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KARTONOWA KOLEKCJA ドイツ練習機 Bucker Bu 181 "Bestmann"・後編

この一週間どうにも苦しい思いをさせられた咳もどうにかおさまって、やっと調子の戻ってきた筆者のお送りする世界の最新方面カードモデル情報。今回もポーランドKARTONOWA KOLEKCJAからリリースされた、ドイツ練習機 Bucker Bu 181 "Bestmann"の続きだ。

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この記事も3回目になって本題のBü181がやっと登場。「3」といえば、ビュッカーの練習機もこの「ベストマン」が「3」機種目だ。我ながら強引な話のつなぎ方だがそれはそれとして、ここまでカール・クレメンス・ビュッカー&アンデシュ・ヨハン・アンデションのコンビはリリースした3機種が3機種ともヒット作という、まさかの打率十割。打率0割で消えていくメーカーもけっこうある(例えばビュッカーがスウェーデンでやってたスヴェンスカ社とか)中でこれは大したものだ。

さて、それでは3機種目にしてやっとドイツ空軍にすんなり認めてもらえたビュッカー181「ベストマン」の姿を完成見本写真で見てみよう。

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小柄な機体だが、乗員二人が横に並んで座るサイドバイサイド式の操縦席なので少しずんぐりした感じのスタイルとなっている。教習所で自動車免許をとった経験のある読者様なら、やっぱり教官と生徒ってのはタンデム前後ではなくてサイドバイサイドの方がいろいろと捗るというのは同意いただけるだろう。

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斜め後ろからのクローズアップ。操縦席やフラップのディティールも凝っている。太めの胴体中央から105馬力のエンジンに向かってしゅっと絞った機首や視界の良さそうな操縦席がチャームポイント。少しオーバー気味な質感表現も楽しい仕上がりとなっている。

ところで初回から表紙絵で気になっていた読者もいるかも知れないが、この翼の上に乗っているパンツァーファウストみたいなものはなんだろう。どう見てもパンツァーファウストだが、まさか練習機の翼にパンツァーファウストは載せないだろう、と思ったらなんと本当にパンツァーファウストだった。

実はこれ、1945年2月に出された「全ベストマンをパンツァーファウストを搭載した対戦車攻撃機とせよ」という命令に従って改造されたもので、パンツァーファウストを載せた実機写真が残っているので実際に改造された機体があったことは間違いない。しかし、具体的にどれぐらいが改造されたのかははっきりしないし、そもそもこんなものでどの程度の戦果があったのかは疑問だ。
だって、ベストマンがいくら鈍足な練習機だと言っても、巡航速度は時速195キロ(ちなみに最高速度は時速215キロで、20キロしか違わない)。仮に翼に乗せているのが射程100メートルの「パンツァーファウスト100」だったとして、100メートルって時速195キロで飛んでたら2秒で通過する距離よ? 機首に「とってつけました」と言わんばかりの照準器がつけられているが、これを見ながら敵戦車に突っ込んでいって、衝突2秒前にパンツァーファウストぶっぱなして急いで引き起こすの? タンクデサントに短機関銃で打たれて墜落しそうだ。
いや、もちろん成形炸薬弾だから遠目に発射して落ちていく弾頭を敵戦車に当てても角度によって撃破はできるんだけど、それこそ至難の業ではないだろうか。だったらいっそ、敵戦車の上を通過しながらパンツァーファウストの弾頭落とした方がまだ当たりそうだ。

こんなもん、絶対にうまくいかないぞ。俺はパンツァーファウストに詳しいんだ。と、思ったら、米軍にはL-4"グラスホッパー"(パイパー"カブ"の軍用型。最高速度時速約150キロ)に搭載したバズーカ砲でドイツ軍戦車6両を撃破したという「バズーカ・チャーリー」というとんでもない人がいた。なにをどうやったらそんなことができるんだ。まさか「戦闘機対戦車」みたいに地面をゴロゴロ走っていってバズーカぶっぱなしてたんじゃないだろうな。

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Wikipediaからの引用でバズーカ・チャーリーと彼の愛機「Rosie the Rocketer」。撮影時期不明。ホントにバズーカ積んでるよ。

グラスホッパーでできるんだから、ベストマンでもできないことはないだろう。しかし、完全に制空権を掌握して息切れしたドイツ軍を追い回していた米軍でそれが可能だとしても、なだれ込んでくるソビエト軍相手にそれが可能かどうかは別問題である。
当然、「おれが転生してベストマンで奇跡のチート大活躍? ~ソビエト戦車がこんなに弱いはずがない~」なんていうラノベ展開は起こるはずもなくドイツは戦争に敗北。終戦時に残っていたビュッカーの生産設備はソビエト軍に接収され、ビュッカー社も解散した。

赤軍進出前に西側に脱出したビュッカーは戦後、ユングマイスター、ユングマンを再生産する会社を立ち上げようとしたが、これはうまくいかなかったようだ。
また、ビュッカー社の傑作3機種を設計したアンデションは戦後スウェーデンに戻り、新たに設立されたSAAB社でSaab 91 "Safir"というベストマンとよく似たコンセプトの練習機を開発していたので、ビュッカーはこれを新設された西ドイツ空軍に紹介したが反応は薄く、ルフトハンザが2機購入しただけに終わった。
その後は航空業界から引退したようで、ビュッカーは1976年3月3日にコブレンツの老人ホームで死亡したという。

パイロット育成のためにベストマンは約3400機が生産されたがビュッカーだけでは需要を賄えずにオランダのフォッカー社、チェコスロバキアのズリン社でも生産された。ズリンでは戦後も生産を継続し、さらにエジプトがズリンから生産権を購入してライセンス生産を行っている。これらも含めるとベストマンは4000機以上が生産されたと考えられている。
まだ飛行可能ベストマンは複数ある(例えば映画「大脱走」でジェームズ・ガーナーとドナルド・プレザンスが逃走に使用する飛行機がベストマンだった)が、ほとんどが戦後生産機で、戦前に世界中に販売されたユングマンと違いオリジナルのベストマンはほとんど残っていないようだ。
なお、ドイツ技術博物館(Deutsches Technikmuseum)にはBü 181ベストマンがパンツァーファウストを装備した状態で展示されている(発射ケーブルや照準器がないので、実際にパンツァーファウストが装備されていた機ではないようだ)。

KARTONOWA KOLEKCJAからリリースされたドイツ練習機、Bucker Bu 181 "Bestmann"は空モノ標準スケール33分の1で完成全幅約32センチ。難易度は5段階評価で「4」(やや難しい)。そして定価は32ポーランドズロチ(約1000円)となっているが、キット内容はなんとパンツァーファウストを装備した1945年ドイツ空軍「タンクバスター」と1950年スイス空軍練習機の2機セットと大変オトクな内容となっている。
2機セットでこの値段なら、飛行機モデルはちょっと苦手、というモデラーでも練習気分で取り組むことができるだろう。

なお、KARTONOWA KOLEKCJAからは以前にL-4"グラスホッパー"もリリースされている。

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腕に覚えのあるモデラーならバズーカを自作し、パンツァーファウスト積んだベストマンとバズーカ積んだグラスホッパーで「第一回チキチキ飛行機対戦車対決」の情景を作るのもいいだろう。若干のスケール差に目をつぶれば、タミヤ模型の「アメリカ小火器セット」に含まれるバズーカを転用するのも良さそうだ。

キット画像はKARTONOWA KOLEKCJAサイトからの引用。

*定価はあくまでも現地で購入する場合の値段です。日本国内で購入する場合には輸送費などを考慮し、2倍~3倍程度になるとお考えください。


参考ページ:
https://de.wikipedia.org/wiki/Carl_Clemens_Bücker
https://en.wikipedia.org/wiki/Bücker_Flugzeugbau
https://en.wikipedia.org/wiki/Svenska_Aero
https://ja.wikipedia.org/wiki/Bü_131_(航空機)
https://ja.wikipedia.org/wiki/Bü_133_(航空機)
https://ja.wikipedia.org/wiki/Bü_181_(航空機)
それぞれの日本語、英語、ドイツ語版、また一部スウェーデン語版を参考とした。
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KARTONOWA KOLEKCJA ドイツ練習機 Bucker Bu 181 "Bestmann"・中編

湿気の多い季節だっていうのに、喉を痛めて咳が止まらない筆者のお送りする世界のカードモデル最新風情報。このところ開発室で気管支痛めてる人が多いんだけど、なんか空調に問題あるんじゃないだろうか。

さて今回はポーランドKARTONOWA KOLEKCJAからリリースされた、ドイツ練習機 Bucker Bu 181 "Bestmann"の続き。

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前回はカール・クレメンス・ビュッカーがスウェーデンで会社を起こし、エルンスト・ハインケルのデザインした飛行機を売ろうとしたらハインケルおじさんが需要を無視した飛行機しか作ってくれないんでさっぱり売れなくて会社は倒産。とほほな気分でドイツに帰ってきたところまで。

自分が作りたい飛行機しか作らないメガネオジサンの束縛から逃れたビュッカーと、スウェーデンから連れて帰った設計技師アンデシュ・ヨハン・アンデションは自分たちの会社「BückerFlugzeugbau」を設立、1934年に傑作複葉練習機、Bü131 "Jungmann"(ユングマン)を完成させる。
「ユングマン」というのは英語で言えば「YoungMan」(一発太郎氏の歌唱でおなじみ)、すなわち「新人」のことで、この機体はたった80馬力のエンジンしか積んでいなかったが素晴らしい操縦性で、文字通り「新人」でも容易に操縦することができた。

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Wikipediaからの引用(この項表紙写真以外全て同様)で、シャトルワース・トラストが保有する現存機。見ての通り、特筆すべき点のない平凡な感じのデザインだが、この平凡さが良かったようだ。

ハインケルの水上機が各国に見向きもされなかったのとは違い、安価で扱いやすいBü131は世界各国から購入の打診があり、ユーゴスラビアに約400機、ブルガリアに15機、ルーマニアに40機など多数の国へ販売された。さらにスイス、チェコスロバキア、ハンガリー、スペインなどではライセンス生産も行われ、日本でも海軍が二式陸上初歩練習機「紅葉」として約200機(277機、339機という説もある)、陸軍が四式基本練習機として実に1030機という多数を生産した。ちなみに、なぜかと言うか、やっぱりと言うか、海軍の紅葉と陸軍の四式練基本習機は別々に量産された機体である(ライセンス料を別々に払ったのかは不明だが、たぶん二重に払ってると思う)。

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1945年に撮影された四式基本練習機。撮影場所は不明だがアメリカ海軍の撮影なので接収された機体だろう。本機は非常に安定性に優れていたので、新人飛行士は教官と同乗して6~10時間も飛べば単独飛行の許可が出たというから驚きだ。

ユングマンは総数5000機以上が生産されたため多数が現存しており、変わったところではコメディ映画の傑作「サボテン・ブラザース(¡Three Amigos!)」に「タブマン 601」という不思議な機種名で登場している。これは、映画の舞台が1916年で、ユングマンでは時代が合わないために架空の機種名としたのだろう。

そんなわけで世界中でぶんぶん飛び回っていたユングマンだが、肝心のドイツ空軍は当初ユングマンに興味を示さなかった。と、いうのもユングマンはドイツ空軍が定めた練習機の最小馬力に満たなかったためで、ビュッカーはヤングマンのエンジンを100馬力に強化したB型、さらに強力な空冷105馬力エンジンに合わせて機体を手直ししたBü133 "Jungmeister"(ユングマイスター)を開発するが、どういうわけか空軍はこれにも「ふーん」といった感じの冷淡な反応だった。ぶっちゃけ、ドイツ空軍の機体調達はメーカーの機体性能よりも政治力で決まってしまう部分があったし、練習機しか作っていないビュッカーにユングマンを大量発注して工場を拡大しても、戦闘機やら攻撃機やらの増産にはつながらないと考えたのかもしれない(ドイツではすでにアラド Ar 66フォッケウルフ Fw 44ハインケル He 72みたいな似たような機体をバリバリ生産してたので、いまさら機体種類を増やす必要もなかった)。

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2011年撮影のユングマイスター現存機。航空ショーで撮影された写真のようだが、所有者などはわからなかった。どうやらスペインのCASAで生産されたライセンス生産機のようだ。

ユングマン、ユングマイスターに対し冷淡なドイツ空軍だったが、各国が次々にビュッカー機を買っていくのを見てさすがに放っておくことができなくなり最終的には「べっ、別にビュッカーの飛行機を買ってあげてもいいんだからねっ!」とツンデレっぷりを発揮して初等練習機として採用している(ただし、けっこう買い叩かれたらしい)。

戦争が近づくとビュッカーも戦争に協力することになり、フォッケウルフ Fw 44とか、ハインケル He 46とかの修理をやらされることになった。またハインケルか。
ここに来て再びメガネおじさんの下請けになるのがイヤだったのか、ビュッカーは1939年、3機種目になる練習機 Bücker Bü181 "Bestmann"(「ベストマン」、最良の者ではなくて漁船などの甲板員のこと)を完成させる。
ベストマンはユングマイスターと同じ105馬力エンジンだったが密閉コクピット、低翼単葉の洗練されたデザインで、さすがのドイツ空軍もここまで来ては素直に標準練習機に指定せざるを得なかった。
(後編に続く)


キット表紙画像はKARTONOWA KOLEKCJA公式ページから引用。

参考ページは後編にまとめて掲載予定。

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KARTONOWA KOLEKCJA ドイツ練習機 Bucker Bu 181 "Bestmann"・前編

今年は素晴らしく豊作だった庭のビワの実を毎日モグモグやってる筆者のお送りする世界のカードモデル最新情報。10週年が過ぎても、まぁ基本的にはいつもと同じ調子でテケトー紹介だ。
今回紹介するのはポーランドKARTONOWA KOLEKCJAからリリースされた、ドイツ練習機 Bucker Bu 181 "Bestmann"。

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なんかソ連の戦争映画で赤軍に襲いかかってくるウソドイツ空軍機のようだが本物のドイツ空軍機、ただし練習機だ。
リアルでも模型でも練習機が大好きなポーランド人だが、ドイツ空軍練習機では「定番」とも言えるビュッカー機は意外にも筆者が把握する限りでは初のキット化。なお、エントリー名はメーカーページに従ったが、ドイツ語表記ではuにウムラウトがつく「Bücker Bü 181」だ。

ドイツ空軍練習機で名前を聞く「ビュッカー」というのは正式名称「ビュッカー航空機会社(Bücker-Flugzeugbau GmbH)」で、カール・クレメンス・ビュッカー(Carl Clemens Bücker)が1933年に設立した飛行機メーカー。
1895年に医者の息子として生まれたC・C・ビュッカーは1912年にドイツ帝国海軍に入隊、第一次大戦では海軍士官として前ド級戦艦「カイザー・カール・デア・グロッセ」(SMS Kaiser Karl der Grosse、カイザー・フリードリヒ3世級)に乗り組んでいたが、どうも途中から海軍航空隊で水上飛行機のパイロットをやっていたようだ(この辺り、手元の資料ではどうもはっきりしない)。

終戦でドイツ海軍が縮小されるとビュッカーも除隊し、一時は貨物船の船員にもなったがこれはすぐにやめてしまって、スウェーデンへ渡る。
スウェーデン海軍の顧問を努めたビュッカーは1921年にスウェーデンの市民権を獲得したが、このころ後にハイケンル社を設立することになるエルンスト・ハインケルに「一緒にスウェーデンで飛行機作らない?」と持ちかけられている。
ハインケルは当時、デンマークとの国境近くにある「Caspar-Werke AG」という小さい飛行機メーカーで設計主任を努めていたが、この会社は戦時中はハンザ・ブランデンブルグ社(Hansa und Brandenburgische Flugzeugwerke)の一部になっていたのが戦後再独立したもので、ハンザ・ブランデンブルグで設計師をやっていたハインケルはそのままキャスパー社でも設計をやっていたのであった。

ドイツは当時ベルサイユ条約で兵器になりうる飛行機の生産に大きな制限を課せられていたので、ハインケルは好きなように飛行機が作れる環境を求め、戦時中に水上機に関連して出会っていたビュッカーがスウェーデン在住と知って話を持ちかけたのだろう。
ハインケルの申し出を受け入れ、ビュッカーは1921年9月10日、「Svenska Aero AB」という会社を設立(スヴェンスカ航空機株式会社(Svenska Aeroplan Aktiebolaget、SAAB)とは別の会社)。また、時を同じくしてハインケル自身もキャスパー社を退社して自身の航空機メーカー、「Ernst Heinkel Flugzeugwerke」を設立した(キャスパー社はその後大した飛行機を設計できず、1928年に倒産した)。

さぁ、これでハインケルがすごい水上機をどんどん設計して、ビュッカーがそれをどんどん売っちゃうぞ、と思ったが、外国の軍はハインケルの機体に興味を示さず、これがさっぱり売れなかった。
ハインケルは勢いに任せてカタパルト発進可能な水上機をバンバン設計していたが、軍用機の制作が禁じられているドイツ国内ではこれを民間機として売ることしかできず、民間機でカタパルト発進する水上機なんて大型客船に積む郵便機ぐらいしか需要がないもんだから販売は思いっきり伸び悩んでいた。「好きなように飛行機を作りたい」って、需要を無視していいって意味じゃないだろ。

これに業を煮やしたスヴェンスカ社では「もうあの眼鏡オヤジに設計はまかせられない。我々で自社開発をしよう」ということになり、1929年に「ヤクトファルク(Jaktfalken)」というカッチョいい名前の戦闘機を独自開発した(複葉固定脚)。

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Wikipediaからの引用でヤクトファルク。パッと見なかなかまとまりがいい感じで、20年台終盤なら十分なスタイリングに見えるのだが、見えないところでダメだった。

ヤクトファルクは名前はカッチョ良かったが設計途中でエンジンを変更したりした影響で、飛ばしてみると胴体後部が激しく振動する悪癖があった。そのせいで試作機が墜落するなどしたために改修が必要となりゴチャゴチャやってる間に旧式化、ヤクトファルクを15機ほど制作したところでスヴェンスカ社は倒産した。
作っちゃったヤクトファルクは一応スウェーデン軍が買い上げたがぶっちゃけ持て余しており、1939年に冬戦争が勃発するとスウェーデンは気前よく3機のヤクトファルクをフィンランドに供与しているが、万年飛行機不足のフィンランド軍ではこんな飛行機でも1945年まで練習機として使っていたそうだ。異常振動の問題は解決したんだろううか。

スヴェンスカ社の倒産で失業したビュッカーはドイツに戻ると、もうハインケルおじさんのことは忘れて、新たに「BückerFlugzeugbau」を設立する。
ビュッカー自身はどうやら技術者というより経営者だったようで、主任設計師はスヴェンスカで設計師をしていたアンデシュ・ヨハン・アンデション(Anders Johan Andersson)が受け持つこととなった(この人達、ホイホイとドイツとスウェーデンを行き来してるけど言葉はどうしてたんだろう)。
(中編に続く)


キット表紙画像はKARTONOWA KOLEKCJA公式ページから引用。

参考ページは後編にまとめて掲載予定。


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ブログ開設10週年記念! T-26 1933年型 型紙大公開!!

template and instruction links are below.

左側にある「月別アーカイブ」をずーっと下の方までスクロールさせるとわかるんですけれども、なんとこのブログって開設が2009年6月で、今月で満十年になるんですよ。驚きですよ。
10年で身辺も社会も大きな変化がいろいろあったんですが、気の向くままにマイペース更新を続けて来れたのも過去現在、ここへ立ち寄ってくださった皆様のおかげです。

と、いうわけで感謝の気持ちを込めて、ずっと作りかけだったT-26 1933年型 35分の1モデル、ついに型紙公開をさせていただきます!
わーい、やったぜ!
思えば最初に着手したのが2010年5月。試作が完成したのが11年12月。そこからどうやったら、19年6月まで公開が遅れるのか。まさに現代の驚異、神秘の世界。いや、浮気性なのがいけないんですけれども。
一応、先月には公開準備できてたんだよ。10週年に合わせたかったんだよ(言い訳)

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それでは、実車の解説から。

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・実車の解説

ソビエト軍戦車 T-26 1933年型

ソビエト初の量産戦車、T-18の後継車両開発において、国産戦車の性能に満足のいかなかったソビエト軍はイギリス、ヴィッカース社の開発した6トン戦車のライセンス生産権を購入する。
最初の生産型1931年型は原型の6トン戦車双砲塔型と同じ機銃のみを装備した小砲塔が左右に並ぶ形式であったが、互いの射界を妨げるなど実用性が低かったため、45ミリ砲を搭載した馬蹄形の大型砲塔を装備する1933年型が開発された。
傾斜装甲を取り入れた1937年型も含め、T-26は総計約1万2千輌という当時最多の数が生産されたが独ソ戦勃発時にはすでに旧式化しており、装甲が薄く速度も遅かったため緒戦で大損害を蒙り最前線からは早期に姿を消した。

乗員:  3名
重量:  9.4トン
全長:  4650ミリ
全幅:  2440ミリ
全高:  2240ミリ
装甲:  6-15ミリ
主砲:  45ミリ砲
最高速度: 時速約31キロ

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・キットの解説

このキットはソビエト軍戦車T-26 1933年型の35分の1カードモデルです。
設計は各種資料に基づいておりますが、カードモデルにするために実物と異なる部分があります。
一通りのチェックは行っていますが、なにぶん素人の作ったものなので錯誤やミス、間違い等が十分に有りえることを事前に御了承ください。問題がありました場合には御指摘いただければ早急に対処、修正をさせていただきます。
*今回、展開図をdropboxで公開してみました。初めての試みなので、こちらも不具合ありましたらお教えください。

無料での公開ではありますが著作権を放棄したわけではないので、再配布、商用利用などはご遠慮ください。
また、当カードモデルによりいかなる不利益、損害を負いましても当方では責任を負いかねますので予め御了承ください。

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・型紙のダウンロード

Template


ペーパー1(paper 1) 1064K
ペーパー2(paper 2) 2446K
カード1(card 1) 2378K
カード2(card 2) 3028K
カード3(card 3) 2921K
カード4(card 4) 2654K
("card" are print on 160-170 g/m (0.2mm) )

*注意! 一枚が2~3メガの大きなファイルなので、直接ブラウザで開かずに 右クリック→「名前をつけて保存」 でダウンロードをすることをおすすめします。

「カード」は厚手の紙を意味しており、厚さ0.2ミリ前後のプリンタ用紙の使用を前提としています。「ペーパー」の印刷は通常の上質紙、コピー紙で構いません。

ダウンロードしたJPG画像はそのまま印刷すればA4の用紙に入るようにデザインされています。印刷オプションで「用紙に揃える」などでサイズ調節を行いますと、縮尺のずれる可能性があります。

・組み立て説明書

Instruction


ページ1(page 1) 1776K
ページ2(page 2) 1863K
ページ3(page 3)1657K
ページ4(page 4) 1799K
ページ5(page 5) 1871K
ページ6(page 6) 1748K
ページ7(page 7) 1902K
ページ8(page 8) 1838K
ページ9(page 9) 1823K

*注意! 一枚が1~2メガの大きなファイルなので、直接ブラウザで開かずに 右クリック→「名前をつけて保存」 でダウンロードをすることをおすすめします。
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・最後に

前回の48版BT-5に比べると、やや難易度は高めとなっていますが、極端に細かい部品、高度な工作は必要ない展開図になっていると思います。「カードモデルやってみたい、けど購入してうまく作れなかったらどうしよう」という方は、こいつをダウンロードして軽~い気持ちで挑戦してみてはいかがでしょう。うまくいかなかったらもう一回プリントアウトしなおせばいいんだし。
一応、難易度的には5段階評価で3.5辺りだと思っています。

あと、今回からコメントの認証用キャプチャを外してます。展開図公開すると海外からのアクセスが増えるんですが、FC2のキャプチャって日本語なんで海外の方がコメント書き込めないんですよね。

自分でも驚きの10週年。これからも、よろしくお願いいたします。
それでは、次はT-28 1934年型の展開図公開に乞うご期待!
(さすがに今度は10年かけたりはしないと思います……)

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