシア帝国軍が第一大戦中にフランスから供与されたMLE 1917に、自国で使っている152ミリ砲の砲弾を撃てるように内筒を入れた152ミリ口径のMLE 1917を保有しているという情報があり、ドイツ軍は15.2 cm sFH 449(r)という名称を先に準備していたのに実際にはこの名称を与えられた鹵獲火砲はなかったようだ。これが、152ミリMLE 1917という火砲そのもの存在しなかったのか、それとも存在はしていたが鹵獲されずに破壊されてしまっただけなのかはよくわからない。ちなみにソビエト軍は1939年9月のポーランド侵攻でも100門以上のMLE 1917を鹵獲しているようだが、これもどこへ行ってしまったのか不明だ。ソビエト軍って大砲が大好きな割に、接収したり鹵獲したりした火砲が全然使われた形跡がないのはなぜなのか。

第一次大戦でフランス軍に次いでMLE 1917を多数運用したのは意外にもアメリカ軍で、アメリカ軍は第一次大戦参戦時に装備していたM1908 152mm榴弾砲(6インチ)が、最大仰角40度で砲弾が6キロしか飛ばないというヤバヤバ性能だったので訓練にしか使用できず、フランスからMLE 1917をなんと1500門も購入し自軍に配備した。と、Wikipediaに書いてあるが、前述の通りMLE 1917の生産が3000門で1500門を米軍に供与したら第二次大戦勃発時にフランス軍が2000門を保有しているはずがないので、どっかでなにか間違っているようだ(後述のライセンス生産分が1500門に含まれるのかもしれない)。
インチ・ヤード法を頑なに守る米軍だが、このMLE 1917とGPF 155mmカノン砲の2種類の155ミリ砲だけはやたらと気に入ったようで、その後も155ミリ砲だけはメートル砲で、キリがいい数字のままになっている。

アメリカ軍はMLE 1917があまりに気に入ったもんだから、さらに56万ドルでライセンス権を購入して自国で生産を開始したが、このM1918-155ミリ榴弾砲は防盾が一枚板になり、車輪がゴムタイヤになるなどの変更が加えられている。

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Wikipediaからの引用で、”155ミリ砲に仰角をかけるJames.B.Aets軍曹と、照準を定めるCharles J. Hines伍長”。米国立公文書館所蔵。防盾が平面になってゴムタイヤ履いただけでぐっと近代的な見た目になっていることがわかる。軍曹と伍長2人だけで重砲を運用することはないだろうから、たぶん宣伝用の演技だろう。

せっかくライセンス生産まで始めた155ミリ砲だったが、終戦のためにM1918の生産は626門で終了したので結果的にはかなり高くついたことになる。
なお、米軍が第一次大戦で最後に発射した砲弾は第11野戦砲兵連隊に配備された、”カラミティ・ジェーン”と愛称のつけられたMLE 1917だったそうだ。
米軍は1941年に後継となるM1 155mm榴弾砲を開発しており、戦場にはこちらの新型砲を持ち込んだので、おそらく第二次大戦ではM1918とMLE 1917はアメリカ国内での訓練にのみ使用されたものと思われる。

GPMからリリースされたフランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 "は完成全長約30センチ。難易度は3段階評価の「2」(普通)だが、火砲キットは細かい工作が多いのでこれは「火砲としては普通」ぐらいの意味で受け取ったほうがいいだろう。そして定価は50ポーランドズロチ(約1700円)、レーザーカット済のパーツが同梱された「コンプリート版」は80ズロチ(約2700円)となっている。
あまりキット化されることのない第一次大戦火砲なので、この時代の火砲ファンのモデラーなら、このキットを見逃すべきではないだろう。

キット表紙画像はGPM公式サイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。



参考ページ:
https://ja.wikipedia.org/wiki/シュナイダーM1917C_155mm榴弾砲
英語、フランス語、ポーランド語、ロシア語など各国版を参考とした。
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GPM フランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 " 前編

今週は台風で土日出勤が不可能だったので更新。
先日トイレのタンクがパッキンの劣化で水が全然貯まらなくなってしまい、修理できないかといじっているうちにフィルター栓をすっこ抜いてしまいトイレを水浸しにした筆者のお送りする世界のカードモデル情報。今回紹介するのはポーランドの老舗、GPM社からリリースされた新キット、フランス 重榴弾砲 "SCHNEIDER 155C MLE 1917 "だ。ちなみに水漏れは取り寄せたダイヤフラムで交換したら治りました。

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表紙絵は"SANKO_"のサインでおなじみ、以前はMODELIKの表紙を手掛けていたWojciech Sankowski氏。氏の描く表紙絵はいつも兵士がヘニャっとしているのがチャームポイント。今回もなんか不思議な帽子を被った砲兵3人が榴弾砲の準備をしているが、いったい何軍の兵士なんだ君等は。左側の兵士が被っているのが,ポーランド軍特有の四角形の野戦帽「ロガティフカ」に見えなくもないので、ポーランド軍砲兵かもしれないが、気のせいなような気もしてきたのでやっぱり違うかも知れない。あと、右側の兵士はなんかお腹痛いみたいだ。そもそも、砲身が一杯に下がってる割に砲煙がほとんどないから、これ発射体勢に入ってないんじゃないだろうか。

名前でわかるように、この砲はフランスのシュナイダー社が開発した火砲である。
「シュナイダー」という名前はあからさまにドイツ風だが、それもそのはず創業者のシュナイダー兄弟はドイツ系フランス人であった。なので、正しくは社名もフランス風に「シュネデール社」と表記すべきだが、ミリタリー界隈では伝統的に「シュナイダー(もしくは”スナイダー”)」表記なのでここでもドイツ風で通そう。ちなみに幕末期の日本の小銃で「スナイドル銃」というのがあるが、あれは前装銃の機関部を切り取って、代わりにスナイドル式後装機関部を継ぎ足した魔改造銃の通称で、この「スナイドル式」はアメリカ人のジェイコブ・スナイダー(Jacob Snider)という人が考案したものなのでシュナイダー社とはなんの関係もない。あと、ルーシェくんの体に封印されてる破壊神のアイツも関係ない。

スナイダーは1910年にロシア帝国の依頼により152ミリ榴弾砲というのを設計しており(実際の製造はロシアのプチロフ兵器廠で行われた)、この155ミリ榴弾砲は基本的にその拡大版であるが、資料では第一次大戦が始まってスナイダーが自発的に開発を行ったとも、フランス陸軍の依頼で開発したともとれるので実際のところどうだったのかはよくわからなかった。

新しい"155ミリMLE 1915"は砲員を守る防盾、箱型砲架、木製スポーク車輪、と極めて普通の設計で特筆すべき特徴はなかったが、性能は優れていた。なにしろ、それ以前にフランス軍が装備していたのはシャルル・ラゴン・ド・バンジュという人が1877年に設計した155mm砲で、一応この砲も、もともと駐退機もない砲架に載せられていたのをシュナイダー社が新しい砲架(新155ミリ砲と同じもの)に載せかえて近代化はしていたものの、野戦重砲で重量6トンはあまりにも重く陣地変換は重労働だった。新たな火砲は重量3.3トンしかなかったので、砲兵達は喜んだだろう。
射程は約11キロ(狙った所に落とせる有効射程は8キロ程度)で、これは第二次大戦の火砲に比べるとあまりにも短く思えるが、まだ航空機での着弾観測のできなかった第一次大戦当時では十分な性能だった。実際、敵対したドイツ軍が装備していた標準的な野戦重砲の15cm sFH 13は最大射程が約9キロしかなかったので、アウトレンジからボコボコ砲弾を放り込むことができた。

しかし、第一次大戦勃発直後に設計された155ミリMLE 1915は、戦争がとんでもない消耗戦になるとわかる前に設計された砲だったので、装薬が真鍮製の金属カートリッジに入れられており(砲弾と一体の薬莢式ではない)、1発ごとのコストが高くつくという欠点があった。
そのため、装薬を布バッグにすることとなったが、金属カートリッジってのは柔らかい金属が広がって砲尾を塞いで閉塞する役割もあるんで、普通に布バッグの装薬を放り込んだんでは1発ごとに爆風が砲尾から吹き出して砲員がアチチとなってしまう。
そこで、フランス軍は同じ口径のGPF 155mmカノン砲の砲尾を取り付けることとし、これがMLE 1917として採用される。砲尾の変更のため、1917は1915よりも連射速度に劣ったが真鍮カートリッジがもったいなくてケチケチしながら撃つ必要がなくなったので既存の1915も順次1917へと改造された。

それではSCHNEIDER 155C MLE 1917の姿をGPM公式ページの完成見本写真で見てみよう。

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なんというか、とっても普通の火砲だ。仰角が取りづらいとされる箱型砲架はこの後廃れて開脚砲架が主流になっていくので、この砲やソビエト軍の203ミリ重榴弾砲が箱型砲架の最終形態ということになる(MLE 1917は箱型砲架だが42度まで仰角を取れた)。
車輪を避けるために湾曲した防盾にも要注目だ。比較的近い距離で撃ち合う第一次大戦の野砲では敵砲兵の反撃で撃ち込まれる砲弾の破片から砲を守るため、榴弾砲でも防盾が必要だった。

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移動のために砲身をさげた状態。この後さらに砲架の末尾に2輪のリンバー(キットには含まれないようだ)を咬ませ、8頭の馬で牽引する。トラクターで牽引する場合は動揺や釣り合いに馬匹ほど気をつかわないでいいので、リンバーを入れずにそのまま牽引することも可能だった。

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火砲キットの難所にして見どころ、各部のメカのディティール。細かい工作が要求されるところだが、じっくりと取り組みたい。
(後編に続く)


画像はGPM公式ページから引用。

参考ページは後編にまとめて掲載予定。

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本日本業多忙のため、更新を休止させていただきます。
ちょっと10月中はほぼこんな感じで開店休業状態となってしまいそうですが、よろしければ落ち着いたころにまたお越しください。

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Orel ソビエト 単軸牽引車 ”МоАЗ-546П” 後編

先日、2年努めた開発室の入っている階を間違え、エレベーターに同乗していた同僚にむちゃくちゃ驚かれた筆者のお送りする世界のカードモデル最新情報。別に記憶障害とかじゃなくて、単に寝ぼけてたのよ……
本日はウクライナOrel社からリリースされた単軸牽引車 ”МоАЗ-546П”の続きだ。

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前回はミンスク工場(МАЗ)が設計した単軸トラクターМАЗ-529をモギリョフ工場が生産を開始したところまで。
ミンスクから生産を任されたモギリョフではさっそくМАЗ-529をどんどこ生産し、ソビエトでは単軸牽引車は道路工事とミサイル牽引に広く使われることになった。

ところで、通常の2軸式に比べて単軸牽引車の利点とはなんだろうか。
まず単軸の優れているポイントとして、牽引車の全重量が駆動輪にかかるので(駆動輪が空回りしないから)車重の割に牽引力が強いことが挙げられる。でも前輪に全重量が載ってたら、ハンドルが重くならない? というのが気になるところだが、全然問題ない。だって、МАЗ-529の車輪って、そもそもステアリング切れないんだもん。
……(゚Д゚)ハァ?

重要なことなのでもう一度書いておこう。普通の車両は前輪を左右に向きを変えて曲がっていくが、МАЗ-529は車輪の向きを変える機構はない。では、どうやって向きを変えるのかというと、牽引する車両をつなげるピボットに油圧アクチュエータが仕込んであって、それをギコギコ動かすことによってМАЗ-529全体の向きが回転するのだ。まじか。
この機構の利点は、車軸のステアリング機構を一切排除できることで、従来のステアリングでは面倒見きれなかった超重重量の車両でも向きを変えられるという点にある。
そういえばドイツの地雷処理車両にもこんなんあったな。
ちなみにМАЗ-529は最大で後部車両に対して90度まで横を向くことができるように設計されており、その状態では2軸の牽引車に比べて極端に短い場所(両者を合わせた全長より少し短いぐらいの広さがあれば十分)で展開できるという利点もあった。

じゃあもう、世界中の牽引車を単軸にしちまおうぜ、というわけにはいかないのは、もちろん利点もあれば欠点もあるからで、この形式最大の欠点は後ろの車両を切り離すと自分一人では方向転換が全くできなくなってしまうことである(一応、単独でも自立できるように先端部分に装着する小さい補助輪がある)。これでは、目的地に荷物を届けたらトレーラーヘッドだけで帰ってくるという使い方は不可能だ。
また、形式が特殊すぎて他の車両にシャーシや機構が転用できないという欠点もある。だからモギリョフ工場では単軸牽引車しか作っていない。これは単一車種のために工場を建ててしまうという、共産圏の計画経済下らしい荒業が使えないと実現はなかなか難しい。あと、操作性が違うので普通の2軸の感覚で1軸牽引車を走らせると間違いなくカーブで道から飛び出す。だから操縦者も単軸専用に養成することが望ましい。

そんなわけで単一車種だけで1ジャンルを形成するというソビエト的な力技で単軸牽引車МАЗ-529だけ作ってたモギリョフ自動車工場だが、別に向上心がなかったわけじゃなくて、1960年代前半に早くもМАЗ-529のパワーアップ版の設計を始めていた。モギリョフで作ってるのに車両名称が「ミンスク」なのも、なんか腹立つしね。
これはエンジンをЯМЗ-238А(15リットル215馬力)に換装、キャビン全体を再設計したもので「МоАЗ-546」として大量生産された。

それでは、世界的にも珍しい単軸重牽引車、МоАЗ-546の姿を公式ページの完成見本写真で見てみよう。

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こういう車両だとすればそれほど変わっては見えないが、前半分だけが「МоАЗ-546」、後ろに引っ張ってるのは「Д-357」という別車両なのでやっぱり変だ。パッと見ではそれほど大きくは見えないが、МоАЗ-546だけで全長4.5メートルもあるので、かなり大柄な車両である。

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細かいディティールアップがされているが、エンジン、トランスミッションなどもかなり細かく再現されており、単軸牽引車の独特なメカニズムもよくわかって興味深い。これらの機構は完成しても隠れないので手を抜かずじっくりと仕上げたいところだ。

МоАЗ-546はパワフルな牽引車だったが、だからと言ってソビエト中の単軸牽引車全てがМоАЗ-546に置き換わってしまったわけではなく、МАЗ-529とは用途によって使い分けがされていたようだ。両者の生産は並行して行われ、МАЗ-529は1973年まで、МоАЗ-546の生産は1989年のソビエト末期まで続けられた。具体的な生産数はどこにも書かれていないのでわからない。ソビエトが崩壊すると、国営でなくなった工場では単一車種だけを作り続けるわけにはいかず、そうなるとパーツや生産設備の転用が効かない単軸牽引車はお荷物となってしまい生産は終了した。

なお、1963年に「D.M.カルブィシェフ名称クルガン装輪牽引車工場」(Курганский завод колёсных тягачей имени Д. М. Карбышева)という、ICBMを載せたトレーラー引っ張るバカデカ牽引車を作っていた工場が「КЗКТ-932」という新型牽引車を開発した時にそのバリエーションとして単軸バージョンも試作したが、2軸も単軸もそれほど性能的にパッとしなかったのでわざわざ従来の生産ラインを混乱させる必要もないだろうと量産はされず、ユニークな単軸トレーラーの系譜はМАЗ-529ファミリーとМоАЗ-546ファミリーの2系列だけに終わった。

Orelからリリースされたソビエト 単軸牽引車 ”МоАЗ-546П”のスケールは陸モノ標準の25分の1。完成全長は書いていないが、МоАЗ-546だけで4.5メートル(完成全長18センチ)だから、Д-357まで含めたら50センチ前後のかなり大きなものになりそうだ。難易度は3段階評価の「3」(難しい)、そして定価は667ウクライナフリブニャ(約2700円)となっている。
重機ファンのモデラーなら、西側には存在しない単軸重牽引車というオモシロ機構車両をテーブルの上に飾れるこの機会を見逃すべきではないだろう。



画像はOrel社公式フォーラムからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。

参考ページ:
https://ru.m.wikipedia.org/wiki/Одноосный_тягач
https://en.wikipedia.org/wiki/MoAZ
https://ru.wikipedia.org/wiki/МАЗ-529
それぞれの英語版、ロシア語版を参考とした。

http://www.techstory.ru/du/all_skrapers_d357.htm
後ろに引っ張ってるД-357スクレイパーについて。写真多数。

http://www.telenir.net/tehnicheskie_nauki/sekretnye_avtomobili_sovetskoi_armii/p6.php

ソビエトの単軸牽引車とその派生車両について。補助輪をつけたMAZ-529など、貴重な写真多数。

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